宿の人間に食事を1食分部屋へ運んで欲しいと告げてから、とラビは宿内ではなく外で食事を取ろうと通りに出てきた。
夜だというのに女性の往来は途絶えない。
やはり女性しかいないという事が、彼女たちに安心感を与えているのだろう。
見る度に本当に不思議な光景だ、とは思う。


「何処で食べるんさ?」
「さっきここに来る前にレストランがあったからそこ行こうか。情報収集もしたいし」

宿で食事を取らなかったのには訳があった。
まず情報を集める為に大勢の人が集まる場所へ行きたかった事と、あまり不用意にこちらの素性を明かしたくなかったからだ。
もし宿内で堂々と情報収集をしていたら、何かあるのではないかと疑われる可能性がある。
そのような危険性を少しでも減らそうと、は場所を変えた方がいいのではないかと思ったのだ。

ラビには異存ないようで、と連れ立ってそのレストランへ向かう。
辿り着いたレストランは見るからにとても大きな建物で、窓から中を覗けば席は空いているところを自由に使っても良いようになっている。
情報を得る為に動き回るには丁度良い場所だった。





不思議の街のアリス








中に入って鼻をくすぐったのは食事の匂いと甘い香り。
街に入ってからも感じていたが、女性が圧倒的に多いという事もあり女性特有の甘い香りが広がっている。
ラビに言わせればフェロモンらしいが、にはどうでもいい。


「オレ一生ここにいてもいいさぁ〜…」
「じゃあ一生ここにいれば?」

食事を受け取って一言、ラビが不意に素を表した。
はムッとしてラビの足を踏みつけてスタスタと歩き出す。
その後ろを慌ててラビが追いかけて、の隣に並ぶとにんまりと笑顔を作った。
ムカついたので顔を反らしたが、今度はそちら側に回りこんでの顔を覗き込む。


「もしかして、ヤキモチ…?」
「誰が」
「いやー…そうならそうと早く言ってくれればいいんさ!」

今にもスキップを踏むのではないかと言うほど、ラビは何故か嬉々としていた。
今の過程の何が嬉しかったのか、には謎だ。
そんな浮かれたウサギを傍らに、は同年代ほどの女性3人を見つけてそこに向かって歩き出す。
3人に近付くと、「あの」と声を掛けた。


「ここ、相席良いかしら?」
「ええ!どうぞどうぞ!」

フレンドリーな様子にはホッとして座る。
遅れてきたラビもの隣に座ると「どうもー」とにこにこした。
(ラビの笑顔はどうせ綺麗なお姉さんがいるからだろうけど)


「私達今日この街に入ったんだけど、この街はどんな雰囲気?」

が気さくに声を掛けた。
すると向こうも話しに乗ってくれたようで、「そうねぇ」と3人で顔を突き合わせる。


「とっても良い所よ。少し寒いけど気候も落ち着いているし、食べ物が凄く美味しいわ」
「それに女性しかいないから気が楽というか、羽を伸ばせるしね!」
「最初は不慣れかもしれないけど、一度ここに居付くと離れられないわ」

きゃいきゃいと盛り上がりをみせる3人。
教団では絶対にお目にかかれない光景だ。
はふんふん、と頷きながらご飯を口に入れる。


「ねぇ、ここってどうして男子禁制なの?というか、男性は本当に1人もいないの?」

何となく気軽に質問したつもりだったが、その質問に彼女たちは一斉に口を閉ざした。
お互いの顔色を窺うようにこそこそと何かを耳打ちした後、真ん中に座っていた女性が顔を少しこちらへ寄せてきた。
どうやら余り大きな声で言えるような内容ではないらしい。


「あなた知らないの?」
「何を?」
「ここの街の掟よ」
「掟…?」

が首を傾げると女性はますます顔をこちらへ近づけて声を落とした。
そんな事をしなくても、回りが十分五月蝿いので声が聞こえるはずはないのだが、それだけ重要な事なのだろうか。
も顔を寄せると、女性はゆっくりと口を開く。


「まずこの街には男性は入れてはいけない。それは絶対のルールなの」
「うん」
「それから女王の命令は絶対よ。逆らっちゃ駄目。彼女の機嫌を損ねると良くない事が起こるわ」
「…女王って?」
「ハートの女王の事よ」

更にが聞き返すと、顔を寄せていた女性の隣の女性が囁くように言った。
ハートの女王と言えば、かの有名な「不思議の国のアリス」にそんな登場人物が居なかっただろうか。
は「んー?」と首を捻る。


「誰、それ」
「この街で一番の権力を持っている人の事よ。本名は知らないけど、ハートの女王と呼ぶように言われているらしいわ」

この街を統括している人の事なのだろうか。
さしずめハートの女王とはコードネームのようなものだろう。



「女王は数年前に命令を下したわ。この街にいる男性の首を全員刎ねよ、とね」
「嘘…でしょ?」
「嘘じゃないわ。実はついこの間も、不正入国した男がいたの」
「その男、どうなったと思う?」

今まで会話に参加していなかったもう1人の女性も、顔を寄せて怪しげに笑った。
試すかのような、そんな様子だ。
はまさかと思いつつもゆっくりと口を開く。


「もしかして…首を」
「そう、刎ねたの。しかも公開場の上でよ」
「……」
「悪趣味なんさねー」

いつの間に会話に加わっていたのか、ラビまでもが顔を寄せて明るく言う。
そんな雰囲気ではないのだが、逆にラビが口を開かなかったらもっと雰囲気は暗くなっていたと思う。
そこはラビに感謝だ。


「だからこの街には男はいない。それが破られたら女王の機嫌が悪くなって、きっとまた処刑されるわ」
「それで、女王の機嫌は損ねては駄目、と」
「それからもう2つ」
「2つも?」

まだあるのか、とは飲み込んだご飯を更に水で流し込む。
喉の通りが良くないのは先ほどの話を聞いてしまったからなのだろうか。


「まず街外れの森には近付かない方がいいわ。帰って来れなくなる人がいるらしいわよ」
「森…」
「それから兎を見つけても追いかけない」
「…は?」

今度こそは意味が分からないと素っ頓狂な声を出した。
ぽかんとしているを他所に、当の本人は至って真面目な顔をしている。
は話だけでも、ともう一度顔を引き締めた。


「時々兎が出るのよ、ここ」
「街中で?」
「街中にも森にもよ。何処にでも現れるの」
「はぁ…」
「兎は白兎でね、何だか焦っている様子なんですって」
「……」

何処かで聞いたことがあるようなストーリーだと思ったが、思い返さずともさっきはその答えに行き当たっている。
紛れもなくそれは「不思議の国のアリス」の内容だ。
ここでもそんな伝承が…?と思ったが、アリス発祥の地は此処じゃない。


「兎に角。時計を持った白兎を絶対に追いかけない事!気をつけてね」

いったい、どうしてそんな危ない兎がいるのだろう。
そして気をつけるも何も、そんな奇妙な兎が目の前に居ても追いかける気には絶対になる事はない。
それだけは確実だろうと、は思っていた。



  



不思議の国のアリスのストーリーを少しずつ盛り込んでいきます。
「この話なに?」って思っても、今はスルーしておいて下さい(苦笑)
やっぱりラビがいるとテンポいいよなぁ・・動かしやすいですわ。

2009/02/22