宿に戻ってはアレンにシャワーをちゃんと浴びるよう念を押されると、その言葉に従ってシャワーを浴びた。
きゅ、とコックを捻るとは傍らのバスタオルに身を包んでバスルームを出る。
ぽたぽたと髪から雫が落ちるが、の頭は先ほどの声でいっぱいだった。

(あの声は…)

誰かの思念のようなものが入り込んできた感覚だった。
あのような事は初めてだったが、何だかまるで。


「私に教えてくれたみたい…」


雨は、まだ止まない。





セイレーンの歌声








、ちょっと良いですか?」

コンコンとノックを入れながら中へ問いかけると、扉が開かれが顔を覗かせた。
揺れた毛先から雫が落ち、今しがたバスルームから出てきたことが分かる。
アレンは「あ、すみません…」とから視線を反らしたが、は首を傾げると「どうぞ」とアレンを中に招き入れた。


「髪、拭かないんですか…?」
「んー…後で」

は肩にタオルを掛けたまま部屋に備えてあったテーブルに向かうとそのまま何かを書き始めた。
疑問に思ってテーブルを覗き込むと、女の子らしい文字の羅列が見え、今回の事件に関する情報を纏めている事が分かった。


「まめなんですね」
「いつもはもっと単純な任務でしょ。アクマ倒して、イノセンスを回収して、報告書を書いて終わりだもん。今回は余りにも情報が少ないし」

ファインダーが集めた情報だけじゃ足りないしね、とはサラサラと紙にペンを滑らせる。
その様子を見つめながらも、アレンは小さく苦笑すると椅子に座るの後ろへ立った。
何事かと顔を上げただったが、頭にふわりとした感触が降る。


「書いてていいですよ。その間に僕がの髪を拭きますから」
「え…ちょ、い、いいよ!自分でっ」
「でもそっちも書くんでしょう?両手が塞がったままじゃ髪は拭けない」
「でもっ」
「いいから。ね?僕にやらせて下さい」

顔を覗き込まれ、は目を見開いた後コクリと一つ頷いた。
それに満足したアレンはの髪をやんわりと手に取ると、タオルで優しく髪を拭う。
柔らかい手付きに、の集中力は思わず切れてしまった。


「…あれ?もういいんですか?」
「…うん(こんな事されてて集中なんか出来ないもん)」

は熱を持った頬を隠すように俯くと、ぽつりとアレンの名前を口にして「あのね、」と唐突に言葉を切り出した。
しかしアレンの方は特に気にした様子も無く、黙っての言葉を待つ。


「さっきの事、なんだけど」
「さっき?」
「ほら、私が溺れたでしょ」
「はい」
「実はあの時、私海の中に引きずり込まれたの」
「!?波にのまれたのではなく!?」
「うん…低空飛行をしてて、そしたら漁師さんから聞いた岩場の方で何かが見えたから、そこに降りたの―――

あの時、海面をスレスレで飛行していたは、岬の先に見えた岩場付近で何かを見た。
生き物だったのか、はたまた魚だったのかは定かではない。
話で聞いた例の岩場へと降り立って、ぐるりと周辺を見渡した。
見間違いだったかと思ったその瞬間、岩場の真横を漂う金糸。
人の髪の毛かと顔を向けた直後、の体は海へと引きずり込まれた。


「多分あれは…人間で間違いないと思う」
「まさか…死体でも流れていた訳ではないでしょうし…」
「一瞬しか見えなかったから何とも言えないんだけどね」

は苦笑した後、「あんまり気にしなくていいから」と付け足した。
もしそれが本当であるにしても、まるで嘘のような話だ。
話したところで誰に信じてもらえよう。
自分でも曖昧な判断だったので、錯覚だっただけかもしれない。

はその後髪を拭いてくれたアレンにお礼を言うと、夕食も取らずに眠りについた。
耳に残る雨の音に、は体を丸めてベッドへと潜り込んだのだった。









「おはよアレン」
「あ…お早う御座います。具合はどうですか…?」
「ん?具合?別に平気だけど…」
「夕食も取らずに寝てしまったので具合が悪いのかと…」
「私は食より睡眠だから!気にしなくていいよ!」

昨日とは打って変わり、は元気だった。
そんなと同じように今日の天気は晴れ。
まるでと連動しているかのようだ。

アレンはしばらくを見ていたが、「さっ、アレン行こう!」と笑ったので、その姿を追い駆けて宿の外へと繰り出した。









今日はまず街で聞き込みをした後、昨日出会った老人ともう一度話が出来ないだろうかと考えていた。
そして一通り話しを聞いた後、再び波止場までやってくると達の前に一人の男が現れる。
男、と言うよりは、昨日の老人と年齢的には変わらないように見えるが。


「君達、オルトの所へ行くのかな?」
「……オルト…?」
「その前に、あなたは一体誰なんですか?」

純粋にオルトという人物に疑問を持ったとは違い、アレンは目の前の男を警戒した。
を背に庇うように立つと、男は「これは失礼」と頭を下げる。


「私はこの街を統治している者で、バルドと言う。オルトというのは昨日君達が話をした、この先にいる老人の事だよ」

老人と言ったが、バルドと名乗った男は昨日の老人(オルトという名のようだが)と比べると10歳ほど若いだけだ。
確かに老人と言うには若い気もするが、それでもおじさんと呼ぶのも憚れる。
バルドは「少し話がしたい。私の屋敷へ来ないか?」と丁寧な物腰でアレンとを誘った。
2人は顔を見合わせたが、この街を統治している人物ならば何か知っているかもしれないと頷き合い、バルドの屋敷へと招かれる事にした。



  



紳士アレン第2弾(違う)
髪を拭いてもらいたくて書いちゃいました。

2009/01/07