「ただいまユウちゃん」
「ただいまさーユウちゃん〜」
「…テメェらその呼び名を定着させるんじゃねぇよ…」

そう言った神田は怒気を必死に堪える為に、打ち震えているように見えた。
顔を見合わせたとラビは乾いた笑みを浮かべる。


「あ、そういえば神田着替えなかったんだね?別に部屋の中なら着替えても良かったのに」
「……おい、お前のトランクの中の着替え、見てみろ」
「へ?」

一瞬反応の遅れたラビは訳が分からないままに、自分のトランクを開けて着替えを探る。
そして引っ張り出したそれに「げ!」と顔を引き攣らせた。


「こ、コムイにやられたさぁー…」

出てきたのは所謂ネグリジェ。
ちなみに他の着替えを漁ってみても、今着ている服のスペアと、コムイなりの優しさなのか元々ラビが入れていたのであろうズボンとシャツが1着ずつ出てきた。
自分が入れてきたのと違うものが入っているという事は、事前にコムイあたりが中身を入れ替えたと見て間違いはないだろう。


「さすがに素っ裸で寝る訳にはいかねーわな…」
「や、止めてよね!そんな格好で寝るとか…!」

仮にも男2人がいる中に女1人だ。
そんな配慮の欠片もない格好で眠る事だけは避けてもらいたい。


「でもその格好で寝たら服皺になるから着替えた方がいいと思うけどね…」
「………」
「………」

2人分の沈黙が広がった。





不思議の街のアリス








「まぁ何があるか分かんねーからな…。けど流石にネグリジェで寝るのは勘弁だな…」

ラビの目がちらりとを通り越して神田に向かう。
神田はベッドの上にネグリジェを放り出してそっぽを向いている。
明らかに拒絶の色が見て取れる。


「か、神田…着替えないと…」
「ふざけんな。こんなモン着れるか」
「そりゃそうかもしれないけど、どちらにせよその格好では寝れないと思うよ…?ともかくそっちの着替えの方にしたら…?」
「…………」

神田は額を手で覆った。
しばらく部屋の中は沈黙に包まれていたが、それを破るようにラビが「ハイハイ」と手を上げた。
は神田に向けていた視線をラビに向ける。


「オレ脱ぎ方分かんねーから手伝ってさ?
「え…別にいいけど」

片手にネグリジェ…ではなく、自分の着替えを持ったラビが立ち上がり、の腕を引いてバスルームへ連れて行く。
手を引かれるまま神田を振り返ると、横目で見ていた神田が不機嫌そうな様子で顔を反らすところだった。


「と、とりあえずファスナー下ろすから後ろ向いて?」
「おう」

広くもなく狭くもないバスルーム手前の脱衣所までラビに連れてこられると、はまずジャンパースカートのファスナーを下ろしてやった。
ついでに首元で結ばれているエプロンドレスの紐を解いて、「いいよ」とポンと背中を叩いた。
そのままは後ろを向いて、備え付けられている窓から外を見やる。
ずいぶんと明るい月を見上げれば、それはもう数日もすれば満月になるであろう月だった。


「なぁー…」
「んー…?」

もぞもぞと衣擦れの音が聞こえる中で、は外を眺めたまま返事を返す。
するとラビが「引っ掛かった!手伝って!」と、今度は慌てたように声を上げた。
はファスナーが髪に引っ掛かっているのを解くよう手伝う。


ってさ、」
「…、うん」

ドキッとした。
自分でその名前をラビに教えたはずなのに、その名前はの胸を締め付ける。
なるべく平静を保ちながら、ラビの髪の毛を痛めないようゆっくりゆっくり解く。


「結局誰の名前なんさ?」
「……私の、大切な人の名前」
「…大切?」

ラビの呟きと同時に、髪に引っ掛かっていたファスナーが取れた。
はらりと服がラビの頭から滑り落ちて、露になった目と視線がかち合う。
の前に屈んでいたラビはよりも視線が低くて、はいつものように視線が反らせないもどかしさに狼狽する。


「……、」
「ヘッドドレス取ってなかったね。取るからじっとして?」

再びラビの頭に手を伸ばすと、ラビに無言でその手を取られた。
吃驚して体が硬直するがラビは手を離してくれる気配はない。


「ラ、ビ?」
「大切ってどれくらいさ?」
「え…?」

不意に真剣な目と視線が合わさった。
電気がついていない薄暗い部屋は月明かりで満たされて青白くなっている。
ラビの顔も青白く照らされているが、瞳だけは違う色をしていた。
何かを言おうと口を開いたラビを遮るようには無理矢理ラビの頭に乗っているヘッドドレスを掴む。
「いて、」と小さく呟いたラビから逃げるように腕を解いて離れた。


「あ、っ」
「ラビが、」
「……」
「“ラビ”って名前が、何番目なのかは分からないけど、」
「っ、」
「私達にとって“ラビ”って名前が大切なように、私にとっては“”っていう名前は大切なもの。それだけ」

着替えたら出てきてね、と早口に述べてバスルームを出る。
バタンと背中で扉を閉めると、今更ながらに心音がとても速い事に気がついた。
顔を上げるのと、神田が口を開くのは同時だった。


「おい、」
「……」
「顔、赤いぞ?」
「な、なんでもない」

心臓がドキドキしているのはという名前だけのせいではない。
急に、あんな事をするラビが。


「(ら、ラビが悪いんだ!)」

触れられた腕が熱を持っていた。



  



着替え手伝うとか結構ドキドキしますよね!?(あれ、私だけかな)
女の子の格好をしていながらも、やっぱり男の人だなぁってことを意識してもらおうかと思いました(苦笑)
ヒロインやたらとブックマン事情に詳しいような気もしますが、その辺は情報収集能力に長けているということにしておいて下さい。

2009/02/27