|
「んむ」 は齧り付いていたパンを口に挟んだまま、その記事に目を留めた。 世の動向を知ることも、海の上にいる海賊だって必要な事だとベックマンに教わった。 欠かさずチェックしていた新聞の端っこ。 それは重要なニュースではないが、の興味を引くものだったようだ。 「"ふふおひ"…」 もごもごと何かを呟いたの言葉は、賑わう食堂内で掻き消えた。 貴方に贈る花「ちょっと出掛けてくるねー」 港で停泊していたレッド・フォース号。 地面に下ろされた梯子の上で、は振り返ってそこを通りかかったヤソップに一声掛けた。 「何処行くんだ」 「ちょっと市場まで!」 「そりゃ構わねぇが…何しに行くんだ?お頭か副船長に許可取った方がいいと思うがな」 「別にそんな大層な事じゃないし。直ぐ戻るから」 「まぁ…だしな」 「そうそう!では行ってくるであります!!」 チャッと敬礼のポーズを取ったは、まるで梯子などお構いなしにぴょんと飛び降りると、次の瞬間には既に陸地を走っていて。 元気だなー…若いな。と、ヤソップはそんな事を呟いていた。 ◇ 「お花屋さんはー…」 市場に到着したはキョロキョロと辺りを見渡していた。 あちこちから香る料理の匂いに誘われそうになりながらも、は目当ての店を探して歩き出す。 そしてようやく目当ての花屋を見つけると、店頭を覗き込んで目を輝かせた。 男所帯の中暮らすと言えど、 やはり美しいもの、可愛いものには目がない。 わー…と花に見惚れていると、店員の女性がクスッと笑った。 「あ、す、すみません」 「いいえ。誰かへのプレゼントですか?」 「まぁそんな感じです」 「女性へ?」 「いえ…男性です」 彼氏さんですか?と問う女性の質問に、一瞬シャンクスの顔が浮かんだが、はパパッと手で払って咳払いをする。 それから身を正すと、黄色い薔薇を手にとってベルベットのような花弁を一撫でした。 「ああ。そのお花をお選びになったという事は、あの日、ですね」 「そうです。あ、すみません、こっちも、別で作ってもらえますか?」 黄色い薔薇を束ねる店員に、はもう一つの花を指差して注文する。 それはあまり一般的でないのか、店員は「こちら…ですか?」と不思議そうな顔をする。 「その色が、良いんです」 がニッと笑って見せると、意味を理解したのか「分かりました」と店員はその花も手に取って別で花束を作り始める。 徐々に形を成すその花束を見て、は渡した時の事を思い浮かべながらフフっと声を漏らした。 ようやく完成した花束を受け取ると、は有難う御座いますと頭を下げてそれを手にする。 「あの、宜しければこちらをどうぞ」 「あ…」 店員が差し出したのはメッセージカードで、「もう1つの方にお使い下さい」と微笑まれる。 流石花屋の店員と言うべきか、それとも彼女にも経験があるのか。 は差し出されたメッセージカードを改めて受け取ると、礼を告げて船への道を急ぐ。 「喜んでくれるといいな!」 揺れる花弁から零れる優美な香りに、は自然と笑顔になった。 ◇ 「戻りましたー」 「、何処行ってんだ〜?お頭が心配してたぜ」 「え、マジで」 を出迎えたのは相変わらず肉を片手にしたルウで。 愛くるしいようなその表情はのほほんとしていて、シャンクスの心配の度合いの程は読み取れない。 「ヤソップに言ったんだけどなぁ」 「そのヤソップに、 「あー……うん、想像できた。有難う」 事細かに説明されずとも、その言葉の羅列だけでどんな様子か目に浮かぶほど、シャンクスの行動は分かりやすいというか。 要するに見慣れた光景というヤツだ。 が弁解しにでも行こうかと足を向けた先に、丁度目の前をベックマンが通った。 煙草の煙を燻らせながら部屋から出てくるベックマンと目が合うと、「ん?」と目を細められる。 「ベン、良いところに居た!」 「…それより、お頭が面倒なんだ。早く行った方が良いぜ?」 「これから行くよ。でも、その前に渡したいものがあるの!」 「渡したいもの…?」 咥えていたタバコを指先で摘んで口から離す動作を見ていたは、その隙を狙ってベンの首へ腕を回した。 そのまま引き寄せるよう力を込めて、も背伸びをするように踵を持ち上げる。 急な出来事に驚いて体勢を崩したベックマンの頬に唇を寄せると、ちゅ、と音を立てて口付けた。 