「セリーヌは、海へ身を投げて自害した」

その一言に、続ける言葉が出てこない。
しばらく部屋の中を、静かな沈黙が満たしていた。





セイレーンの歌声








「セリーヌが自害してひと月後、オルトは帰ってきた。そして彼が事故で昏睡状態にあった事を聞いた。勝敗では負けてしまったが、オルトは約束の指輪を持って帰ってきたんだ」

その先の言葉は、何となく聞かずとも分かるような気がした。
きっとオルトは言ったんだろう。
「セリーヌは何処だ?」と。
そんな彼に、バルドは告げたのだ。


「私は、真実を告げたよ。私とセリーヌの事、私の気持ち、そして…セリーヌがもうこの世にいないという事を…」

声が掛けられないとアレンの代わりに静寂に響く沈黙。
バルドは当時の事を思い出しながら、ゆっくり、そしてまるで懺悔をするかのように話し続ける。


「オルトは…最初セリーヌを追って同じく海に身を投げようとした。勿論私は止めたよ。けれどその日を境に、オルトは全てを拒絶した。世界から遠ざかった。無論私も、オルトの世界から消えていた…」

苦しげに語るのは、バルドは未だにその時の事を引き摺っているという事なのだろう。
オルトを思っている。そしてセリーヌの事も。
は知らず窓から見える海を見ていた。
呼ばれているような気がするのだ。









、どうしますか…?」
「…うん…」

バルドの屋敷を出た頃には、辺りは既に暗くなっていた。
暗くなってからの調査は危険であるため、本来ならばこのまま宿に戻るのが適切なのであろう。
しかしはまだ何かが引っ掛かっていた。


「(人魚、夢、海の中に見た人、女性…セリーヌ…)」

あと少しで何かが繋がりそうなのだ。
がんー…と頭を悩ませていると、ふとアレンの視界に光が映った。
炎か何かの光だろうか。
顔を上げてそちらを見ると、人影がランプを片手に海の方へ歩いていくのが見えた。
アレンは目線をその人物に合わせたまま、を片手で引き寄せる。


「ちょ、アレン、」
「人影が海の方へ…」
「え?」

言われてアレンの見ている方向を見れば、確かに暗がりの中にぽつりとランプの光が見える。
とアレンは顔を見合わせて頷くと、静かにその人物の後をつける事にした。









ランプを傍らに下ろすと、持っていた花束を海に向かって投げ入れる。
もう今年で何年目になるだろう。
彼女の遺体は荒波にのまれた為か、見付ける事が出来ず墓はもぬけの殻。
彼女の居ない墓に花を添えても何だか意味がないように思えて、以後ずっとここから―― 彼女が飛び降りた場所から花を投げ入れている。

握り締めた小さな箱。
中には彼女にあげるはずだった物が入っている。
何度ここから投げ捨てようかと思ったか。
それでもそれが出来なかったのは、これは直接彼女にあげるはずの物だったからだ。
出来る事なら、これを彼女に渡してから彼女の元へいきたい。
それまでは、それまでは…。


「セリーヌ…」


「やっぱりオルトさん、アナタでしたか」
「!?」

聞こえた声に、人影であるオルトは驚いて後ろを振り返った。
ランプが薄っすらと照らす光に映ったのは、とアレンの姿。
オルトはたじろいだ後、まるで脱力するかのように肩を落として再び海を見下ろした。


「まだ…セリーヌさんを愛しているんですね」
「…バルドが喋ったか」
「ご理解が早くて助かります」
「……放っておいてくれないか」
「……」
「何、死にはせん。私はまだ…死ぬ事はできない」

月もない、星の光もない、ランプの光に照らされただけのオルトからは、この間のような刺々しい雰囲気など微塵も感じることが出来ず、何だかまるで。


「(会いたいん…だろうな)」

幾年時が経とうとも、どれだけの月日が過ぎ去ろうとも。
彼はまだ伝えていないのだ。
心からの本当の言葉を。
心からの彼の愛情を。

は静かに頭を下げて踵を返した。
アレンは最初慌てふためいたものの、の後に続いてこの場所を去ろうとする。
岬から離れてしばらく。
不意に嫌な予感がしてが立ち止まった。
と同時に、アレンがハッとして岬の方を振り返る。


「(胸騒ぎが…)」
…」
「ん?」
「っ、戻りましょう!」
「え!?ど、どうしたの!?」

突如アレンがもと来た道を逆走し始めた。
出遅れただったが、必死にアレンの背中を追って岬の方へ戻る。


「アクマです!」
「!」
「アクマも居るけど…もっと厄介なのがいます
――
「…! まさか!」
「千年伯爵だ!!」

アレンの殺気が増長したかのように、アレンの持つイノセンスが形を変えた。
もイノセンスを解放すると、アレンに遅れぬように走る速度を速めた。



  



はい。ようやくアクマのご登場!
そして千年伯爵も登場しまっす!
人魚編はまもなく完結ですね。最後までお付き合い下さい。

2009/02/15