トンテンカン、トンテンカン。
それはなんだか懐かしくも温かい、子守唄のような音。





過去の記憶と隠された謎








温かいぬくもりがそっと頭に触れる。
柔らかく髪を撫でて、なんだかそれは母のようで。
そっと額に置かれた冷たい感覚に、アレンは意識を取り戻した。


「…ん…」
「あ、目が覚めた?」
「!」
「うわ」

きゅ、と眉を寄せたと思いきや、アレンはがばっと起き上がった。
アレンを覗き込んでいたは慌てて顔を退ける。


……」
「ん、おはよアレン」

アレンははた、と動きを止めたまま笑ったを見やった。
頭に乗せられていたものは冷やされたタオルで、落ちてきたそれを手でキャッチする。
持っていたタオルとを見比べていると、が今まで経緯を説明してくれた。


「アレンあの後気絶しちゃったから、唯一無事だったこの部屋に寝かせておいたの。
ちなみにそれはリナリーから。今ちょっと手伝いで向こうに行ってるけど」
「あ…」
「まだ何処か痛む?それともコムイさんの痺れ薬が残ってる?」

何となくぼんやりしているアレンにはもしかしてと痺れ薬の事を尋ねた。
ずい、とがアレンを覗き込み、その顔の近さにアレンは思わず固まって口を閉ざす。


「だ、大丈夫ですよ…体も痺れてません…」
「そう?無理しちゃダメだよ?ただでさえ任務帰りで疲れてるんだから」
「はい。それよりここは…?」

見たことのない部屋に、アレンは辺りを見渡す。
向こう側が少し崩れているが、本や資料などが詰まった本棚が天井まで積み上げられている。


「ここは科学班の研究室。本部内の修理でみんな借り出されてるけどね。私も実は手の届かない所はリデル使って飛んで欲しいって頼まれてたんだけど、ちょっと休憩」
「そうなんです……か?」

笑ったを見ていてアレンは気がついた。
辺りを気にしていた事で気がつかなかったが、思えばは今自分の隣に座っている。
しかも先ほどまで自分は“ここ”に寝ていたのだ。
起き上がった時には既には“ここ”に座っていた。
という事は。


「どしたのアレン」
「あ、あの…」
「ん?」
「い、いま……膝」

アレンがツツと目線をの膝に目を向ける。
もしかしなくとも、今自分はここに横になっていなかっただろうか。
そうだとしたらある体勢になっていたと言う事で。
アレンが言わんとする事が分かったのだろう。
はあっけらかんと答える。


「膝?ああ、膝枕の事?あ、ごめん、嫌だった?」
「い、いえっ!そうじゃなくて!!」

むしろ申し訳ない。
女の子に膝枕だなんて光栄だ、とは流石に口が裂けても言えないが、アレンは慌てて取り繕う。


「すみませんわざわざ…足、痺れてませんか?」
「自分の心配より私の膝の心配?相変わらずだなぁ…アレンは」

がくすくすと笑うと、アレンはあははと乾いた笑みを漏らす。
と同時に、頭に手をやって先ほどまでの感覚を思い出していた。
そして何となくに目をやる。
ほとんど記憶にはないが何となく覚えている幼い頃の出来事。
もしかして、とアレンはずっと聞きたかった事をに聞いてみた。



「なぁに?」
「以前僕が食堂で、に僕と会ったことがあるか聞いた事がありましたよね?」
「……。ああ、あったね」

思考を巡らせては頷く。
任務直前、アレンがデザートのみたらし団子を食べている最中『以前僕と会ったことがありますか?』と聞いてきたのだ。
その時は確か新手なナンパかと切り替えしてしまったのだが。


は『会ったことがあると言えばある』と答えましたよね」
「そうだね」
「それって僕が教団に来る前の事ですか?」
「そうだけど……どうしたの?」

以前からずっと気になっていた違和感。
握手を交わした時や、おやすみと言ってくれた声。
そして頭を撫でてくれた優しい手。
アレンは持っていたタオルをぎゅっと握った。


