陽が傾き始めた午後。
昼寝から目覚めたリクを腕に抱いて、は軽々と船から降りた。
その隣には幾人かのクルーもいる。

流石にこれ以上船で時間を過ごすと今度は陽が暮れてしまうだろうし、何より母親もきっと心配している事だろう。
は「ちょっとお散歩に行こう」とリクを連れ出すことに成功し、ようやく下船する事に成功した。


「それじゃあキャプテン、行ってきます」
「…
「…はい?」

腕からリクを下ろし、手を繋いで歩き出そうとしたの背中にローの声が掛かった。
足を止めて船を振り返るが、ローは「いや…いい」と結局何も告げる事なく視線を逸らす。
ローの様子が気になりつつも、手を引っ張るリクには船を振り返る事なく街へ向かった。






 好きというよりも愛しいというよりも、ただどうしようもなく、大切なのです







「さて、と」

中心街にやってきて、はリクの傍らにしゃがみ込んだ。
目を覗きこむと、リクはぱちぱちと大きなまなこを瞬きさせる。


「リクくんのお母さんって、どんな人?」
「ママ?」
「そう」
「んと、キレイだよ!」
「そう来たかー…なんとなく予想してたけども」

ちょっと問いかけが曖昧だったかもしれない。
ニコニコとしているリクにも思わず苦笑してしまう。
今度は質問を変えなければ、と、は特徴を聞くことにした。


「ママの髪の色は何色?」
「んとね、お空の色!」
「という事は青か…リクくんはグレーなんだね」
「うん。パパと一緒なの」
「お父さんに似たのか。じゃあ…長さはどれくらい?」

その後、髪、洋服、目の色、身長など、特徴をいくつか訊き出すことに成功すると、
は一緒に来ていたクルーに、今のを参考にしてバラバラになって探す事を提案した。
頷いた彼らは人ごみの中へと消えてゆき、もまたリクの手を握り直して立ち上がる。


「じゃあリクくん。今日通って来た所、お姉ちゃんともう一回廻ろうか」
「うん!いいよ!!」

嬉々として手を引いていくリクに微笑んで、は頭上を見上げた。
西の空が黄昏色に染まり、雲が紫色に棚引いている。
あと1時間もすれば日が沈みかけるだろう。
早く見つけてあげたいと思いながら、は急かすリクに合わせて走り出した。








「そっちは居た?」
「いや…それっぽい人はいなかった」
「そう…」
「そっちも…聞くまでもなさそうだな…」

夕暮れ。
市場にはランプで明かりが灯り、人々が家路を急ぐ時刻になってしまった。
結局リクの母親を見つける事は出来ずに、再びクルーと再会する事になった。
とクルーが肩を落とす中、リクがの手をきゅっと握り締めた。

ふと隣を見下ろすと、リクはの手を掴んだまま家路を急ぐ人々の波を見ている。
その中に、母親と手を繋いで帰る一組の親子の姿があった。
リクはしばらくじっとその2人を見つめた後、何も言わずの足に縋り付いてきた。
どうやら寂しくなってしまったようだ。


「リクくん」
「っ、ままに、あいたいよ…」
「そうだね。早くママに会いたいよね」
「ままぁ…」

ぐずぐずと鼻を啜り始めたリクをは抱き上げてやると、肩に顔を押し付けてくるその頭をそっと撫でてやった。
頑張って堪えようとしているのか、力いっぱいの服を握りしめている。


「はぁ…とりあえず一度船に戻ろう。それから、一応市場の人に迷子のお知らせ、しておいて貰える?」
「分かった。じゃあおれが行ってくるよ」
「うん。先に戻ってる」

海軍の取り締まりが厳しい訳ではないが、さすがに役場に気軽に声を掛けられる身分ではない。
ましてやハートの"海賊団"が預かってますなんて触れようものなら、誘拐したなどの騒ぎになりかねなかった。
幸いにも市場の人間は海賊相手にも商売を行ってくれるため少しなら融通も利く。
は最後の手段とばかりに、一緒にいたクルーにその旨を託すと、もう1人のクルーと共に一度船へと戻っていった。









南の岸辺まで戻ってくると、船には明かりが灯っていた。
その漏れる明かりの中、船の前に人影が立っているのが見える。
大きな体に丸い耳が見えて、1つがベポ、もう1つがローだというのが分かり、は出迎えた2人を見て首を傾げる。


「出迎えなんて…珍しいですね。どうしたんですか?」
「見つかった」
「…何がですか?」
「さっき女の人がこの辺りをキョロキョロしててね、ペンギンが声を掛けたら、それがリクのお母さんだったんだ」
「ママ…?」

お母さんという言葉に反応したのは、の腕の中で涙を浮かべていたリクで。
ふと欄干越しに誰か立っているのが見えると、はそっとしゃがんでリクを下ろしてやる。
そして両頬を手で包み、涙の後をそっと拭ってやると、額に優しく口付けた。


