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「まぁ…楽に座ってくれ」 バルドの屋敷は思っていたよりも大きかった。 街から海までが見渡せる高台にその屋敷は構えており、窓から見える景色には感嘆の溜め息が洩れる。 バルドは暖炉に薪をくべ火をつけると、豪奢な椅子に深々と腰を下ろした。 「何か飲むかね?」 「いいえ、お構いなく」 が丁寧に言うと、バルドはそうか、と表情を柔らかくして葉巻に手を伸ばした。 吸っても大丈夫かね?と尋ねられ、どうぞ、と頷く。 バルドは葉巻に火をつけて咥えると、ようやくこちらへ視線を向けた。 |
| セイレーンの歌声 |
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「何から話して良いのやら…私が君達を引き止めたのは、他でもなく今回の事件に関してだ」 「何かご存知なのですか?」 「元々奇怪な出来事が起こると政府に依頼を出したのは、他でもなく私の妻でね」 「奥様…」 「ああ。夢の中に出てくる女に呪い殺されると魘されて、もう何ヶ月も臥せったままだ」 バルドは頭を抱えた。 そんな中、の頭の中では「夢の中に出てくる女」という事が引っ掛かっていた。 確か初めてこの街を訪れた次の日の朝、奇妙な体験をしたような気がした。 と言うよりも、目覚める前の夢の中での事だ。 が黙って何事かを考えていると、アレンが「それで…?」と先を促す。 「ここ最近では特に色々な噂が絶えず、特に“人魚”に関しての噂は後が絶たぬほどになってしまった。このままでは街の人々にとっても良くない。色々と原因を探ってみたのだが、やはり原因は分からなかった」 「人魚の伝説は昔からこの地方に伝わるものなんですよね?」 「確かに人魚伝説は遥か昔からこの地に伝わる伝説だったが、このような事が起こったのは最近の事だ」 「具体的なものは…」 「分かっていない」 そうですか、と今度はアレンが悩む。 確かにデンマークには人魚伝説が数多くある地で有名である。 しかし今回のは人魚伝説にちなんだ別物であり、やはりイノセンスなどの奇怪なものが関与していると見て間違いはないだろう。 アレンが「うーん…」と声を漏らす中、の目は暖炉の上の写真を捉えていた。 写真好きなのだろうか。 家族の写真や愛犬、奥さんだと思われる人物の写真が綺麗に立てて置いてある。 そんな中、一つ古ぼけた写真を見つけた。 色褪せた白黒写真の中には、若い頃のバルドと思わしき男性と、その真ん中に金髪(と思われる)美しい女性、女性を挟んだ反対側にはもう一人男性が映っている。 それは真新しい写真の中に並ぶととても歪で、ある意味とてもよく目立った。 更に女性を挟んだその隣の男性は、何処と無く昨日見かけた老人、オルトの面影があるように思われる。 がジッとそちらを見ていたためだろう。 バルドがの視線を追って「…ああ」と呟いた後表情を暗くした。 徐にバルドは立ち上がると、その写真を手に取ってしばらく眺めた後、パタリと裏返してしまう。 「その写真は…」 「……昔の思い出だよ」 「左側に映っているのはバルドさん…ですよね?」 「…ああ」 「右側に映っていた男性…もしかして、オルトさん、なのでは?」 恐る恐るが言葉を発すると、バルドはやれやれと首を振った後もう一度その写真を手に取った。 今度はそれを持って椅子に座ると、に写真を手渡す。 「君は随分と聡いのだね。…そうさ、それはオルトだ」 「先程呼び止められた時もオルトさんの名前を口にされていましたが、オルトさんとはご関係が?」 バルドはの質問の後しばらく口を閉ざしたまま窓の外を眺めた。 見つめているのは街ではなく海のようだった。 どれほど時間が経ったかは分からないが、バルドはようやく葉巻を吸い終えると瞬きを繰り返してに視線を戻した。 「オルトとは、もう会ったのだろう」 「ええ、知っての通り、昨日」 「うむ…実は私とオルト、そしてそこに映っている女性は幼馴染だったんだ」 は手元にある写真を覗き込んだ。 