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ずっと遠くでさざ波の音。 それより近いところで小さなボイラー室の音。 風のざわめきは今夜は聞こえない。 窓の外を眺めていた視線を今度は下におろす。 いま目の前にはローの背中がある。 小さく上下しているから多分寝入っているのだろう。 息をはき出して寝返りを打つ。 もう何度も見ている天井。 ローとひとつのベッドで眠るのはこれが初めてではない。 ――眠れない。 多分体は睡眠を欲している。 けだるい感じもある。 しかし意識ははっきりとしていて、付近の音を拾おうとする。 もう一度ローの方に寝返りを打って背中を見つめた。 気配に敏感なローだが、気を許しているのかここまで寝入って貰えると嬉しくも思う。 そっと手を伸ばして背中に触れる。 まだ起きる様子はない。 そのままずるずると体を寄せてローの背中にくっ付いた。 心地よい低体温と心臓の音。私の好きな音。 どのくらいそうしていたのかは分からないが、くっ付いていた体がぴくりと動いた。 直後、「おい」と低く掠れた声が鼓膜を揺るがせる。 「なにしてやがる…」 「眠れなくて」 「…てめェは眠れないと泣くのかよ」 「え、」 はぁ、というため息と共に寝返りを打ったローが体を起こして頬を触った。 撫でられた頬が少し冷たい。涙だった。 「ガキか、お前は」 「べ、別に泣くつもりは…って、きゃぷてっ」 「黙ってろ」 ほの暗い中で更に顔に落ちてきた影に驚いて顔を上げる。 間近に迫ったローに慌てて目を閉じれば、目の縁からこぼれた涙がそのままローの舌に舐めとられた。 ちゅ、という音が耳に生々しい。 「きゃぷ」 「苦しいなら言えよ」 「え…」 「何が不安で何が苦しくて何が怖くて何が嫌なのか、言えよ」 「……」 また溢れた涙はひとつぶ、今度は枕に向かって落ちていった。 見上げた先に見えるのはローだけで、寝起きで少し不機嫌そうだがその目は甘く優しくて。 揺らぐ視界の中見上げれば、今度は重ねるだけのキスをくれた。 「もう少しポーカーフェイスくらいうまくなれよ。…フフ」 そのまま肩口に額を預けて笑うローに、そっと手を持ち上げてパーカーを掴む。 握りしめると、ローは再び見下ろす形に体勢を戻した。 「あのねキャプテン…」 「…」 「わたしね、キャプテンのこと好きだよ」 「…」 「でもね、多分好き以上に大切でね、」 「…」 「それがとてつもなく苦しいの…」 思えば思うほど切なくて苦しい。 願えば願うほどその気持ちは止まらない。 歯止めがかけられない気持ちに自分を見失いそうになる。 「だから、怖いの…不安なの…っ」 こみ上げる気持ちに呑まれそうになる。 四肢の動きさえも鈍らせる。 毒を飲むよりもずっと、恐ろしくてたまらない。 「それだけか…?」 「っ…?」 「お前の言う、不安、苦しみ、恐怖は…それだけか?」 見下ろしていた視線がスッと細められてこぼれた涙を今度は指先で拭う。 無骨で少し乱暴だけど、その強さが心地良い。 「おれは医者だが、その病は専門外だな」 フッ、と笑ったローが隣に倒れ込みながら腕を取って引っ張る。 引き寄せられた胸元に顔を埋める形になって、ローの手が頭に触れた。 「治してはやれねェが、痛み分けならできるだろう」 「キャプテン…?」 「いや…何でもない。だが…フフ、お前のその感じてるものが愛おしいとは、ほとほと参るな」 くつくつと笑い始めたローが目元を覆って呟く。 意味が分からなかったために胸に埋めていた顔を上げると、ローの手が頬を攫った。 「もっとおれに依存しろよ」 「…え、」 「その苦痛は取り除いてはやれないし、取り除く気もサラサラねェ。むしろおれはお前に今以上の苦しみさえ望んじまう」 だが、と笑みを湛えたローが震えた唇をなぞった。 「それがお前の愛情の深さだろ?ならおれは、そいつに応えてやるまでだ」 噛みつくような口付けは、心に積もる不安を打ち消す様に。 ただ、世界から音を消したのだった。 そのさみしささえもいちぶでしょう。 |
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【あとがき】 何を思って書いたものだったか。 忘れてしまったんですけども、なんか唐突に物凄く恋しくなったと言うか。 近すぎて苦しい。気持ちがどんどん重たくなっていく。 そういうような恋愛観を表現したかったんだと思います(多分)← [2012/7/12] |