「元気が出るおまじない。もう泣かないでね?」
「ママ」
「うん。お母さんなら、あそこにいるよ」

が指を持ち上げて甲板に立っている女性を指さしてやると、
向こうも暗がりの中こちらが見えたのかパッと表情を変えて梯子を伝って下りてくる。
地面に降りた女性を見つけて、リクが「ママっ!!!」と声を上げて走っていく。
立ち上がったが見たのは、母親の腕の中で幸せそうに笑うリクの姿だった。








「大変ご迷惑をお掛けしました」
「いいえ。リクくん、見つかって良かったですね」
「何とお礼していいのか…」
「そんな。リクくんが見つかったんですから、それでいいじゃないですか。ね?」

頭を下げるリクの母親の前で、は首を振って笑っみせた。
の隣にいるローは相変わらずの無愛想なので、なりの精一杯の気遣いだ。


「お兄ちゃん」
「ア?」

がリクの母親と話している間。
ローの足元にリクがとてとてと歩いてきた。
ローが上から見下ろすと、リクは純真な目でローを頑張って見上げた。


「お兄ちゃんはお姉ちゃんのこいびとなの?」
「…難しい言葉知ってるんだな、ガキ」

その内容が興味深かったのか、ローはリクの目線に合わせる為にしゃがんでやった。
ローのこの態度にも怖じないのは、子供ゆえの鈍感さか、それとも肝が据わっているのか。
気まぐれにもローの興味を引いた事はある意味凄いものだ。


「ママとパパが、好きな人のことは『こいびと』って言ってた」
「ほぉ。で、おれとが恋人か、だったな」

ローはちょっとした世間話で花を咲かせるの横顔をちらりと見上げた後、フフ、と苦笑に似た笑みを漏らした。


「そうだな。お前にはそう見えたのか」
「だってお兄ちゃん、ずっとお姉ちゃん見てた」
「…、……フ」

長年一緒に連れ添うでさえ気付かないというのに、この子供は今日1日でそれが分かったようだ。
ローが嘲笑を零すと、リクの頭を乱雑に撫でる。
子供の頭を撫でるなんて、とんだ気まぐれだ。
撫でられた事が嬉しかったのか、リクはきゃいきゃいと笑う。


「コイツはな…―――








「それではそろそろ失礼します」
「はい。一人で大丈夫ですか?」
「ええ。そろそろ主人の仕事が終わる頃ですので、これからそちらに向かいます」
「そうですか」
「ほらリク。皆さんにお礼を言いなさい」
「うんっ」

タタッと走って来たリクは目掛けて飛び込んでくると、最初に会った時のようにぎゅーっと抱きついてくる。
がその手を取ってしゃがみ込むと、リクは先程がしたように背伸びをして額にちゅ、と口付けた。


「お礼!」
「はは、うん。有難う」

若干後ろのクルーが「ずりぃぞリクっ!!」なんて何か言ってるが気にしない事にしよう。
が照れたように笑うと、リクはあのね、と言っての耳に顔を近づけて何かを告げる。
ぴく、との肩が跳ねるが、それに気付いたのは隣にいたローだけで。
リクはニコッと笑ってみせると、バイバイ!と手を振って母親の元へ駆け戻って行った。


嵐が去ったかのような時間。
2人の姿が見えなくなると、ローはくつくつとこみ上げる笑いを隠さなかった。
がローを振り返ると、こちらを見て目を細める。


「何だ?」
「キャプテンこそ、何が可笑しいんですか」
「あァ、それより

スッとローが一歩近づいて、は後ろへ後退しそうになった。
そのの腕を素早く掴んだローは、を引き寄せて吐息が掛かるような距離で耳元に囁く。


「アイツに何を言われた?」
「べっ、別に何も」
「その割には随分と"何か"に反応してたようだがな」
「それはキャプテンがっ」
「おれが?」
「っ〜〜〜」

ローが楽しそうに口角を持ち上げる。
それを間近で見たは赤くなった顔を見られまいと、ドンとローを押し返してズンズンと船へ戻っていく。



『お兄ちゃんがね、お姉ちゃんはこいびとよりも"大切なひと"なんだって』



特別な意味がない事くらい分かってる。
大切なクルーという意味だろうって事なんて、確認するまでもない事なのに。


(嬉しいなんて、不覚だ)





やっと終わった(笑)
やー子供って無邪気でいいですよねぇ。
無邪気さゆえにキャプテンも何も言えない所が←
食堂で暢気に飯食ってたリクですが、ローがヒロイン見ているのに気づいていました!
キャプテンが苛々してた原因もこれですよ。
ふふふ、キャプテンにはまだまだ勝てないヒロインなんです。

2010/04/30