「あの日から80年…グゾルはずっと私といてくれた」

神田の治療を終えたは、手を止めてララの言葉に聞き入っていた。
ララの表情があまりにも切なげで、何処か人間味を帯びたように温かい。
そしてその言葉の端々に感じるララの想いきもち

の目には、ララが人間に見えた。





土翁と空夜のアリア








「グゾルはね、もうすぐ動かなくなるの…。心臓の音がどんどん小さくなってるもの」

ララは目を閉じてグゾルの胸元に耳を当てる。
いつも聞いていた鼓動が、歳を重ねる毎に弱くなっていくのが分かった。
グゾルは人間。
忘れていた。幾年歳を重ねても変わらぬこの体とは違い、人間は歳を取る。
衰え、死に向かってゆく儚い生き物。
グゾルと出会って80年。
体は、既に限界を迎えようとしていた。


「最後まで、一緒にいさせて」

たったそれだけの望み。
一緒にいられるだけでいい。
グゾルが息を引き取るまでの時間でいい。
それはララの内に眠る、気持ちを全て語っていた。

結ばれぬと、交われぬと分かっていても、人間との儚く短い瞬間ときを選んだ。
永遠という月日より、80年という短き時間を選んだ。
ララは、快楽人形としての役目を、グゾルと共に終えようと願ったのだ。


「最後まで人形として動かさせて!」

人形である自分を受け入れてくれた初めての人間ひと
永遠の時間なんていらない。
グゾルが死んだらこの体がどうなろうとも構わない。
だから、だからお願い。
グゾルと同じ最期じかんを過したい。


「お願い」

どうかどうか。この願いだけは…。



「ダメだ」

の背後に横たわっていたはずの神田がむくりと起き上がった。
あれだけの怪我を負いながらもこの回復力。
は包帯に隠された神田の右胸を見やりながら苦い顔をした。


「その老人が死ぬまで待てだと…?」
「神田、まだ…」
「この状況でそんな願いは聞いてられない…っ」

は神田を寝かしつけようとしたが、その手を掴まれ阻まれてしまった。
神田はの手をきつく握り締めたままララたちを睨むように見る。


「俺達はイノセンスを守るためにここに来たんだ!!今すぐその人形の心臓を取れ!!」
「!?」

人形であるララは当然に、アレンまでもが目を見開いて驚いた。
神田はに支えられながらも怒鳴ったせいで乱れた呼吸を直そうと肩で呼吸を繰り返す。
いくら神田の回復力が人外レベルであろうとも、あれだけの出血をしたのだから酸欠にもなるだろう。

しかし、神田が言う事も最もではあるが、やはりその言葉に納得する事はできない。
が口を開こうとすると、神田がそれを遮った。


「俺達は何の為にここに来た!?」

イノセンスの回収が何においても優先されるべき重要事項である。
そのためにエクソシストが回されているのであって、決して人助けの為に動いているのではない。
神田が言いたい事はそういう事なのだろう。
しかしそれだけでは納得ができない。
エクソシストと言えども、こちらは感情を持った人間だ。
情が湧く事もあれば、それ以上の感情が芽生える可能性だってある。
がスッとアレンを見ると、アレンは何処か空虚を眺めたまま口を開いた。


「…と、取れません」

シンと辺りが静まり返り、神田はカッと目を見開いた。
驚きにではなく、それは怒りに近いのかもしれない。
神田は感情を持たない訳ではないが、迅速かつ的確に任務をこなすに当たり、そこに一切の感情を抱くことはない。


「ごめん、僕は取りたくない」

しかしアレンは違う。
イノセンスの回収と言う目的だけでなく、その人も救いたい。
叶えられる望みなら叶えてあげたい。
そうやって感情を持って任務に当たっているのだろう。

神田が、もっとも嫌うタイプだ。



「っ!!」
「!アレン!!」

突如神田が自分の手の下に置いてあった団服を掴んでアレンに投げつけた。
顔に叩きつけられた団服はアレンの手に落ち、それを見ていたは慌ててアレンの側に駆け寄る。


「その団服コートはケガ人の枕にするもんじゃねぇんだよ…!!」
「神田っ、」
「エクソシストが着るものだ!!!」
「神田!いい加減にしてっ!!!」

今までずっと黙って聞いていたがアレンを庇うようにして神田を怒鳴りつけた。
怒鳴られた神田はそのままを睨む。


「やめてよ神田。確かに神田の言う事は最もよ。私達エクソシストはイノセンスの回収を第一に考えなくてはならない」
「分かってるなら――
「でもっ、でもそうじゃないっ!私達がすべきはイノセンスの回収だけじゃない!伯爵側にイノセンスが渡らないよう守ることでしょ!?違う!?」
「‥‥‥」

イノセンスの回収という名目は、ただただ聞けば教団にイノセンスを持ち帰るだけのように聞こえる。
だが、第一に考えるべきはイノセンスが伯爵の手に渡らないようにすることだ。
つまりイノセンスを無理矢理所持者から引き離すことではないのだ。

が涙を浮かべて神田を睨んだ。
神田は、黙って目を反らすと団服を肩に羽織る。


「犠牲があるから救いがあんだよ新人」

起き上がった神田はの目の前までくるとアレンを睨んで言った。
そして今度はに目を向けると、隣に並んで立ち止まる。


「それから言っておく。お前が言うのはただの言い訳だ。守るってのは早いうちにこちら側へイノセンスを回収すること。それが最も安全な方法だという事は、もう何度も任務をやってるお前なら分かるだろ」
「でも、」
「イノセンスを持っていれば狙われる。危険が伴えば持っている者に禍が降りかかる。それはお前の言う『守る』という事と同義か?」
「っ」
「最悪の事態になる前に  守  る  手に入れる。それが俺達に与えられた使命だ」

神田は言いたい事だけを述べるとゆっくりと歩き出した。
向かうはララとグゾルの元。
何も言えなくなってしまったは歯痒さにグッと奥歯を噛み締めた。
と同時に、涙腺が一気に緩み涙が零れる。

自分が信念として貫いてきた『守る』という意味は、偽善でもなければ禍を与えることでもない。
神田が言う事は正しい。
最悪の事態を招いてしまえば、イノセンス以前にその者の幸せまでもを奪ってしまうかもしれない。
しかしそれでも。


「お願い、奪わないで…」
「やめてくれ…」

ララの悲嘆に揺れる声が聞こえた。
神田が六幻を構える音がする。
グゾルがララを庇うように抱き締めて、身を固くした。

「やめて」
―――と、が神田に手を伸ばそうと振り返ると、ふと肩に誰かの手が乗った。
そちらに顔を向けると、アレンの姿がある。


「じゃあ僕がなりますよ」

アレンがの頬に手を伸ばし涙を拭ってくれた。
なんだか自分に言われているような感覚になって、はぼんやりとアレンを見つめてしまう。


「泣かないで、君の信念は正しいよ」

神田の言う事も、一理ありますけど。と言葉を繋げる。
柔らかく笑ったアレンはの頬に残る涙を指で綺麗に拭うと、の手を引いてララとグゾルの前に立った。
アレンに手を握られたまま、はアレンの横顔を見る。


「僕がこのふたりの「犠牲」になればいいですか?」

力強い、アレンの声が響いた。



  



ヒロインの意見はどちらかと言えば神田と反発する位置にあるアレンと同じ考え方です。
けれど何処かアレンのような強い気持ちはないんですよね。
悪く言えば少し冷めているような・・。いまいちヒロインのキャラが固定されない・・。

2008/11/10