「さて、それじゃ地下に入るが道は知ってるんだろうな?」
「知って…いる」
「グゾル…」

低く唸るような男の声がした。
ララの隣の男に目をやるが、フードの奥に隠された素顔は影になって見えない。
ララが彼に寄り添い名前を呼んだ。
どうやら男の方はグゾルというらしい。


「私は…ここに五百年いる。知らぬ道は無い」

グゾルがゆっくりと帽子を持ち上げる。
影になっていた顔がぼんやりと夜の暗がりに浮かび上がった。
それを見た神田とは思わず言葉を失う。
グゾルの顔は、醜く焼け爛れたようになっていた。





土翁と空夜のアリア








「くく…醜いだろう…」

だみ声が更に低くなって掠れた。
今にも消えてしまいそうなほど、その声は弱弱しい。


「(快楽人形なのに、あんな声で唄えるのかしら)」


は冷静にグゾルという男を見ていた。
快楽人形と言うほどだ。
それはもう綺麗な声で歌を奏で、見る者を魅了するような舞いで踊るのではないだろうか。
もしそうであるのならば、あんなにも醜く、あんなにも弱弱しい掠れた声で果たして人々に快楽を与えることは
できるのだろうか。


「お前が人形か?話せるとは驚きだな」
「そうだ…お前達は私の心臓を奪いに来たのだろう」
「できれば今すぐ頂きたい」
「ちょっと…!」

神田の言葉にララが驚きと悲しみに目を見開いた。
それを見ていたが言葉が過ぎると諌めるように神田を肘で小突く。


「デカイ人形のまま運ぶのは手間がかかる」
「ち、地下の道はグゾルしか知らない!グゾルがいないと迷うだけだよ!!」

しゃがみ込んだ神田がグゾルの心臓を奪うと思ったのだろう。
ララが体を割り込ませるようにして神田の前に立ちはだかる。


「お前は何なんだ?」
「私は…グゾルの…」

口篭ったララに、グゾルが慌てたようにして助言をした。
人間に捨てられていた子供なのだと。


「ゲホ…私が…拾ったから側に…置いでいだ…!!!」
「グ、グゾル…っ」

グゾルが咳き込む。
ララはまるで親を見るかのように、心配そうにグゾルに寄り添った。


「(どっちも人間みたい)」

咳き込むほど具合が悪いにも関わらず、ララを庇うグゾル。
身を呈してまでもグゾルを守り心配するララ。
2人とも自我を持ち自らの感情を持ち、そして人間と同じ思考を持っている。
神田はグゾルに話せるのかと言ったが、もしどちらかが人形であっても、話を出来るようにさせているのは
イノセンスの力。


「(イノセンスって…本当は何なんだろう…)」

自分の体にも埋め込まれているイノセンス。
適合者であるために今は大人しく自分の中に収まっているが、いつこの力がうつわから溢れ出してしまうか分からない。

その事を考えると、は身震いをした。


「神田殿」

神田がララとグゾルをどうすべきか考えていると、物陰から神田を呼ぶ声がした。
どうやらトマが到着したようだ。


「悪いがこちらも引き下がれん。
あのアクマにお前の心臓を奪われるワケにはいかないんだ。今はいいが、最後には必ず心臓をもらう」

今すぐ心臓を頂くなどと言っていたので警戒はしていたが、どうやら後にしてくれるらしい。
はホッとして神田の背中を見つめる。


「巻き込んですまない」
「…………」
「………」

これには思わずも黙った。
あの神田が、あの冷徹漢として本部で名を馳せる神田が。


「(あ、謝ってる…!)」

鈍器で殴られたかのような衝撃を受けたは愕然と神田を見ていた。
用が済んだ神田はララとグゾルに背を向けてトマの元へ行こうとしたが、振り返って視界に入ったに神田は驚く。


「(何だ、アイツ…)」

こちらをまるで化け物でも見るような目で見ていたに、神田は眉を顰めた。
あまりジロジロ見られるのは好きではない。
チッと舌打ちをすると、を無視してトマの元へ向かう。


「どうしよう。天変地異でも起こるのかしら…」

まだ死にたくないわ…と呟いていると、トマが粉々になったティムキャンピーを両手に広げているところであった。
すると見る見るうちに原型を取り戻し、見た目の可愛さに似合わない牙を持ったティムが口を開くと映像を映し出す。

もその場から動かずティムが見せる映像を眺めた後、ふと背後にあった気配がない事に気がついた。
慌てて後ろを振り返るが、そこに2人の姿はない。


「やっばー…神田に殺される」

ここを任せてトマの元へ行ったのだ。
2人が目を離した隙にいなくなりましたなどと言えば、結果は目に見えている。


「ちょ、ちょっとそこまで見てこよ‥‥トイレかもしれないし」

まさかこんな緊急事態で、しかも男女で連れ立ってトイレはないかなと思ったが、行動を起こさないで制裁を待つよりはずっと良い。
は神田の目を盗み、こそっとその場から抜け出した。









「資料に地図を付けるべきだよなぁ‥‥説明文じゃなくて地図を」

今度コムイさんに頼もうとが思案していると、何処からともなく戦闘に似た音を聞く。
その音が先程居た場所だと理解すると、はハッとして後ろを振り返る。


「っ、神田っ」

神田まで動けなくなっては困る。
は慌てて来た道を引き返していった。



  



話数を増すごとに短くなっているような…。
神田が素直に謝ったところでは後々の性格を見てから改めてみてみると、結構衝撃である事に気がついた。

2008/11/08