石段の上に、アレンはいた。
その頭上には神田が見張りの為につけたゴーレムと、アレンを心配するティムがパタパタと浮遊している。
と神田に気がついたティムは一度こちらに顔を向け、まるで「慰めてやってくれ」と言わんばかりに
蹲るアレンの肩に乗った。


「アレン…」
「何寝てんだ。しっかり見張ってろ」

が声をかけると、アレンはピクリと反応を示した。
神田は相変わらず気遣いという言葉を知らない様子でアレンに注意を促す。


「あれ…?全治5ヶ月の人がなんでこんな所にいるんですか?」

アレンは顔を上げないままで言葉を発した。
そんな落ち込んだ様子のアレンに、神田は「治った」と言って石段に腰を下ろす。
この微妙な距離感が、神田にとっての慰めの位置と取ったのだろう。
は神田を見た後、ゆっくりアレンの方へと向かう。


「コムイからの伝言だ」

何もこんな時に次の話をしなくても…。
苦い顔をしたの頭にティムが乗る。
何だかんだ言ってもやっぱりアレンが心配なんだろう。
そんなティムの心情を悟ったかのようにはティムを撫でると、アレンの隣に座りこむ。

頭を撫でるのは子供っぽいだろうし、抱き締めてあげるのもなんか違う。
はしばらく考えた後、アレンに寄り掛かる事にした。
人の体温というのは、時に言葉を交わさずとも無性に安心させてくれるものなのだ。


「俺はこのまま次の任務に行く。お前とは本部にイノセンスを届けろ」
「わかりました」
「…………」

覇気なく返ってきた言葉が気になったのだろう。
神田がアレンをちらりと見上げた。
そのまま顔を前に向けて、静かに言葉を選んだ。


「辛いなら人形止めてこい。あれはもう「ララ」じゃないんだろ」
「ふたりの約束なんですよ。人形ララを壊すのはグゾルさんじゃないとダメなんです」

既にグゾルは永遠の眠りについてしまっているため実際手を使って壊す事はできないが、
それでもグゾルはあそこにいるのだ。
後は自然にララが衰弱して、体が壊れるのを待つしかない。
それがふたりとの約束。ふたりの望み。


「甘いなお前は。俺達は「破壊者」だ。「救済者」じゃないんだぜ」

その言葉はの心にも突き刺さった。
いつしか神田に言った言葉。
壊す側ではなく、せめて見届ける側になりたかったと。
がきゅっと唇を結んだ時、ゆっくりとアレンが顔を上げた。
その横顔は何かを決意したかのようで。


「……わかってますよ。でも僕は…」

アレンが言葉を続けようとした瞬間、突風のようなものが吹き抜けた。
音を運んでいたそれが、突如として無音となる。
はパッと立ち上がって建物の方を見やる。


「歌が…」
「止まった」

アレン、神田、は一度顔を見合わせると、モスク状になっている中へと足を踏み入れる。


グゾルが死んで3日目の夜。
人形は止まった。


神田とトマを入り口で待たせ、とアレンは中に入る。
ララは唄を歌った状態のまま硬直していた。
恐らく五百年という長い年月によって永らえた体が限界を迎えたのであろう。
ララは膝の上にグゾルの頭を乗せたままじっと動かない。

アレンがその様子を見た後、スッと1歩前に出てしゃがみ込んだ。
その直後、何処からかふわりと風が舞い込んで、ララは温かい日の光に包まれる。


「ありがとう」

声は、ララから聴こえた。
思わずとアレンはララを見やる。
そこにいたのは、初めてこの場所で見た「ララ」の姿。
2人の知る、グゾルと共にいたララの姿だった。


「壊れるまで歌わせてくれて。これで約束が守れたわ」

ララはふわりと笑ってみせた。
そこに見えた笑顔は、グゾルと一緒にいた紛れもないララの笑顔。
今まで見てきた中で、最高の笑顔だった。

アレンとが目を見開く中、ララはガシャと音を立ててアレンへと崩れた。
その姿はつい今さっきまで笑っていたララではなく、人形の姿へと戻ってしまっている。
いったい今のは何だったのだろうか。
それはきっと、言葉では説明できない奇跡。


「おい?どうした」

入り口で待っていた神田が、目元を押さえて泣き出したアレンを見て言う。
も目に涙を湛えながら、そっとアレンとララを包み込むように抱き締めた。
愛おしい。
そんな言葉が相応しかった。


「神田…それでも僕は誰かを救える破壊者になりたいです」

その言葉に、はぎゅっと強く抱き締める腕に力を入れた。





土翁と空夜のアリア








「行くの?神田?」

ララとグゾルを埋葬した後、アレン、神田、、トマの4人は駅のホームにいた。
本部ホームに戻る組はこの後来る列車に乗ればいいので待機していたが、どうやら神田の乗る列車が到着したようだ。
立ち上がった神田を追いかけて、も歩き出す。


「何で着いてくるんだ…」
「いいじゃない見送りぐらい。あ、ちょっと行ってくるね?」

スタスタと歩き出した神田の隣に小走りで並びながら、は席に残してきたアレンとトマを振り返って言付ける。
神田は少々不機嫌そうではあるが、突き放さないという事は見送りはしてもいいのだろう。


