|
「あなた、誰?」 やっとの思いでその言葉を口にすると、笑みを湛えたままコムイが薄っすらと目を細めた。 ステッキをゆっくりと下ろすと、今度はにっこりと微笑まれる。 「何言ってるんだいくん。僕の事、忘れちゃったのかい?」 「あなたは私の知っているコムイさんじゃない」 「どうして?」 「コムイさんがここに居るはずない」 「………」 木の上に腰掛けたコムイが黙った。 口を閉ざしてただじっとこちらを見下ろしている。 は怖くなったが足はこれ以上動かす事ができなかった。 恐怖ゆえに、足が竦んだようだ。 「僕はいつだって君達エクソシストの事を心配している。だから助けになってあげたかったんだ」 「……」 「信じる信じないは君の自由だよ、くん」 「あなた…」 「さて、ここでくんに質問でーす」 まるで空気を盛り返すかのようにコムイが声を張り上げた。 木の上で足を組んでステッキを手で弄ぶ。 「これから君は、何処に行きたいんだい?」 「…むしろ私が聞きたいわ。私は何処へ行ったらいいかしら」 「何処へ行くのも君の自由だよ」 「じゃあ言い方を変える。私はここから一刻も早く出たい」 逃げ出すことが不可能ならば、立ち向かうしかないとはコムイを強く見つめたまま言い返した。 何処かへは行きたい。が、もっと綿密に言えばここから出たい。 このおかしな空間から出たい。 はじっとコムイを見やる。 「ふむ」 コムイは頷いてから再びステッキを持ち上げた。 スッと森の向こうを指す。 「あっちは、今くんが来た道だ」 「……」 「で、あっちに帽子屋が住んでいる」 「…帽子屋…?」 不思議の国のアリスで言う、なんでもない日を祝う帽子屋の事だろうか。 はステッキで示された方向を見つめた後、再びコムイを見上げる。 ところが、コムイの姿が先程と変わっていた。 足元からゆっくりと透けていく。 「ちょ、ちょっと!」 「どっちへ行くかは君次第。とはいえ、ここは狂っているんだ。気をつけた方がいい」 「コムイさん!」 「狂者は君を助け、君を傷つける。僕はどちらでもないけどね」 「…コムイ、さん」 とうとう頭だけになってコムイが笑う。 闇に飲み込まれていくようにそこだけが黒く塗りつぶされている。 最終的には口元しか見えなくなった。 「僕らのアリス。君は逃げられないよ。それがルールだ」 最後にそれだけを呟いてコムイの姿はそこからなくなった。 気配も何も感じられないという事は完璧にこの場から消えたという事だ。 はまるで金縛りが解けたかのようにゆらりとふらついた。 背後にあった木に凭れるようにして緊張してか、高ぶった心臓を押さえつける。 「逃げられない…ルール?」 逃げられないとは、何の事なのだろうか。 |
| 不思議の街のアリス |
|
「何もないじゃない…」 歩き続けてしばらく、未だ景色に変わりはない。 はあれから帽子屋が住んでいると言われた方向に進んでいた。 元の部屋に戻っても、あそこからではリデルがいない限り脱出も不可能だと思ったからだ。 道なき道を、ただコムイに示された方向だけを目指して歩く。 かなり歩いてきたと思う。 暗い森に灯りが見えた。 更に進むとそれがランプであった事が分かる。 その奥には大きな家があり、その家を囲むようにランプがそこかしこに吊るされていた。 まるでパーティー会場のようなそこを目の前にしては立ち止まる。 「変な家」 狂者、と言ったコムイの言葉を改めて実感した。 ・ ・ ・ 家の敷地との区切りだと思われる柵のような門を押し開けて中に入る。 傍らにある家を見上げていると、庭と思わしき方から声が聞こえた。 はそちらに足を向けて家の陰から覗き込む様にそちらを見る。 すると広い庭に大きなテーブルが置かれ、何十個ともある椅子が備えられているのが見えた。 どれだけの広さがあるのかは判らないがかなり大きなテーブルだ。 恐らく教団の食堂テーブルより長い。 これだけ大きなテーブルなのに、その机の上には所狭しとティーカップとポット、そして置時計が並べてある。 「何、これ」 「なんでもない日乾杯さー♪」 「今の声…!」 今のは間違いなくラビの声だ。 は庭先に飛び出してラビを探す。 もしかしたらリデルが神田とラビを呼んできてくれたのかもしれない。 ラビの声しか聞こえなかったが、神田もここに来ているのかも。 は期待の眼差しでキョロキョロと2人の姿を探した。 するとテーブルのずーっと向こうに動く影を見つけた。 はそれを目指して走り出す。 「ラ、っわ!」 ラビと名前を呼ぼうとしては何かに躓いて転んだ。 慌てて受身を取り、自分が躓いたものを見ようと足元に目を向ける。 「え?」 思わず出てきたのはそんな声だった。 もう驚きと言うよりは訳が分からないと言ったほうがいいかもしれない。 「リナリー…?」 そこに倒れていたのはリナリーだった。 ← † → はてさて、もうここでは皆キャラ崩壊! コムイさんは最初から最後までコミカルでミステリアスで御座いました。 帽子屋に到着しましたが、ここでは誰に会えるか楽しみにしていてください。 2009/03/04 |