「死んだはずの妹は、再び姉の前に甦ったのでした」

口調はとても軽快であったが、話の内容はとても重苦しいものだった。
神田もラビも、お互い口を開くことは無く、ただ列車の音が空間に広がっている。


「憎しみって、強いんだね」

甦って復讐しにくるほどに、は自分を恨んでいたのだろうか。
だからこそ自分をここまで強くさせたのだろうか。
の憎しみと、の憎しみ。
いったいどちらの方が強くて、いったいどちらの方が深いのだろう。


「……ちょっと、外の空気吸ってくるよ」

居た堪れなくなったは静かに席を立ち上がった。
扉を閉める間際、見えた2人の表情はまったく読み取れないものだった。





闇と光、安らぎの仄か





「嫌われちゃったかな…」

汽車の後続部に辿り着き、そこから遠ざかっていく景色を眺める。
空を見上げればやはり灰色の雲が広がっていて、恐らく雨でも降るんだろう。
もしかしたら雪かもしれない。
雪の上に散り行く鮮血はまだ記憶に色濃く残っていて消えてくれはしない。
だがその記憶は自分だけを戒め傷つけてくれる。
何だかそれは苦しくも心地良く、いっその事忘れられないほど苦しめて欲しいなどと危険な考えが浮かんできた。
でもそれでいい。忘れてはいけない過去だ。
一生憎み続けると言った彼女を繋ぎとめておく、唯一の方法だった。


「でも…どうして、」

どうしては生き返ったのだろうか。
確かにあの時は死んだ。この手で殺したのをはっきり覚えている。
なのに何故、彼女は甦ったというのだろうか。


「まさか…伯爵に…」
「迂闊にその名前を出すんじゃねぇよ」
「うわ」

手摺りに凭れかかっていたので、背後に神田がいた事に気がつかなかった。
飛び上がって驚くと、神田はフンと鼻を鳴らして隣に立つ。


「………」
「………」

喋るでもなく何かをしてくる素振りもない。
いったい何しに来たのだろうか。
が恐々隣を見上げると、神田はこちらを見つめていた。
睨むのとは少し違う、厳しい目だった。


「な、何よ…ユウ」
「その名で呼ぶな」

切れるのかと思ったが、神田はそっけなく言っただけで目を反らした。
過ぎ行く風が少し冷たくて身震いをすれば、何かを押し付けられる。


「お前のコートだ。羽織れ」

そう言えばコートを置いてきたままだったなと思い、神田から受け取ったそれを羽織る。
はコートの前を合わせたまま、そっと手摺りに腕を置いてその上に頬を乗せる。
神田が作り出してくれる雰囲気はとても落ち着く。
同じ日本人だからなのだろうか。同じ波長を持っているようで何だか安心するのだ。
何も話さずとも分かってくれるのではないかと錯覚してしまうほどに心地良い。


「同情なんてしねぇぞ」
「……分かってるよ。むしろして欲しくない」

先程の話だろう。
は目を閉じたまま風を感じていた。
髪を乱して掻き揚げていく、列車が生み出す乱暴な風。
だが何処かぶっきら棒で優しい、神田の手に似ているなと思う。
神田もこうやって髪を乱すような撫で方をしてくるのだ。


「だが、こうしてお前を心配するヤツがいる事だけは…忘れるな」
「……ぅん」

鼻の奥がツンとする。
きっと風が入ったからだな。絶対そうだ。
だって、頭を撫でる神田の手が優しいなんて、考えられない。


「戻るぞ。病み上がりの体には良くないだろ」
「ユウ、」

離れていく神田の手に顔を上げて、歩き出した神田の背中を思わず引きとめていた。
後ろから抱き締めた所為だろうか。
神田が息を呑むのが分かる。
でも振り払わない神田に、思わず甘えてしまいたくなった。


「嫌いに…なった…?」
「……」
「私は人殺しなんだよ。妹を殺したんだよ」
「……」
「……何か、言ってよ…」

お願いだから何か言って欲しい。
嫌いになったのなら嫌いになってくれて構わない。
いっその事口も聞きたくないくらいに嫌って欲しい。
もっともっと傷つけて、もっともっと憎んで欲しい。


「やめろ…傷ができる」
「っ、」

引き止める為に神田の前に回していたの腕は神田によって離された。
片方ずつ掴まれて、初めて自分が自分の腕を傷つけようと爪を食い込ませていた事に気がついた。
ツと神田がの傷に触れると、は顔を顰める。


「ユウ…痛い」
「自業自得だ。何が『嫌いになったか』だ。ふざけるな」

神田が怒っているのは理解できた。
だが何に怒っているのかには理解できなかった。
神田の背中に張り付いていると、掴まれていた腕を更に引っ張られる。
トンと背中にぶつかると、神田の体温と鼓動を感じることが出来た。


「聞いてなかったのかよ。心配するヤツがいるって言っただろうが。俺もその一人だ」
「あ…」
「そもそもエクソシストなんて人殺し集団みてぇなものじゃねぇか。聖職だなんて罵ってやがるが、ハタから見りゃ人殺しと同じだ。それに、お前が殺ったのは妹じゃなくてアクマだろうが」
「………」
「分かったら戻るぞ。バカ兎がうぜぇ」

の腕を離した神田は歩き始め、神田を拘束していたはずのの腕は自分の下へと戻って来た。
立ち止まったまま神田の背中を見つめる。


人は闇に捕らわれ縛られるもの
闇は心地良く主をいざない 沼のように飲み込んでゆく
人は己を傷つけ戒めるもの
傷跡は過去を知らしめ 再び己を傷つけてゆく

繰り返す狭間の中で 人はいったい何を見付ける事ができるのだろう
もしかしたら 何も見つけられないのかもしれない

苦しむだけならば 傷つくだけならば
光より伸ばされた救いの手を掴むことで何かが変わるかもしれない
何かが変われば過去もまた違って見えてくるのかもしれない


「ありがとう…皆」

もし わたしが皆の闇ならば
きっと皆は わたしの光だ



  



このような文章を前に書いた覚えがあるのだが、きっとうちのサイトと長くお付き合いしている方ならご存知かも(苦笑)
という訳でうちの神田は時々デレます←
次回はいよいよ70話。本当に皆様お付き合い有難う御座います!

2009/06/01