「神田は引っ張りだこだね」
「何だ、それ」
「実際任務こなしてる数だよ。アレンも忙しくなるのかな〜」

神田が本部内にいる事は少ない。
本人がコムイに任務を回すよう言っているという事もあるのだが、やはりそれだけの実力を伴っているからという要因が一番大きい。
本部が嫌いなのかと尋ねた事があったが、その時は「別に」の一言で終わってしまった。


「ねぇ神田」
「何だ」
「神田は……本部ホームの事、好き?」
「………」

以前は「嫌いなのか?」と尋ねた。
今回は違う。
の唐突な質問に神田は足を止めてを見たが、はにこっと笑うだけだった。


「…………別に」
「はは、やっぱりその回答なんだ」
「どうだっていいだろう。好きでもなければ嫌いでもねぇよ、あんな変人の集まりみたいな所」
「それってそこに所属してる神田も変人って事だよ?」
「うるせェな!」

神田はカッとなって先を歩き始めてしまった。
はくすくすと笑った後、その背中を見て呟く。


「私は好きなのかって尋ねたんだよ神田……。
別にって事は、前よりも好きになってくれたって思って良いんだよね…?」

以前は「嫌いか」と尋ね「別に」と答えた。
今回は「好きか」と尋ね「別に」と答えてくれた。
本当に些細な違いだが、嫌い寄りの「別に」なのか、好き寄りの「別に」なのかというのは大きく変わる。
はなんだか嬉しくなって、神田の背中目掛けて走り出す。


「ユウ!」
「っっ!?!?」

は神田の背中に飛びついた。
背の高い神田に引き摺られるような格好になりながらも、は気にせずに腕を神田の首に回す。
突然の事に驚きながらもバランスを崩さないのは流石と言ったところか。


「テメっ…急に何しやがるっ!」
「いいじゃんスキンシップだよ」
「重いんだよテメェは!」
「酷いっ!女の子に向かって重いなんてっ!!」
「耳元で喚くな!下りろよ!」

離れまいと意地で引っ付いていたは更に腕に力を込めて神田の猛攻に耐える。
しばらく奮戦していた神田だったが、が離れる気配がない事を判断すると盛大に溜め息を零してそのまま歩き出す事にした。
ブーツが擦れないようは足を持ち上げて浮かせている。


「それよりも、お前俺の事何て呼んだ」
「え?何って…ユウ」
ファーストネームそっちで呼ぶな!」
「どうして?ラビは良くて私は駄目なの?」
「アイツは勝手に呼んでるだけだ!」

変な言いがかりをつけるなとでも言いたげに神田は声を張った。
ようやく神田がある場所で足を止めると、荷物を下ろしてそのまま首に回っていたの腕を解く。
あっさりと離れたは、ストンとその場に下りて神田と向かい合った。


「いってらっしゃい、ユウ」
「何で下の名前で呼んでやがる。定着させるな」
「はいはい、分かったよ。じゃあ神田と一緒にいる時だけ、ユウって呼ぶね」
「止めろ!」
「どうしてー?ユウって、良い名前だよ?」

からかっている訳ではない。
素直に心からそう思っているのだ。
がそう言うと、丁度ホームに発車ベルの音が鳴り響く。


「乗らないの?」

その言葉に神田は渋々傍らの荷物を持ち上げて列車に乗り込んだ。
背を向けたまま1段上がると、神田は不意に立ち止まる。
丁度その時、発車ベルが鳴り終った。


、」
「え――

背を向けたまま神田がを呼んだ。
列車が発車するのだろう。フシュウと白い煙を立ち上げる。
何か言うのかと思ったは音に掻き消されないように神田に歩み寄ったが、そこで神田がの手を取った。
グッと引き寄せられて、耳元に神田の吐息がかかる。


「行ってくる
―――
「っっ!?」

神田がパッと手を離した瞬間、ドアが閉まってしまった。
がガラス越しに神田を見やると、神田はにやりと笑ってみせる。


「っ!!!か、神田のバカーーーー!!!!」

の怒鳴り声に、神田は満足そうに笑う。
わざわざ神田という呼び方に戻したのは、神田がと呼ばなかったせいだ。
つまり意外にも名前で呼ばれるという事が恥ずかしいものだと気がついたということ。
は恨めしそうに列車を睨んだが、列車は次の任務へと神田を乗せて動き出したのであった。



  



と言う訳で、土翁と空夜のアリア編が無事終了しました。
連載を始めてからもう20話ですか。早いものですね。
やっぱり原作があるって思うと筆の進みも速いものなんだなーという事が、初めて原作沿いにチャレンジして分かりました。
拙いながらにもこれから頑張っていきたいと思います!

で、最後神田くんとの親密度を上げよう企画(え、企画?)如何だったでしょうか…?
この後神田とはしばらく(約20話近く)会う事はないので仲良くさせちゃうおうぜって頑張りました。
しかし、黒の教団に入団して長いであろう2人を急に名前呼びにさせようって何か無理ある気がするのは私だけかしらー…?
神田にもこれからは名前で呼んでもらえたらいいなぁ。

ではでは次の章でまたお会いしましょう!
(土翁と空夜のアリア 了)

2008/11/13