好青年の様相で笑うバルド、おっとりとした微笑が美しい女性、そして柔らかな表情で佇むオルト。 とても仲の良さそうな幼馴染だ。 「しかし、そこに映る女性・セリーヌはオルトを愛していた。オルトも、セリーヌを愛していた」 その言葉で、はピンと来た。 セリーヌとオルトは愛し合っていた、しかしバルドもまたセリーヌが好きだった。 けれど結ばれぬ恋。 バルドには、諦める他道はなかった。 「私は、セリーヌが好きだったが、オルトと結ばれるのであれば、それで幸せであるのならば別に構わなかった。私は心から2人を祝福していた」 「何か、あったんですね」 「セリーヌとオルトは結婚の約束をしていた。その直前だった。オルトが願い続けていた漁が行われたのは」 「漁?」 「この海の向こう側で、世界規模で行われている有名な漁業大会がある。オルトはそれに出場するのが夢だったんだ。彼は迷わず船で旅立ったよ。セリーヌに、必ず帰ると誓っていた。帰ったら、結婚しようと約束していたんだ」 普通に聞く限りでは良い話だった。 けれどバルドの表情は思わしくない。 とアレンはただ静かにバルドの話を聞く。 「オルトの実家は貧しかった。私の家は元々ここの領主だったからね、比して金は持っていたのだが、オルトには金がなかった」 「……」 「オルトはセリーヌに結婚指輪を買ってやりたいのだと、その為に今大会に向かうのだと言っていたよ。金を貸そうかと言ったのだが、自分の金で買ってやりたいのだとそう言った」 「では、オルトさんはセリーヌさんを残して漁へ?」 「ああ、」 何だか今の話を聞いているとオルトが死んでしまったかのような口調であったが、現にオルトは生きている。 とアレンには結末が未だ見えず、バルドは再び口を開いた。 「けれど、オルトは3ヶ月経っても帰ってこなかった」 「え…でも」 「勿論生きていたさ。そうじゃない。オルトは漁で失敗して、しばらく昏睡状態にあったそうだ。けれどそれは、後々知った事実だった」 オルトは漁の途中荒波にのまれ転覆、そのまま意識不明の重体で昏睡状態へと陥った。 帰ると告げたのは1ヶ月後。約束から、2ヶ月以上もの月日が流れてしまった。 「オルトが帰ってこず、連絡が取れなくなって2ヶ月、セリーヌに縁談が舞い込んだ。セリーヌも良家の娘でね、親はオルトと付き合っている事を知らない。それに厳格な思考が強い方達で、正直屋敷に出入りするオルトを毛嫌いしていた。だからオルトも躍起になってその大会で優勝すると言っていたのだが…その矢先の出来事だった」 良家の娘であるセリーヌ。 当然両親は同じ良家と結婚させようと願ったのだろう。 その考えが不幸の始まりでもあった。 「縁談は、セリーヌの家の両親と私の家の両親が密かに話し合って決ったものだった。つまり、結婚が決ったのは私とセリーヌだった…」 「そんな…」 「最初は私も断った。セリーヌも、オルトと付き合っている事を明かした。がしかし、双方の両親はとうとう折れることがなかった」 の脳裏に、ふと会話が出てきた。 あれは海に落ちたとき、勝手に入ってきた思念のようなもの。 ―― 私は待っているのよ…彼は絶対帰ってくる…そうでしょ、… 聞こえた声は、確かに女性であった。 「私とセリーヌは結婚させられそうになった。けれど私は…私は、心の何処かでそれを喜んでしまった。友を…裏切った」 バルドは頭を抱えた。 両手を額に押し付けるようにして崩れる。 泣いてはいないが、悲痛さがひしひしと伝わってくる。 「オルトが帰らず3ヶ月が経った。最早両親の考えは止められず、セリーヌは…」 「……」 「……」 「セリーヌ、さんは…?」 アレンが恐る恐る口を開くと、バルドは覆っていた顔をゆっくりと上げた。 その重々しげな言葉は、とても悲しみに満ちているものであった。 ← † → ようやく40話に到達しました! ちょっと説明が長かったですかね。 ですが物語性を持たせる為のストーリーですのでご容赦下さい。 役者の名前が一応出揃ったかと。 2009/01/07 |