「なぁ、ちょっと話、聞かせてくれねぇ?」

そう言ったのは、アレンの目の前にいるその人だった。





セイレーンの歌声








「あぁ?」

テーブルを囲むようにしていたうちの男が顔を上げた。
カンテラの光によって照らし出される横顔は不機嫌さを露にしており、手には数枚のトランプを握っている。

そんな中、アレンはあれ?と首を傾げていた。
今アレンの目の前に居るのはで、そのから青年のような声が聞こえた。
そして今更ながらに気がついたが、は自分と同じようにフードを目深に被っている。


「(作戦…なのかな…)」
「ゲーム中悪いね、少し話が聞きたくて」
「見てわからねぇのかよ。今は取り込み中だ。ガキと遊んでる暇はねぇんだよ、とっととママの所へ帰りな」

その言葉の後、テーブルを囲んでいた男達が侮蔑するかのような眼差しでとアレンを見やった。
男は興味が失せたのか、から顔を反らしてテーブルのゲームへと戻ってしまう。


「おじさん達、人魚に会ったんだって?」
「うるせぇって言ったのが聞こえなかったのかボウズ」

ギロリと鋭い視線で睨まれる。
さすがのアレンもこれ以上はマズイと思ったのか、にそっと近付いて耳元で「もう止めましょうよ」と囁く。
しかしは男へ更に1歩近づくと、賭け金とトランプが散乱する机の上に小袋を投げ出した。
チャリ、という音がして、それがお金である事が分かる。


「あんたらから情報を買う時は金を出すのが礼儀だったな、忘れてた」
「……ほぉ、礼儀を弁えてるヤツは嫌いじゃないぜ?」

突如男の態度が急変した。
テーブルを囲んでいた男達も下品な笑みを漏らしながら袋の中身を確認している。


「いいぜ?情報を売ってやる、ただし――
「まだ何か?」

男がにたりと笑みを繕った後、ぐっとの腕を引っ張った。
その瞬間、のフードがはらりと脱げ、男にしては長い髪が露になる。
は慌てて身を引こうとしたが、男の手は容易く解けてはくれなかった。


「おっと……逃げるなよ、お嬢ちゃん」
「っく」
「お金をチラつかせ情報を買おうとしたその礼儀と意気込みは認めよう。だが、本性を見せない奴には情報は売れねぇなァ」
「…いつから気付いていた」
「カウンターでオヤジと話をしていた辺りだったか、忘れたね」

油断していた。はクッと唇を噛み締める。
どうしたものかと思っていたが、不意に体が後ろへと傾き、男の拘束から逃れることが出来た。
そのままの体は後ろの者、アレンに支えられる。


「テメェ、何しやがる」
「別に彼女を捉えておく必要はないでしょう」
「アァ?何だお前は。お前も女か」

男がアレンに手を伸ばそうとして、は「離れてアレン!」と声をかける。
しかしアレンは逃げるどころか自らそのフードを脱いで見せた。
のみならず、男たちも目を見開く。


「僕はれっきとした男ですよ」
「…こりゃたまげた。ガキのクセに老人だぜ!」

ギャハハハと醜くひしゃげた声が部屋に響く。
同じ酒場に居た船乗りでない男達も、ゲラゲラと笑い声を上げる。
アレンは平然としていたが、は男を鋭く睨みつけていた。


「で?白髪の老人じみた坊ちゃんと、か弱いレディがいったい何の用だ。ここはガキが来る所じゃないんだぜ?」
「こわ〜いおじさんがいるからな!」

男に続いてゲームを楽しんでいた他の男が横槍を入れるように茶化した。
に顔を近づけてきたので、アレンはすかさずの腕を引いて自分の後ろへと回す。


「さっきも言ったでしょう。話を聞きに来たんです」
「お前らに話す事なんざ何もないね」
「お金は払いました。それとも、金子を貰ったまま逃げるのが船乗り流なんですか?」
「何だと?」

