神田のように感情を抱かずに任務を遂行する事ができれば。
私はもっと強くなれただろうか。

それともアレンのように感情に素直に従って任務ができれば。
私はもっと変われただろうか。


応えて―――イノセンス





土翁と空夜のアリア








「おいコラ、バカ女」
「‥‥‥っ、ん」
「起きろ!」

頭の上で迷惑なほど大きな声で誰かが怒鳴っている。
ゆっくり目を開けたは思わず目の前の光景に何も言葉を発する事が出来なかった。


「‥‥‥何してんの神田‥‥人のベッドで」
「それは俺のセリフだ!!!」

はベッドに横たわっていた。
そしてその目の前には神田がいた。
それもとてつもなく不機嫌だ。

寝起きがあまり良くないは働かない頭で今の状況を考えた。
ベッドに横たわっている自分。そして目の前には神田。
つまり、同じベッドで眠っているという事だ。


「うわっ!!」
「な、」

はようやく状況を理解して飛び起きた。
上からを覗き込んでいた神田は急に起き上がったを咄嗟に避ける。


「テメェ急に起き上がんじゃねぇよ!!」
「痛った!何すんの――よっ!?」
「オイ!」

顔面衝突を逃れた神田はの頭を叩いた。
叩かれたはあまりの痛さに神田に抗議しようかと思ったが、
シングルのベッドに2人で乗っていた為にの体が半分落ちた。
まだ怪我が治りきっていないというのにこんな所でまた怪我をするのか?と体を硬直させたが、
体はベッドの下に落ちる事は無かった。
傾いていた体は逆方向からの強い引力によって引き戻されたが、今度は勢い余ってそちらに傾いてしまう。
は引力の原因である神田に倒れこむと、思いっきり顔面を神田の胸に強打した。


「むふっ」
「テメェ…さっきから何やってんだ…」
「む、わ、わざとじゃないんだよ!?神田だって悪いんだから!」
「明らかに人のベッドで寝こけてるお前が悪いだろう!」

近い距離で言い合った為だろうか。
神田はハタと口を閉ざすと静かにを押し戻した。
目を合わせてくれないのは怒っているからだろうか。


「と、とにかく神田のベッドで寝ちゃった事は謝るよごめん。でも私だって一応怪我人だし‥‥」
「‥‥‥知ってる。限界だったんだろ」
「あ‥‥バレてた?」
「当たり前だ。お前は分かりやす過ぎる」

窓側に凭れかかった神田はハァと迷惑そうに溜め息を零して言った。
どうやらの活動限界を把握していたようだ。
流石何年か一緒にコンビを組んできた事はある。


「あ、でももしかしたら今回またシンクロ率が上がったかもしれないの!カテゴリが増えてたし!」
「…増えたのか」
「うん。試してないけど分かるよ」
「………」

がそっと首元のイノセンスに触れた。
その様子を見ていた神田は静かに思う。
が首元のイノセンスに触れる時、その表情は苦痛にも似ていると。
何処を見ているのか分からないが、空虚を切なそうに見つめている。


「?神田…?」
「泣くなよ」
「……泣いてないよ」
「そう言いながらも前に泣いたのは何処の誰だったか…」
「う、」

“あの事件”以来強くなってきたはずだったのに。
あの時は泣いてばかりいた。
イノセンスが怖くて、教団から逃げ出した事もあって。
涙が枯れるまで泣いてしまえたら、どれだけ良かったのだろうと。


「神田は優しいね」
「‥‥‥」
「ごめんね神田‥‥っ、ごめ、」
「‥‥俺の気が変わらない内に泣き止む事だな」
「‥‥‥ん」

は神田の肩に額を押し付けた。
なんだか神田の優しさに、いつも逆に泣かされそうになってしまう。
神田に身を預けたままは目を閉じる。
神田は抱き締めるというような事はしてくれないが、逆に静かに涙を流す場所を提供してくれる。


「イノセンスって何だろうね…」
「……」
「イノセンスって…人を不幸にするものなのかな…」
「…さぁな」
「強く、なりたいな…」

動かずにじっとしていた神田が身じろいだ。
それでもは動かずに神田の肩に頭を寄せたまま呟く。


「強く、なってるのかな…私」

身体は血が滲む思いで鍛えてきた。
けれど心はどうなのだろう。


「成長してるのかな…」

そうでなければ守れない。
そうでなければ超えられない。
あの日の事を。彼女の事を。
弱気になったを見て、神田は静かに吐息を漏らすとゆっくりと口を開いた。


「してるだろ、少しは」
「……」
「成長しない人間はいない。お前はあれからちゃんと前を向いて生きてきた」
「……」
「強くなったから、今ここに居るんだろ?」
「っ!」

どうしたのだろうか。今日の神田はいつもより優しい。
溢れた涙がじわりと神田の肩を濡らし、はぐっと強くそこに顔を埋める。
それを悟った神田は大きく溜め息を零して、ぽす、との頭に手を当てた。


「泣き言があるならコムイにでも聞いてもらえ。これ以上お前に付き合うのは御免だ」
「ぅん‥‥ありがと、神田」
「フン」

神田はそう言って手を離すと、涙を拭ったを確認した後ベッドを降りる。
顔を上げたは立ち上がった神田を追って、不思議そうに声を掛けた。


「何処行くの…?」
「コムイに報告すんだよ」

トマが側に控えていた事を知っていたのだろう。
扉を開けると廊下に待機していたトマを呼び寄せる。
そのままも立ち上がると、神田の隣を抜けて廊下へ出た。


「行くんでしょ?アレンの所」
「モヤシの所じゃねぇ。イノセンスの所だ」
「同じじゃん」
「違ぇよ」

嫌味を漏らしながらも神田はの表情が晴れたのを見てふ、と表情を緩める。
そんな神田の表情の変化に気がついたは、ぴたりと口を閉ざして神田に背を向けた。


「準備してくるね。それから、有難う神田」

そう言い残して、は歩き出す。
その背中が初めて会った時よりも少したくましく思えて、神田は静かに目を細めていた。



  



ちょっぴりオリジナル。
神田と2人っきりにしたいなーと思ったらこんなになりました。
この後また神田と別れますからね。今のうちに株を上げておかないと(笑)

2008/11/13