「本当にもう行くの?コムイさん達この先の街にいるんでしょ?」
「報告はもう済ませてる。このまま行くように言われてるからな」
「ふーん…」

閑散とした小さな駅。
ここから神田は別路を行くらしい。
ラビは5日間何も食べていなかったの為のご飯を調達に出ており、今は神田が乗るはずの列車待ちである。


「ねぇねぇユウ」
「いい加減それ止めろ」
「どうして私の名前は呼んでくれないの?確かにで合ってるけどさー…私にだってちゃんと名前はあるんだよー?」
「呼ぶ必要がないだけだ」
「じゃあ今呼んでみて?」

は?と神田がこちらへ振り返った。
何を言ってんだこのアマ。遂に頭まで可笑しくなったかと言わんばかりの表情だ。


「必要性を感じない」
「私が呼んでって頼んでるの」

「だからそれは名前じゃないよ」
で通じるなら構わねぇ」

頑固だ。は唇を尖らせた。
どうせなら名前で呼んで欲しいという乙女心が分からないらしい。


「どうしてリナリーはリナリーって呼ぶのに私はなの」
「リーはコムイとも被るだろうが。は一人だ」
「屁理屈だ」

神田は表情を変える事無く面倒くさそうに横目でこちらを睨んでいる。
しかしそんな事でめげるではない。
そもそもに何故がここまで名前呼びに拘るのか、神田は理解できていない。
勿論正当な理由などでさえ分からないのだが、やはり苗字で呼ぶのと名前で呼ぶのとでは親密さが変わってくるのではないだろうか。
誰の目から見ても親しい人物なのだという、明らかな様子が見て取れる。
変わらぬもの、そして目に見えるものが欲しいだけなのかもしれない。


ー、買ってきたさ〜」
「うわーい!ありがとラビー」

抱きつかんばかりの勢いで走り出しただったが、腕を広げたラビにではなくその腕に抱えられている食品に飛びついた。
ラビから紙袋を受け取ったは、腕を広げたまま手持ち無沙汰にしているのを見て「どうしたの?」と首を傾げる。
「何でもない」としょげた兎耳が見えるのはきっとだけではないだろう。


「んー…おいひい」
「5日ぶりだもんなー。たんと食うさ」

妹のようによしよしと頭を撫でるラビに、えへへと笑い返す
それを横で見ていた神田の表情は見る見るうちに恐ろしいものへと変わっていく。


「お、頬に付いてるさ。オレが取ってやるからじっと…」

「!」

頬に付いたパンくずを取ろうとラビが手を伸ばすが、はかくん、と後ろへ傾いた。
を引っ張った神田は、不意に腰を屈めると驚いているの頬に顔を寄せる。


「あ゛ーーーー!!」
「な、なっ、ユ、」
「必要があったから呼んだだけだ」

の頬に付いていたパンくずを口で取ってやった神田は悪戯にぺろりと唇を舐めて見せた。
至近距離でそんな神田を直視したは慌てて神田を押しやると、手の甲を神田が触れた頬に押し付ける。


「何してるんさユウ!!」
「フン」

神田は鼻を鳴らすと、ホームに向かってくる列車に目を移した。
ラビは神田に詰め寄り何かを訴えかけているが、の耳には聞こえない。
煩く脈打つ心音が、滑り込んでくる汽車のブレーキ音に掻き消されていく。


「(や、やっぱりユウに名前呼んでもらわなくてもいいや)」

刺激が強すぎると、顔を上げたその先で神田がニヤリと笑った。
確信犯かコノヤロウ!と口を開きかけたの視界に、にゅっとラビが入り込んでくる。


「オレも必要があるからにキスを!」
「せんでいい!!」

迫ってきたラビを軽く殴り飛ばして、は次の任務に赴く神田を見送ったのであった。





闇と光、安らぎの仄か





「で?私達の向かう先は?」

神田とは別の列車に乗ったは、向かいの席で明らかに肩を落として座る濡れネズミならぬ濡れウサギのようになったラビに淡々と話しかけた。
いじけていたラビは唇を尖らせたままようやく顔を上げて窓の外を見やる。
雪が降り始めていた。









「何でアンタはもっと早くそれ言わないのよ!」
「だってそれどころじゃなかった――
「アンタの都合なんてどうでも良いのよ!アレンとリナリーが重傷だなんて!!」

駅からの馬車の中ではラビに怒鳴りつけていた。
怒鳴られたラビはシュンとなって大人しくの前に鎮座している。

ラビから聞いた話はこうだ。
こちらの任務が終わった後の報告で、アレンとリナリーが今回の任務で重傷を負ったという事を聞いたらしい。
収穫は適合者付きのイノセンスで、その人は既に教団で保護したようだ。
ルクセンブルクから近いドイツでの任務だった為、至急こちらの方に来てくれないかという召集である事。
そして“ノアの一族”が動き出したという事。
ノアの一族についての詳細はほぼ皆無に等しく恐らくブックマンだけが所有している知識に手掛かりがあると思われる。
ラビのお師匠様であるブックマンは現在ドイツにいるらしく、ブックマンと合流してコムイの元へと向かうという事らしい。


「ノアの一族ねー」
「あれ?知ってんの?」
「知ってるも何も、箱舟の時の話からちょくちょく出てくるから気になってね。少し調べただけ。殆どログが無いから全然分からなかったけど」
「ふーん」
「でもそうか…じゃあ神田とはしばらく会えないかもね」
「そうさなー」

気の無い返事を返したラビを横目に、は降り積もっていく雪を眺める。
雪は嫌いではないが好きでもない。


「(ちゃんと…次も会えるよね?
――ユウ)」

胸が苦しく感じるのは、この雪のせいなのだろうか。
それとも…
――――








「お久し振りですブックマン」
「久しいな、嬢」

久々のブックマンとの再会に、は差し出された手を取った。
それを側で見ていたラビがごちゃごちゃ何かを呟いたせいでブックマンの蹴りを喰らっている。


「(相変わらず仲いいなー…)」

あれでも一応愛(?)のあるスキンシップだ。
が穏やかに2人を眺めていると、ぞくり、と背筋が震えた。
バッと振り返るが、あるのは道行く人混みだけだ。
今、何かを感じたような気がしたのだが…気のせいなのだろうか。


ー!何してるんさ!置いてくぜ?」
「う、うん…今行く」

ラビに振り返った後、もう一度辺りを見渡してみる。
けれど過ぎ行く人々はなどまるで見えていないかのような無関心顔で先を急いでいる。
は若干の違和感を残しながらも、ラビとブックマンの待つ馬車へと走っていった。



「見つけたぜ、俺の花嫁」

笑うのは天使か悪魔か



  



70話目更新たっせーい!
この作品とも3年弱くらいのお付き合いになる訳ですけども。
相変わらずの亀並み更新でちっとも先に進まないね(ヲイ)
そもそもに途中から何処の巻まで持っているかが分からなくなって余計に手が止まっておりまして。
ようやっと、ここから原作のほうへとまた軸を戻していきます。
神田とはまたしばらくお別れって事で、悪あがきのように絡ませてみた(無理やり)
今後も楽しんでいただけるよう設定を作りこんでいきたいな!
(闇と光、安らぎの仄か 了)

2009/06/01