「ごめん…って、何がですか?」
「いや、勝手に腕組んでくっ付いてるし、理由も言わないで連れてきちゃったからなーって」

それにこの体勢少し恥ずかしいしね、と笑ったを見て、アレンは先ほどまでのモヤモヤしていたものから吹っ切れた。
照れ笑いを浮かべるは、歩きながら理由を話してくれた。





セイレーンの歌声








「いやね、ちょっと行きたいところがあったからそれでアレンを借り出したんだけど」
「行きたい、ところ?」
「さすがに女の私一人で行くのは憚られるし、かといってファインダーを連れて歩くのもなんかなーって思って」
「それで僕を選んでくれたんですか?」
「あとやっぱり釣り合いを考えて…ね?」
「釣り合い…?」

女性が一人で行けないお店、と聞いてアレンは何となくギャンブル時代に通っていた場所を思い出したがまさか、とその考えを掻き消す。
どちらにせよ、この時間帯に女性を一人で歩かせるという事はアレンの性格上解せない。
たとえただの遣いであっても、自分を選んでくれたという事に少なからず喜びを噛み締めていると、が釣り合いという言葉を続けた。


「周りを見てもらえれば分かると思うんだけどー…」
「周り…………あぁ」

今度こそアレンは合点がついた。
確かに、この中女性のみならず男性も一人で出歩くのはちょっと気が滅入る。
が目で示したのは2人を囲むように歩くカップルたち。
それも寒い事を口実に寄り添うどころか垂れかかっていたりと、少々目のやり場に困るほどのイチャつきぶりだ。
は何となくそちらに目をやったあと、ススと視線を反らして前を見据える。


「ね?2人で歩くにしても、腕を組んでおかないとなんか遣る瀬無くて」
「確かに…これは」
「それに腕組んでれば暖も取れるし、アレンと親密になれるしで一石二鳥だ!って思ったわけよ」
「親密…?」

アレンの疑問にはフフフと笑ってぎゅっと絡めた腕の力を強くする。
照れていたアレンであったが、逆に浮いてしまいそうなので平静を保つ事にした。


「いくら姉弟子だったといえど、正直アレンとの面識はあんまりないからさ」
「それもそうでしたね…」

の親密を深めるとはこういう事だったのだ。
アレンの姉弟子に当たるであるが、アレンとまともに会話をしたのはあの夜のみ。
姉弟子としても、これから志を同じくする仲間としても、親密を高めておくのは悪い事ではない。
そう考えての行動なのだ。


「しかしアレンが適合者だったとはねー…。あの時は気がつかなかった」
「僕も知りませんでしたよ、がエクソシストだったなんて」
「まぁあの時はご飯食べて寝ただけだからね。あ、そういえばアレンって姉弟いる?」
「いいえ?いませんけど…」

おかしいな、じゃなかったら何で師匠はアレンを拾ってきたんだろう。
は首を捻る。もしかしなくとも、師匠が女絡みでなくまともに使者を見つけてきたという事なのだろうか。


「(あの師匠が…?)」
…?」
「いや、ごめん、何でもない」
にはいないんですか?兄妹」

何気なく今の流れでアレンもの事が気になったのだろう。
以前コムイに妹の存在は聞いていたが、やはり本人の口から聞くのが一番だろう。
他にも姉妹が居たかもしれない。
そう思って尋ねてみたが、はしばらく呆然と黙り込み、そしてアレンの腕を強く抱き締める。


「いる。妹が、ね」
「妹さんですか。今はどちらに?」

その問いかけに、は苦笑に近い笑みを浮かべてアレンを見上げた。
思わずアレンは口を閉ざし、の悲しげな表情を窺い見る。


…」
「“いる”っていうか、“いた”って言う方が正しいかな」
「あ、」
「妹は、もう昔に死んでるから」

ごめんなさいと呟こうとしたアレンだったが、見えたの横顔があまりにも哀愁を帯びていたので、結局何も言う事が出来なかった。









「着いたよ、ここ」
「Den of a nightmare…?」

に連れてこられた場所は鬱蒼としていた。
先ほどまでのカップルだらけの通りとは打って変わり、ジメジメとした陰鬱な空気が立ち込めている。
暗い路地の傍らに、の目的の店はあった。
「Den of a nightmare」、悪夢の巣窟という意味である。
明らかに宜しくない雰囲気に、アレンはと看板を見比べる。