先ほどまでの雰囲気と打って変わり、今度はアレンが優勢に立っていた。
むしろついさっきまで男と張り合っていたは舐めまわす様な男たちの視線に辟易している。
申し訳ないと思いながらも、はアレンと着かず離れずの距離で進行を見守っていた。
するとアレンが船乗りの男に挑発的な笑みを向けて言い放つ。
男はピクリと眉を跳ね上げてギロッとアレンを睨んだ。


「金子を奪って逃走する。まるで盗賊だ」
「船乗りと盗賊を一緒にされちゃあ面目が立たねぇな…いいだろう、条件を出す」
「何ですか?」
「俺達のゲームに勝ったら情報をくれてやる。その場合はこの金も返してやろう」

ゲームに参加していた男達がブーイングをし出した。
ゲームに勝てば情報のみならず手に入ったお金まで失うのだ。
面白くないのだろう。
しかし、男は更に言葉を続けた。


「ただしお前達が負けた場合、情報は流さねぇし、金も俺達が頂く。そして、」

男が先ほどの仕返しとばかりにアレンに挑発的な笑みを向けた。
アレンが眉を顰めると、男の目がに向く。


「女も置いていけ」
「なっ!」
「…ずいぶんな条件じゃないですか?それは」
「俺達のテリトリーに入っておいて、情報料だけってのは安すぎるだろうよ」

は男から出てきた言葉に、驚きの後ギッと強く睨みつけた。
睨まれた男はヘヘと笑うと、アレンにどうする?と問い尋ねる。
アレンはしばらく黙った後「ゲーム内容は?」と冷静に聞いた。


「カリビアンスタッド。ポーカーの一種だ」
「あまり時間は取りたくない。それは却下する」
「ボウズ…今のお前の立場を分かってるのか?お前らはカモなんだよ、ん?」
「僕はそのゲームを知らない。短時間で勝敗がつく、コイントスなんてどうですか?」

アレンが机の上に置かれたコインを一つ手に取ってピンと指で弾いた。
コインはそのままテーブルの上に落ちてクルクルと回転する。


「……いいだろう。まさしく裏工作なしの五分で勝敗のつくゲームだ。船乗りとして、デイビー・ジョーンズに恥じない勝負だな」

男はテーブルで回転を続けていたコインを手にすると表と裏をアレンに確認を取るように目の高さまで持ち上げて見せる。
それをちゃんと確認したアレンは微動だにしないまま男がそれを指の上に乗せ、弾くのを見守っていた。
男は真剣な面持ちでコインを弾くと手の甲に挟んでそれをキャッチする。
一瞬酒場に妙に張り詰めた空気が流れた。


「which?」
「………reverse」

アレンが静かに言葉を口にする。
男はしばらくじっとアレンを見やった後、「じゃあ俺は表だな」と自分の手を見つめた。
ゆっくりとコインに被せていた手が退けられ、ランプの光の下に鈍色にびいろが覗く。


「は、ハハハハハハっ!ついてるなボウズ!」

男の手の甲に乗せられていたコインは見事裏だった。
は緊張ゆえに詰めていた息を吐き出し、アレンは「約束ですよね?」と更に声を低くしたまま男へ問いかける。
男は一頻り笑った後、テーブルの上に広げられていた金子を袋ごとアレンに投げ渡すと、「いいだろう」とゆっくり口を開いた。



  



デイビー・ジョーンズってのは確かにいるらしいですね、よく分かりませんけど。
賭けとしてはポーカーの一種であるカリビアンスタッドってのをやってみたかったんですけど、どうせこの先白ティキとポーカーをするなら逆に簡単に答えが出るコイントスでもいいかなって。コインはデイビー・ジョーンズに捧げる物の一つとなっていますしね。
ちょっきしフライングで黒アレンを出そうと頑張ったけど滑った図。
良い子は真似しちゃいけません。

2008/11/27