「もしかしなくても…師匠の所に居た女の子って………?」

がピクリと反応してアレンを呆然と見つめた。
何度か瞬きをした後、フッと柔らかく笑う。
その不意打ちの笑顔に今度はアレンが驚いた。
頬が少し熱を持つ。


「まさか覚えてるとは思わなかった…アレン、凄く小さかったのに」
「え…じゃあ」
「そう、あの日…たった1日だけだけど一緒に居たのは、私」

アレンの目が見開かれる。
やっと繋がった記憶に、アレンの中を温かいものが満たす。

あれは3年前。アレンがクロス・マリアンに拾われた日。



―――



「今日からこのガキを俺の所で面倒見る」
「……私明日から教団入りですよ…?師匠子供なんて育てられるんですか?」

明日から教団へ行くようクロスに言われたが荷造りをしている時だった。
帰ってきたクロスが連れてきたのは白髪の、年端もいかぬ男の子。
クロスに手を引かれるがまま連れてこられたかのように、何処か虚ろな目をしている。


「お前がガキの頃から俺は面倒を見てきてるんだぜ?当然だろう」
「私師匠に面倒を見てもらった覚えなんてないんですけど…」

どちらかと言えばクロスを養ってくれていた数多の女性達に育てられたようなものだ。
が大丈夫なのだろうかと怪訝とした様子でクロスを見やる。
するとクロスはに男の子を放り投げるように押し付ける。


「ちょ、」
「名はアレン。今日1日だけでいい、お前はそのガキを見てろ」
「だから私明日から教団…」
「もう準備は終わってるんだろう?」

そもそも何でも揃えてもらえるから何もいらん、とクロスが言う。
はしばらくじとっとクロスを見やった後ようやく口を開く。


「何でも揃えてもらえるなら、師匠こそ家出してないで一緒に行きましょうよ」
「バカ。何でもっつってもあそこは女がいねぇ!酒とタバコは何とかなってもな、女だけはどうにもならねぇんだよ!」

それって大人の言い訳としてどうなのだろう、とがクロスを軽蔑の眼差しで見る。
こんなのが自分の師匠だと思うと情けなくて仕方ない。
それでも、実力だけは伴っている人だけれど。


「じゃあ、後は任せたぞ」
「早速この子放って何処行くんですか」
「ガキは知らなくて良いんだよ。ここからは大人の時間だからな」

師匠が言うといやらしく聞こえる…と思いながら、アレンを押し付けたままクロスは部屋を出て行ってしまった。
はしばらく扉を睨みつけていたが、傍らで俯いているアレンに顔を向ける。


「アレン…くんだっけ?初めまして、私は。お腹空いてない?」

初めてのアレンとの会話は、それだったような気がする。


その後アレンは気疲れしてしまったのか、ご飯を少しお腹に入れるとウトウトとし始めた。
見たところ自分よりも少し幼いアレン。
はクスと笑うと、アレンの手を引いて奥の部屋へと連れて行く。


「今日はもう寝た方がいいね。このベッド使って良いから」
「……」

アレンはぼーっとしたままテキパキと動くにされるがままベッドに寝かされると、ポスンと布団を首元まで掛けられる。
そのままベッドの淵にが座ると、アレンの頭を優しく撫で始めた。


「これからキミは大変だね…師匠はかなりの曲者だから、頑張るんだよ」
「……」
「私は明日からいないけど、キミなら大丈夫だね」

笑ったはゆっくりゆっくりアレンの頭を撫でる。
ウトウトとアレンは瞬きを繰り返しながらもをなんとなく見ていた。
雰囲気がとても暖かくて優しい。
それはまるで…。


「マナ…」
「(お母さんかな…)」
「…マナ」
「大丈夫。大丈夫だよ、アレン」

は壊れ物を扱うかのようにアレンの頭を撫でてやった。
瞬きをしていたアレンが次第に目を閉じていく。


「おやすみアレン。いい夢を」

耳に残るは優しい声。
ふと思い出されるのは温かなぬくもり。

僕はずっと、その人を探し続けていたんだ。



  



そもそもアレンって何歳くらいの時に何処でどうやって師匠に拾われたのでしょうかね?
全然そういう所も分からないで書きました。ごめんなさい…。
もし原作と違う〜…とかあっても……すみません、目を瞑ってくださいませ。
アレンとヒロインの出会い編でした。

2008/11/18