それを目撃していたクルーは皆声を失っている。 当然、キスをされたベックマンもまた、困惑した表情を浮かべていた。 「ヘヘッ、吃驚した?」 「…想定外だったな」 「実はね、」 「おい…、お前…」 ふと静まり返ったクルーの中からそんな声が聞こえて。 そちらに顔を向ければ、そこには目立つ赤髪のシャンクスその人がいた。 驚きを隠せないのか、呆然と瞠目したまま、何も出来ずに突っ立っている様子だった。 「あ、シャン、」 「っ、」 「えっ!?ちょ、シャンクス!?」 が笑顔になってシャンクスの名前を呼ぼうとすると、シャンクスはグッと歯を噛み締めてに背を向けて船楼の方へ去っていってしまった。 ベックマンの首に腕を回したまま、想像してた反応と違う…とショックを受けたは不安げに眉を寄せる。 一連の流れを見ていたベックマンは、「ハァ」と溜め息を零しながらも首に回されたの腕を掴んで自分から離させた。 「あ、ごめんベン」 「いや…おれは構わないんだが…何なんだ」 「そうだった。はい、いつも有難う!」 ばさ、とベックマンの目の前に差し出されたのは眩しいばかりの黄色い薔薇の花束。 一瞬何事か理解できない様子を見せたが、取り合えず素直にそれを受け取って腕に抱える。 「今日何の日が知ってる?」 「…おれの誕生日ではないな」 「当たり前でしょ!間違えないもん!そうじゃなくて、父の日だよ!!」 父の日…と、口の中で反芻したベックマンはフと表情を許して手元の花束を見下ろした。 見事なまでに美しい。 「何故お頭じゃなくておれなんだ」 「だってシャンクスはお父さんって感じじゃないし。っていうかこの船の事色々面倒見てるのはベンでしょ」 「…そりゃあ…」 「勿論、この船の船長はシャンクスで大黒柱だよ!それは変わらないよ。でも、やっぱりそれを支えてるのはベンだから」 だからベンに、贈りたかったの。 そう言って笑ったに、ベックマンは苦笑を漏らした。 「黄色い花なのか」 「白とかもあるけど、黄色は身を守る色で、幸福の色なんだって。だから黄色」 「そっちの花は…?」 「こっちは、私の大切な人へ贈るもの」 「…そうか。なら、早く持って行ってやるといい。ありゃ機嫌損ねてるぞ」 「ん。じゃあベン!いつも有難う!!」 「あァ。おれも、有難う」 何が有難うなの?と首を傾げただったが、いいからお頭の機嫌直して来いと背中を押されて、 はベックマンを振り返りながらもシャンクスの後を追うように船楼に走った。 そんなの背中を見送りながらも、ベックマンの隣にいつの間にかヤソップが並ぶ。 「可愛い事してくれるよなー、は」 「そうだな」 「愛されちゃってるな、お父さん」 「テメェの親父になった覚えはねぇ」 「そりゃそうだ!しかし、いやー。こういうの見てると息子を思い出すぜ。あいつもそろそろいい年頃だろうしよー。それにアイツはおれに似て、」 延々と始まってしまったヤソップの息子の自慢話。 げんなりしたベックマンは再び煙草を口に咥えてヤソップを置いて部屋へ戻るため歩き出す。 無視をしたベックマンにヤソップは「オイ!」なんて声を掛けるが、ベックマンはフっと表情を和らげていた。 ◇ 「シャンクスー…?」 船長室の前。コツコツと鳴らした扉の前では部屋の持ち主の声を待っていた。 が外出している時も心配でクルーに居場所を尋ね、待ち侘びた本人が帰ってきたかと思えば、 恋人のシャンクスではなく副船長に抱き着きキスをしている始末。 シャンクスが機嫌を損ねるのも無理はない状況であり、は反省の気持ちを持って再び扉を叩く。 すると「入れよ、」なんてちょっと拗ねたシャンクスの声が聞こえて。 突き帰さずに返事をくれた事がちょっとだけ嬉しい。 「失礼します…」 怒っているだろう事を予測して、は恐々中に足を踏み入れた。 ひょいと覗き込んだシャンクスの部屋で、の捜し人はベッドの縁に腰を下ろしたまま窓から見える外の景色を眺めている。 その背中が少し寂しそうに見えて、の中に罪悪感が芽生える。 「あの、シャンクス…」 「…何処に行ってたんだ」 「えっと…市場へ、買い物に…」 「おれの許可を得ずに一人で出掛けるなんて、何かあったらどうするつもりだったんだ」 「……ご、ごめんなさい…」 クルーに任せたとはいえ、船長であるシャンクスか、或いは副船長であるベックマンにでも許可を取れば良かったかもしれないと、 今更ながらにが自分の行動の軽率さを悟った。 