アレンとリナリーの傷はとても大きなものだった。
肉体的にも精神的にも打撃を受けている為、目が覚めるまで少し時間が掛かるのだそうだ。
ドイツに滞在して数日。
雪は降ったり止んだりを繰り返していた。
与えられた部屋から見下ろした街は白い雪化粧で神秘的な雰囲気を作り出している。
美しいと思う反面、とても後ろめたいものを感じた。
自分にはやっぱり黒が似合っているし、何より黒が好きだ。
白はきっと、似合わないのだろうな…と、出窓の淵に座りながら考えていた。





元帥の危急





くん、入るよ」

コムイだった。
控えめなノックの後、ゆっくりと扉が開かれる。
明かりのついていない部屋は薄暗さを感じたが、窓辺にいるははっきりと見えた。
けれど何処か儚く、白い世界に落ちていきそうで。


「…コムイ…さん?」

思わずの手を掴んでしまっていた。


「あ…あぁ、窓辺は冷えるから…あっちで話してもいいかな」
「…えぇ」

は言われて立ち上がった。
自然と離れたコムイの手に、はコムイを見上げる。
その横顔は不安げだ。


「何かありましたか?」
「ラビから今回の任務の事は聞いているよ。イノセンスはなかった事も」
「…そうですか」

ラビが書いたのであろう報告書を捲りながら、コムイは幾つか質問を繰り返した。
事務的な作業に、は何処かで本当に聞きたいことはそんな事ではないのではないかと思う。
幾つめかの質問に差し掛かったとき、は「あの」と自分から切り出すことにした。


「コムイさんが聞きたいことは、本当にそこに書かれている事ですか?」
「…どういう意味だい?」
「今回の任務であった事を聞いたのならば、彼女…に会った事を聞いたのでは?」
「……うん。聞いたよ」
「では、どうしてそれを聞かないんですか?私が傷つくと思って…―――
「違うよくん」

コムイは持っていた報告書をテーブルに伏せた。
俯き気味に話していたは顔を上げてコムイを見やる。


「確かに君に聞きたいことは沢山ある。でもねくん、僕はそれを話してくんが傷つくかもだなんてそんな事は思っていないよ」
「……」
「君が傷つくのなら避けたいことだけど、僕にも仕事があるし、何より君から得られた情報が今後多くの命を救うかもしれない。だからもしその話が重要なら、くんが嫌がってでも無理矢理言ってもらわなくちゃいけない」
「………」

遊びじゃない。ただの相談事では済まされない。
そう言いたいのだろう。
は黙って聞いていた。
心配されたかったのか?同情して欲しかったのだろうか?
自分の中でそんな事を繰り返した。
けれど答えはどちらもノーだ。
そんな事は望んでいない。
欲しい答えは、仕事を介して貰えるものではないからだ。
仕事としての答えではなくて、本人の、本心からの答えが欲しい。


「僕はねくん」

席を立ったコムイが椅子に座るの前に跪く。
膝の上で握り締められていた手を取ると、やんわりと握り返す。
温かい、人の体温を感じられる優しい手。
多くの命を預かる、大きな手だ。


くんが話したい時に話してくれればいいと思っている」
「……」
「お茶を飲んでいる時でも良いよ。僕が忙しい時だって構わない」
「っ…」

君の為にならどんな時間だって割いてあげよう。
そう言っているような気がした。
思わず涙が滲んでは唇を噛む。

どうしてコムイさんの前では泣いてばかりいるのだろう
もっとカッコイイ姿を見せたいのに
エクソシストとして頑張っている姿を見せたいのに
いつだって、どんなに意地を張ってみせても直ぐに分かってしまう
コムイさんの前では等身大の自分がいる


「わたし、」
「うん」
「怖いよ…皆が離れていってしまうのが…怖いの」
「うん」

コムイに抱きつくと、コムイはまるで子供をあやすかのように優しく背中を撫ぜてくれた。
もう片方の手で頭をゆっくりと撫で、落ち着かせるような声色で相槌を返してくれる。


「もう一人はヤなの」

両親からの愛が途絶え、大好きだった妹からは憎まれた。
愛を教えてくれた碧はアクマとなってに取り込まれ。
愛してくれる人は誰もいなくなってしまった。


くんは一人じゃないよ。それに、僕等がいる」
「…愛は、いつか消えてしまうものだよ」
「そうかな?君が見てきたララとグゾルの愛は、消えてしまったのかな?」
「あ…」
「2人の愛は、まだ不滅だろう?」

私は矛盾していた。
変わらない愛情が欲しいと願っていたのに、愛は変わり行くものだと思っていた。
でも違う。変わらない愛情がある事を私は知っていた。
ララとグゾルが羨ましいと思ったのは、2人の間に変わらぬ愛があったから。
オルトとセリーヌもそうだ。
体は朽ち果てようとも、心は朽ちてはいなかった。
想いは…愛は変わらなかった。


「いつか、くんだけを愛してくれる人が必ず現れる」
「……うん」
「そうしたら、くんも精一杯の愛でこたえてあげないとね」
「うん…っ」

コムイさんは、神田とは別の意味で安心する人。
コムイさんもまた、私の大切な人。


「コムイさん…」
「うん?」
「妹が…がいる事は、知ってますよね」
「…うん」

体を離すと、コムイの表情は既に変わっていた。
優しいお兄ちゃんのような顔だけど、室長としての仕事の顔だ。


「実は、妹が現れたんです」
「ラビから話は聞いたけど…」
「実は私にもよく分からなくて…ただ言える事は、彼女がアクマと行動を共にしているという事です」
「つまり、」
「伯爵側と繋がりがあると見て、良いと思います…」

沈み込むを尻目に、コムイは顎に指を添えて考えていた。
今回の一件は、アレン側でもノアが行動を示し、の方では死んだはずの妹が直接的な接触を行っている。
大胆な行動に、コムイは向こうの意図が読めないでいた。


「それから…ヴァルキュリアの、事なんですが」
「それも、神田くんとラビから聞いているよ」
「わたし、その…」
くん。これは僕の単なる勘に過ぎないものなんだけど、今後ヴァルキュリアになる事は避けた方がいい」
「つまり…」
禁止項目タブーコードを使う事を禁止する」


ねぇヴァルキュリア
あなたは 本当の私? それとも…



  



温かくて安心するような大人の魅力のあるコムイの前だからこそさらけ出せる等身大の自分って感じでしょうか。
同年代の人よりも包容力があって視野が広くて対応も紳士そのものですよね(笑)
何だかんだでコムイさん好きだなー。
ふざけている時とシリアスな場面と、このギャップが彼の魅力だなぁって思います。

2009/06/01