「神田、コムイさんから」
「いらねェ」
「いいからっ」
「〜〜っ」

コムイと無線を繋いだままは神田の後を追い、ようやく追いつくとそれを神田に渡す。
に無理矢理受話器を押し付けられ、神田は渋々それを耳に当てた。
片手になってしまった事でボタンが留め辛くなってしまったが、が電話と交換するように神田の六幻とコートを預かる。


「何だよコムイ…」

ようやく電話に出た神田はむっつりと返事をする。
コムイはそんな神田に苦笑をして、先程言い忘れていた事を述べた。


《今回のケガは時間がかかったね、神田くん》
「でも治った」
《でも時間がかかってきたってことは、ガタが来始めてるってことだ。計り間違えちゃいけないよ―――

恐らく神田の怪我の事についてだろう。
そう予測したはそっと神田の表情を窺い見る。
すると神田の表情がふと止まった。


《キミの命の残量をね…》

足を止めた神田を振り返りながらはじっと神田を見ていた。
なんだか、教団に居る人間の大半は厄介ごとを抱えている人間ばかりだな、なんてふと思う。
神田といい、アレンといい、そして自分。
まるで心に闇を持つ集団みたいだ。


「(まぁ…黒の教団なんてイメージはそんなものか…)」
「で」

がどうでも良い事を考えているとようやく神田の口が動いた。
ついでに足も動き出し、もその後ろを追いかける。


「何の用だ。イタ電なら切るぞコラ」
《ギャーーーちょっとリーバーくん聞いた!?今の辛辣な言葉!!》
《は?》

神田の冷たい言い方にコムイは同じ空間にいるのであろうリーバーに愚痴を零した。
しかし神田の声が聞こえていないリーバーには何を言われているのか分からず、素直に疑問符を浮かべる。
そしてコムイはそのまま次の任務について神田に説明を始めた。
そんな中、はふと傍らの女性を見やる。
腕に抱えているのは赤ん坊だ。


「あらあらどうしたのかしらこの子。いつも子守唄歌わないと絶対眠らないのに」
「‥‥‥」
「今日は風が少し強いから、木々の音が歌に聴こえたのかしら」

ふとした母親の疑問に、も空を見上げる。
サァ、と吹き抜けた柔らかな風がの髪を揺らし、そして木々をも揺らした。
さわさわと揺れる木々の声とは別に、の脳裏をある1人の少女の声が掠める。

『最後まで人形として動かさせて!』


「ララ……あなたは今、誰の為に子守唄うたを歌っているの…?」

呟きは、風に乗って消えてゆく。
それを追いかけるように、は再び空を見上げた。





土翁と空夜のアリア








あの後、心臓を取り戻したララは動き出した。
は意識を失ってしまっている神田とアレンの変わりにそれを見届けていた。
しかし。


「人間様…歌はイかが……?」

動き出したララは、もう「ララ」ではなくなってしまっていた。
それはグゾルが初めて出会った時の人形としての人格。

は見ているのが痛々しく、静かに目線を反らした。
グゾルの表情の変化をは読み取る事は出来なかったが、恐らくきっと、苦しく胸を締め付けられているに違いない。


「人間様…私は人形…歌いマスわ………―――人間さま…」

ララは以前のようなスムーズな動きは出来なくなっていた。
体がボロボロであるという事もあったが、恐らくそれは一度イノセンスが体から離れたからだろう。
長い間培ってきた「ララ」という人格と共に、体の使い方を忘れてしまっているようだ。

グゾルは地面に横たわったまま、人形が言う「人間様」という言葉にいつしかのララの声を重ねていた。
彼女は人間様ではなく、ちゃんと「グゾル」と呼んでくれていたのに。


『グゾル、次は何の歌がいい?』

優しく問いかける彼女はもういない。


『ホラ!こんなにキレイになったよララ』
『ララ?』
『亡霊さんの名前。そう呼んでいい?』

笑ってくれる彼女はもういない。
今のララは、ララではない。
グゾルの脳裏に、初めて出会った時のララの姿が思い出される。

あの時のように声をかければ、もしかしたら彼女は思い出してくれるだろうか。


「ぼくのために、うたってくれるの…?」

涙が溢れた。
目の前にララはいるのに、それはララではない。
それでもグゾルの目にはララに見えたのだろう。
は嗚咽が零れぬよう、必死に声を我慢して涙を流す。
これはきっと、泣けないララと、グゾルの気持ち。


「ララ…大好きだよ…」

は静かに目を閉じた。
それは、グゾルがずっとずっと言いたくて言葉に出来なかったもの。
やっと、グゾルはその想いを口にする。

伝わっているのかいないのか。
それでも構わなかった。
ララに届くのなら、どんな形でも良かった。

グゾルは、その言葉を残して静かに息を引き取った。
呼吸がなくなったことを確認して、は再びゆっくりと2人の姿を目に写す。
まるでそこは2人だけの世界のように、月の光が差し込んでいた。
月の光に照らされて、ララはゆっくりと動き出す。


「眠るのデすか?じゃあ子守唄を」

人形は分かっていないのだろう。
目を閉じたグゾルを見て、ただ眠りについたのだと。
そしてララは歌いだした。
永い眠りについてしまったグゾルを送り出すかのように。
これから先の旅路を祈るように。

優しい優しい子守唄を。



あれからずっと、人形は子守唄を歌い続けていた。



  



このシーンは本当胸をぎゅっと掴まれるような感覚があります。
私の拙い言葉ではそんな神聖な雰囲気が出せないのですが、それでも原作を重ねながら読んでくれるといいと思います。
次で土翁編は終了。

2008/11/13