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昔話をしてあげよう。 それはとても深い、憎悪に満ちた過去の記憶。 |
| 闇と光、安らぎの仄か |
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「ん……」 長い長い夢をみていたような気がする。 は未だ重たい瞼をなんとか持ち上げてゆっくりと瞬きをした。 ぼんやりとする視界の向こうがはっきりしてくると、耳にリズム良い音が聞こえてくる。 「(れっしゃ…)」 その音はガッタンゴットンとまるで汽車が車体を揺らす時に奏でる音に似ていた。 働かない頭をなんとか横に倒してみると、目の前には六幻を腕に抱えたまま腕を組んで眠る神田の姿が見えた。 動かせる範囲で目線を走らせると、直ぐ真上に同じように目を閉じているラビの姿。 改めて今自分が置かれている状況を考えると、どうやらここは列車の中で自分はラビに膝枕されているという事が分かった。 頭を撫でるように置かれているラビの手がとても暖かく、は静かに目を閉じる。 「(傷、つけた…私が、)」 神田にもラビにも、怪我が見受けられた。 それは紛れもなく自分の記憶に残っているものと一致する。 ヴァルキュリア そう名乗った彼女が支配するのを、自分の体を通して覚えている。 あれは、私であって私ではない人格。 あれが、イノセンスの力。 「っ、ごめん…2人とも…」 どうする事もできなかった。 止める事さえできなかった。 悔しさに思わず涙が滲み、押さえる様に手の甲を目に宛がう。 だが、それは直ぐに温かな手に包まれた。 恐る恐る目を開けると、いつの間に眠りから覚めていたのかラビが笑顔を浮かべていて、の手を優しく握っていた。 「泣いちゃ駄目さ、」 「ラ、ビ…」 「折角目が覚めたってのに、泣き顔はみたくねぇな。オレ」 「……」 「笑って、」 優しい言葉と優しい微笑み。 は一度強くラビの手を握り締めて深く息を吐き出すと、ようやく笑うことができた。 その笑顔に、ラビは「おう、合格」とやっぱり笑顔を向けてくれた。 「5日だぜ」 「…神田」 眠っていたと思われた神田が静かに告げた。 がそちらに顔を向けると、体勢こそ変わっていなかったが、目だけはしっかりとこちらに向けられている。 「5日って…」 「が気を失ってから、今日で5日目」 「…そんな、に」 まさか5日も気を失っていたとは露知らず、はその数字に驚いた。 ボーっとしていた意識が覚醒し、数回瞬きをして脱力する。 「わたし、」 「体辛くないさ?ごめんなー、街で寝かせておいてやりたかったんだけど…」 「任務が入った。お前とラビはコムイの所へ。俺は別件だ」 「まったく人使い荒いさぁ、なぁユウ」「うるせぇよ」と、2人はまるで何でもないような雰囲気で話を進める。 に話す隙を与えないような、雰囲気は柔らかいのだが、何だか圧力を放っているように感じた。 何気ないいつものやり取りのはずなのだが、何だか自分だけ疎外され置いてけぼりを食らっているような、そんな気持ちに陥る。 はラビの膝からゆっくりと体を起こした。 流石に5日も眠っていると節々が痛む。 ラビが慌てたようにの肩を掴んだが、はその手を振り払う事も従う事もしなかった。 再び車内に静寂が戻る。 「何で、」 「…?」 「何で何も訊かないの?」 「……」 「何で何も言わないの?」 窓の外を流れる景色を見つめながらはギリと奥歯を噛み締めた。 背後に座るラビが息を呑み、向かいの席に座っている神田は微動だにしない。 ああ、空が灰色の雲に覆われている。 まるで、まるで。 「どうして怒らないの!?どうして責めないの!?何で…なかった事にしようとするの…?」 呵責し、罵倒して。 責めて欲しかった。自分の罪をはっきりと分からせて欲しかった。 傷跡が消えなければ、その傷跡を見て罪を思い出すだろう。 そうすればきっと、二度と過ちは犯すことはないだろう。 だからお願い。傷つけて。 「そんな悲しい事…オレしたくねぇさ」 「っ、」 肩に置かれていたラビの手に力がこもり、ぐっと後ろに引き寄せられる。 有無を言わさずそのまま抱き締められると、ラビは優しく優しく言葉を紡いだ。 「信じたくないって方が正しい気もするけど…でも、オレ、あれはがやったことだとは思いたくない」 「ラ、ビ」 「アイツは『ヴァルキュリア』って言ったんだ。じゃないだろ?」 「でもっ」 「…そうやって自分を傷つけて、知らしめるつもりか?」 「っ!」 ラビに抱き締められたまま神田を見やると、神田は難しそうな顔でこちらを見ていた。 目が合うとフンと鼻を鳴らして視線を窓の外へ流す。 「確かにいい教訓にはなるかもな。だが、その傷跡を見て顔を顰めるのは必ずしもお前だけじゃない」 「…?」 「一緒に居た俺らにも、同じ罪がある事を…忘れるな」 「かんだ、」 あぁ。もし私に傷跡を残してしまったら。 その傷を見て私は自分を責めるだろう。 だがそれと同時に、そんな私を見て神田とラビもまた苦しむ。 傷跡が痛むように、きっと2人の心も痛ましめる。 「でも……これだけは言わせて…?」 まるで何処かに飛ばされてしまいそうなを、しっかりとこの場に留めるかのように抱き締めていたラビの手をゆっくりと解く。 2人に向き合うように座ると、は静かに頭を下げた。 「ごめんなさい」 いっぱい傷つけてごめんなさい。 いっぱい迷惑掛けてごめんなさい。 「それから、ありがとう」 いっぱい心配してくれて、ありがとう。 私にはこんなにも心を傷めてくれる仲間がいる。 私にはこんなにも温かい言葉を掛けてくれる 「(ねぇ…今、あなたの側には…いったい誰がいるのだろうか)」 冷たい目をした我が妹。 愛していた。彼女もまた、慕っていた。 けれどいつからその歯車は狂い始めたのだろうか。 彼女は変わってしまった。 彼女を変えてしまった。 私の罪は、一生消えないモノになった。 「ねぇ、2人とも…」 もし私を赦してくれるのなら ――赦されなかったら? もし私を受け入れてくれるのなら ――受け入れてもらえなかったら? ずっと怖くて言えなかったことがある。 もしこれを話して否定されてしまったら。 もしこれを聞いて側を離れてしまったら。 その度に何度も言葉を飲み込んできた。 けれど、そろそろ潮時なのかもしれない。 今度は、私から前に進まなくては。 「聞いて欲しいことが…あるの」 昔話をはじめましょう 血に塗れた、昔話を ← † → 例の街の任務から5日目です。 今度は5日間、ヒロインは眠っていました。 ここから少しヒロインの過去について語っていきます。 何故、ヒロインのイノセンスは2つなのか。 2009/06/01 |