オレこのまま風呂入るわ、と扉越しに話しかけられ、はどもりながらも「分かった」とだけ告げた。
今度は神田と2人きりなのか、と思っていると、神田が「おい」とを呼ぶ。


「な、何?」
「………」
「?」

呼びかけたかと思いきや、目を合わせるとパッと顔を反らされる。
首を傾げて神田を怪訝に見つめていると、「服…」とだけ呟いた。


「服、手伝え」
「え?」
「脱ぎ方が分からねぇ…」

顔を赤くして懇願する神田を見て、は小さく苦笑して頷いた。





不思議の街のアリス








「髪が絡まるかもしれないから結ぶね」

ベッドに腰掛けたまま動かない神田の背後へ回って髪に触れる。
サラリと艶やかな黒髪が流れ落ち、は思わずごくりと喉を鳴らした。


「(う、羨ましいほど綺麗だな!)」
「…何考えてやがる。変な事しやがったら叩っ斬るぞ」
「し、失礼な!」

うっかりキューティクルに見惚れていたなどと言えないじゃないか。
はこほんとわざとらしく咳払いをしてサイドテーブルに置いてあるブラシを手に取った。
髪を軽く梳かしてから持っていたゴムで髪を束ね上げる。
白い項が露になると、は何だかいけない事をしているような妙な感覚に陥った。


「(やだな、本当に変な事考えちゃったよ)」
「で?どうすればいい」
「あ、ファスナー下ろすから待って」

思考回路をなんとかして正常な方向へ持ち直すと、は束ねた髪の毛を巻き込まないようにしてファスナーを下ろす。
神田もゴテゴテとした服を着ているので脱がせるのは一苦労だ。
色々な所から伸びる紐を解いて、は「いいよ」と声を掛けて着替えるよう言う。
その間にも神田のベッドでくるりと後ろを向くと、神田が着替え終わるのを待った。

ばさりばさりと乱暴にベッドへ放り投げられる服を横目で見つつ、は溜め息をついた。
自分の服ではないにせよ、その扱いはないだろうとは律儀にもそれを畳み始めた。
畳んでベッドの上に重ねて置くと、神田が「お前、」と声を掛ける。


「何?」
「本当に今日此処で寝るつもりなのか?」
「は…?」

思わず後ろを振り返ってしまった。
上半身裸の神田と目が合い、お互い気まずさに一瞬言葉を失う。
慌ててが目線を反らすと、神田は気にした様子もなく「フン」と鼻を鳴らしただけだった。


「寝るつもりも何も、ここ以外何処で寝ろって言うのよ。まさか1人バスルームとかじゃないでしょうね…?」
「違う。そうじゃねぇよ」
「だったらここで寝たって問題ないじゃない…」
「男2人が同じ部屋の中にいるのに問題がないだと?」
「平気だよ、別に。だって――

チ、と短い舌打ちの後、グイ、と肩に手が掛けられた。
肩を掴まれた後体が反転して強い力で後ろへ押し倒される。
ベッドのスプリングを背中で感じた後恐る恐る目を開けると、目の前に神田がいた。
正確には、神田に押し倒されている、と言ったほうがいいのだろうか。
は訳が分からずに目を大きく見開いたまま神田を見上げる。


「だって、何だよ」
「っ…」
「こうならないとは限らないだろうが」
「か、んだ」
「こっちはどんな思いで同じ部屋にいると思ってんだ」

キッと神田に睨みつけられた。
は身が竦み、口を閉じて神田を見上げる。
神田はなんだか少し、苦しそうだった。


「うわぉ。ユウちゃん大胆さ」
「「っ!!」」

沈黙だった空間に能天気な声が走り抜けた。
思わず2人でビクリと体を震わせると、そこにはズボンとシャツを着て頭にタオルを乗せたラビがこちらを見て目を点にしている。


「っち、この馬鹿兎が」
「邪魔しちゃったさ?」
「うるせぇよ!」

神田は怒りの矛先をラビへと向けての上から降りた。
ついでに傍らに置いてあったシャツに袖を通した後教団のコートを引っ掴む。


「神田、何処に…」
「何処だっていいだろうが」
「けどもうこんな時間だし」
――― うぜぇよ、いちいち詮索するな」

バタンと扉を閉められた。
神田との間を扉一枚が隔てる。
部屋は再び静かになって、しばらくするとラビが「あー…」と小さくぼやいた。


「ま、気にしない方がいいさ?ユウはなんつーか、一匹狼みたいなもんだし」
「私…嫌われたかな…」
「そ、そんな事ないさ!な、オレが保証するって!」

ラビが慌ててが蹲っているベッドへ寄ってくる。
暗い陰を落とすを慰めるように頭に手を乗せた。
ぽんぽんとあやされて、はゆっくりと顔を上げる。


「ユウも色々あるんさ。お年頃だし」
「お年頃って…」
「だってホラ、考えてみろよ

隣にラビが腰掛けて言う。
今更だが、ラビは部屋着というラフな格好で、更に髪は風呂上りという事もあり湿っている。
何だかいつもと違う雰囲気に、は妙な緊張感を覚えた。


「ここは部屋の区切りもない場所で、ベッドはご丁寧に3つ並んでる」
「……」
「着替える場所も寝る場所も同じ所に、女の子が1人」
「……」
「しかもいつもより可愛く着飾ってて」
「っ、」
「手を伸ばせば触れられる所にいる」

艶っぽい語り掛けには知らず体を固くしていた。
ちらりとラビを見上げれば、何だか熱っぽい目で見つめられていて、スッと手がの髪に触れる。


「ユウだけじゃない。オレだって、こんな状況でが側にいたら…」
「ちょ、ラビ…?」

ラビは髪に触れていた手をそのまま頬へ滑らせた。
そのまま包み込むようにすると、へ顔を寄せる。
驚きに後ろへ下がろうとすると、いつの間にか回っていたのか、ラビの手が腰を引き寄せた。


「っ、ラビっ、」

強い力で引き寄せられると、ラビに抱き締められていた。
ラビに抱き締められたり迫られたりするのは教団内では茶飯事の事だったが、何だか今日は雰囲気が違う。

いつものように殴れない。
いつものように怒鳴れない。
いつものように交わせない。

何故?


…」

吐息が耳に触れて、はラビの腕の中でびくりと震えた。
直後、ラビの顔が肩口に沈み唇が素肌に触れる。
思わず恐怖を感じてラビのシャツを掴んだ。
それが何かのスイッチだったのかは分からない。
突如ラビがハッとしてを引き離した。
涙目なと目が合うと、ラビは目を丸めてしまった、というような顔をする。


「や、オレっ、ごめっ」
「……」

ラビは焦りになのか口が回らずわたわたと言い訳を考えていた。
その間は呆然としたまま、ラビが口付けた首筋に手を当てて立ち上がる。


「ら、ラビのバカ!」

気が動転していたのはラビばかりではない。
も落ち着かない様子でラビにそれだけを告げると、着替えを引っ掴んでスタスタとバスルームへ逃げ込んだ。
ばたりと扉で隔てると、ずるずるとはその場に蹲る。


「何なのよ、もー…」

膝に顔を埋めた。



  



ドキドキするシチュエーションが書きたいなーと思って書いてみました。
如何でしたでしょうか?神田とラビとの接近ですっ!
一つ屋根の下どころか同じ部屋に2人がいると思うだけでドキドキします。
「こっちはどんな思いで同じ部屋にいると思ってんだ」
というセリフが個人的に好きですね。
ああ、意識してるよ神田!ってのが窺えるシーンでした。

2009/02/27