素直に謝ると、シャンクスは「それと…」と体を身動ぎさせてこちらをチラと窺う。 「ベンとは…」 「あのねシャンクス!!」 不意に、先程よりも声を低くしたシャンクスの言葉を遮るようにしてが声を上げた。 シャンクスは驚きにこちらを振り返り、はそんなシャンクスの前まで歩いていくと、後ろ手に持っていたものを差し出す。 「バラ…?」 「今日はね、父の日なの」 「……ああ、そんな日があったな」 それで?と首を傾げたシャンクスの膝の上に薔薇の花束を置いては立ったままポツリポツリと話し始める。 「母の日にはカーネーション、父の日にはバラの花を贈るのが風習で…」 「それでベンに花を渡そうっていうのは分かった。だが、キスまでするこたないだろ」 「や…なんというか、勢いで」 「…ハァァ…」 シャンクスは大きな溜め息を吐いて隻腕で顔を覆ってしまった。 呆れられてしまっただろうか。 だが、は花を渡すだけでは物足りなくて、精一杯の感謝の気持ちの表し方がアレ以外思い浮かばなかった。 はふと、目の前で項垂れるシャンクスを捉えて。 1歩前へ歩み出ると、腰を屈めてシャンクスの額にキスを落とす。 「…?」 「ごめんねシャンクス。でも、ベンにも感謝したかったの。だって私、他に何も持ってないから」 キスは、挨拶という意味があり、感謝の気持ちがあり、そして愛情表現である。 シャンクスにとって、のキスには愛情表現があるかもしれないが、 にとっては、感謝の気持ちを表現するのもまたキスだったのだ。 特別な事は出来ないけれども、精一杯の気持ちを込めてという意味で、ベックマンにキスを贈っただけなのだ。 「…何で、赤いバラを選んだんだ?」 ふと見下ろした自分の膝に乗る薔薇の花束。 それは真っ赤な、真紅の薔薇だった。 これではまるで男性が女性に贈る花束のようだ。 「赤は…シャンクスの色だから」 「……」 薔薇を見下ろしていた視線を上げると、照れくさそうに笑ったがいて。 シャンクスはハッと目を見張る。 「黄色は、この海賊団で率先して動くベンだからこそ、守ってくれますようにって意味を込めて黄色いバラ」 「……」 「赤は、シャンクスの色で…それから、」 言葉を遮ると、はこちらを見上げているシャンクスの無防備な唇にキスを一つ贈る。 シャンクスが反応する前にスッと体を離したは、腰を屈めたまま笑うと、薔薇をそっと撫でた。 「赤いバラは…愛情っていう意味があるから…。だから、これはシャンクスの為の花束なの」 受け取ってくれますか…?と不安げに問うに、シャンクスが苦笑する。 ああ、敵わない。どうして君はこんなにも、おれを喜ばせる術を知っているのだろうか。 シャンクスがの腕を取って引き寄せる。 器用にも膝から薔薇の花束を傍らへ下ろすと、とベッドへ倒れこむ。 「シャンっ」 「なぁ」 「っ、」 抱き込まれて落ちた先。 腕の中では自分の下になったシャンクスを見下ろす。 「自惚れてもいいのか…?」 「え…」 「おれはこんなにもお前に愛されてるって、思ってもいいのか?」 少し不安げに、それでも嬉しそうにシャンクスが笑う。 その微笑が嬉しくて、も幸せで涙が出そうになりながらも、堪えてシャンクスに顔を近づけた。 「当たり前でしょ。シャンクス以外愛せないもん。責任取ってね」 「そりゃ、責任重大だな」 寄せ合った唇が触れる瞬間、薔薇の匂いに包まれて、なんだかそれは幸せの匂いに似ていると思った。 Dear My Sweet... 添えられたメッセージカードには、そう書かれていた。 「何で"父の日"なのに、おれだけじゃないんだ?」 「だってベンの方が頑張ってる感が…」 「おれだけにしてくれれば良かったのによー…」 「でも、私にとってシャンクスはお父さんじゃないでしょ」 「え、」 「お父さんじゃ恋出来ないもん。だから、お父さんはベンでいいと思うの。それでも嫌?」 「そうだな。お前の親父じゃこんな事も出来ないもんな。よし、じゃあ父親はベンでもいいか!」 とかいう会話が最初に思い浮かびましてね。 やー、もうシャンクス可愛くてカッコ良くてしゃーないですねぇ。 そして私の趣味趣向により、相変わらず副船長が出張ります← 感謝の気持ち!!! 2010/05/05 |