「どうしたの?行くよ?」
「ほ、本当に入るんですか…?」
「何しにこんな薄気味悪い所まで来たと思ってんの。情報収集は昔から酒場って相場が決ってんのよ」
「でもそれならファインダーが…」
「駄目ダメ。海の男の話を聞くなら酒場が一番!ファインダーだってここまではしないだろうからさ。白い恰好してると門前払い喰らうんじゃないかしら?」

先ほどから何となく穏やかでない言葉がつらつらとの口から漏れてくる。
こういう所はやはり師匠譲りか。
「馴れてるんですね…?」とアレンが問うと、はにっこり笑って言う。


「あの馬鹿師匠のせいでね。肝が据わったのよ」
「まぁ…気持ちは分かりますが…」
「アレン頭隠しておいた方がいいよ。白はナメられるからね」
「はぁ……」

がアレンのコートについていたフードを被せてやると、気乗りしないアレンの手を引いて中へと潜り込んだ。









階段を下りていくと、目の前に重厚な扉が出現した。
扉の隣には門番のような男が一人立っており、とアレンをねっとりと見やる。
は男にチップと思わしきお金を押し付けると、扉を開けるよう指示した。
男は所々歯の抜け落ちている口をにったりと緩ませると、その躯体に似合わない怪力で扉を開け放った。


「うわ…」
「相変わらず酷いニオイね」

中はオレンジ色のランプが至る所から吊り下げられているだけの寂びれた光が充満し、更にはお酒とタバコの臭いが蔓延している。
アレンですらこのような所に足を踏み入れた事がないのか、素直に口から衝撃の吐息が漏れた。
それをものともしないは、そのままアレンの手を引いてカウンターまで移動する。
途中ぼそぼそと小言が聞こえているが、全て無視の方向らしい。


「マスター」
「おや………珍しい客人だな」
「ちょっとした野暮用でね。船乗りはどちらに?」
「船乗りに用があるのか…?止めておいた方がいい…。船乗りは気性が荒い」

怪我するぜ嬢ちゃん、とカウンター席に居た年老いた男がギャハハと品のない笑みを零しながら助言した。
しかしはそれを横目で流し見ただけで、そのままマスターに視線を戻す。


「情報が知りたいの」
「ほう…何に関しての情報だ?」
「最近音に聞く、船の難破についてよ」
「あぁ…例の人魚の話だね」
「人魚?」

ようやくアレンがマスターとの会話に加わる。
アレンをちらりと視界に収めたマスターは、軽く手招きをして2人に顔を寄せるよう指示した。


「詳しい事は知らないが、船乗りの間で噂になっているよ。ただそのせいで奴等機嫌がすこぶる悪い。悪い事は言わない、止めておいた方がいい」

薄暗い室内でマスターはちらちらと奥の部屋を見やっていた。
それを見逃さなかったは首を捻って後ろを振り返る。
隅の酒樽に囲まれた一角で、怒号のような喧騒が聞こえてきた。
おそらくあそこにいるのだろう。
はカウンターからスッと離れ、その一角に足を向ける。


「嬢ちゃん…怪我だけじゃすまないよ」
「噂を目の当たりにしている人が目の前にいるのなら、聞き出さない手はない」
…危ないですよ」
「大丈夫よ、私これでも体術は神田に勝るとも劣らないんだから」

今の言葉にどのような意味合いが込められていたのだろうか。
たとえ神田に勝るとも劣らないにしても、相手は体格も厳つい海の男達だ。
仮に体術の腕前があったとしても、その前に女である事を自覚して欲しい。
アレンはまさかだけを向かわせる訳にも行かず、マスターに頭を下げての背後へと続いた。



  



全然こういう方向に持ってくる気はなかったんですよ。うん。
純粋にデートして、ご飯食べるついでに情報収集でもーと思っていたんですが。
あれ、おかしいな。

2008/11/27