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「」 誰かが耳元で名前を呼んでいる。 「オイ、」 肩を揺さぶられるがそれはあまり強くない。 「ほォ…これだけ起こしても起きる気がない、か。よっぽど襲われたいらしいな」 パチ。 は今の一言で完全に覚醒した。 声がした方に顔を向ければ、少し不機嫌そうなローが立っている。 「ひやぁ!キャプテ…っ!?」 「……ったくお前は。朝からひっくり返るのが趣味か?」 「す、スミマセン…」 驚きの余りベッドの上で勢いよく起き上がったは良かったものの、体が布団と一緒にずり落ちる感覚。 そのまま朝から床にダイブをかます所だったが、それは咄嗟のローの機転により回避された。 掴まれた腕をそのまま元の位置まで戻すと、ローはのベッドに腰を下ろす。 「と…ところでキャプテン、私の部屋で何を…」 はそっと持っていたタオルケットを胸の高さまで持ち上げてちょっとした警戒心を顕にした。 それを見たローが鼻で一つ笑い、「寝込みを襲うほど餓えてねェよ」との頭についていた寝癖を弾いた。 「鍵を出せ」 「はい…?」 「持ってるんだろ?鍵」 「…何の鍵ですか?」 「お前…いや、寝ぼけてる訳じゃなさそうだな」 「???」 訳が分からないという顔をするに、ローは持っていたメッセージカードを差し出した。 それを促されるまま広げてみれば、そこには短い一文でたった一言。 "船長へ 鍵はが持っています" 「かぎ?」 「どうやらお前も何も知らないよう……、ああ」 「へ……っ!?」 突如、ローが何かを発見したのかスッとへ手を伸ばしパジャマのボタンを一つ外した。 吃驚する間もなく手がスルリと服の中に入ってきて、は慌ててその手を掴んだ。 「ちょっ、キャプテンっ!!」 「勘違いするな。それを取るだけだ」 「そ、れ…?」 それ、と言われて掴んだローの手を離せば、の服から出てきたのは鍵だった。 どうやらの首に鍵が掛けられていたらしい。 何をするでもなく、言葉通りに鍵を取り出したローは立ち上がって扉に向かう。 「外で待っててやる。10分で着替えて出て来い」 ローはそれだけを告げると扉を抜けて外に出てしまった。 しばらく放心していただったが、10分しかないタイムリミットを改めて理解して慌てて着替えを始めた。 ときめきに策略着替えを済ませたは律儀にも扉の外で待ってくれていたローにおずおずと声を掛けた。 それを横目で見受けたローは寄り掛かっていた壁から背を離すと「行くぞ」とスタスタと歩き始める。 何処へ向かうのかと思いきや、ローの足は既に目的地を絞っているらしい。 「あの、キャプテン」 「なんだ」 「皆…は?」 「それをこれから確かめに行く」 先程から疑問に感じていた事。 それはいつも誰かしら目にするはずのクルーがいない事。 気配すら感じる事が出来ないところを見ると、隠れているのか、それとも。 それからそのままローに着いていくと、その足はある場所で止まった。 そこは誰かの部屋でもなく甲板へと続く扉でもなく、勿論秘密の扉とかでもなく。 「食堂?」 の呟きに答えずにローは先程の懐から拝借した鍵を迷わず鍵穴に入れた。 カチリと音がして扉が開く。 先に中へと入っていくローを慌てて追いかけると、そこは異様な空気だった。 それは不快とは違うもので、ただの違和感だった。 それもそうだ。いつもなら誰かクルーがいるし、何よりコックがいるはずなのだから。 しかし。 「誰もいない…」 そう。そこはまるで寂れた酒場の一角のように。 クルーも、そしているはずであろうコックでさえもいなかった。 本来であれば敵襲か何かか、と警戒すべきなのだろうが、船内には争った形跡は何処にも見当たらない。 ぐるりと食堂を見渡していると、の目は食堂の真ん中にあるテーブルに置かれている箱に留まった。 ローも気がついたのか、その箱に近づいていく。 「何でしょう?」 「開けろ」 「え、あ、はい」 とりあえず何が入っているか分からないため、はそっと様子を窺いながら箱を開ける。 するとそこには色鮮やかなリボンと、手紙が入っていた。 「よ、読みますね」 "船長へ" 改めて、お誕生日おめでとう御座います。 という訳で、今日一日はおれたちからのプレゼントという事でこの船で一日ゆっくりしてください。 とはいえ、船長を一人残していく訳にもいかないので、を置いていきます。 ちなみに今停泊している島は一応安全は確認済みの島です。 おれ達は島で今日一日を過ごします。 追伸…… 「どうした」 「え、あ、いや……こ、これで終わ」 「"終わり"な訳がねェだろ。貸せ」 「あっ!」 "何をしててもおれ達は邪魔はしません。 たまには二人でゆっくりするのもいいと思います。 翌朝には船に戻ります。" "ハートの海賊団クルー一同" 「へェ…」 「あ、の…」 「つまりは、この船にはおれとお前の二人だけって事か」 「そ、そうです、ね」 ローの声が一際低くなり、はぴくりと身体を揺らした。 それを横目で確認したローはに気付かれないようにニヤリと笑う。 「オイ」 「は、はいっ」 「飯」 「え…」 「朝から何も食ってねェんだ。飯作れ」 「あ……はい」 それだけを告げると、ローはまるで何事もなかったかのようにカモメ便で運ばれてきたのであろう新聞を手に取って適当な椅子に腰を下ろした。 完全に今の状況に置いていかれているは慌ててコーヒーを作るためにキッチンへ入り込む。 事件性は感じないものの、いきなりクルーにこんな事をされれば少しくらい慌ててもいいものなのだが。 嘘か本当か、いや恐らく本当なのだろうがクルーが船に誰一人乗っていないとなればもう少し驚くものではなかろうか。 「キャプテン…あの、コーヒー…」 「ああ」 この人の冷静さは今に始まった事ではないけれど。 それでも余りの冷静さに、思わずはばれない様に小さく溜め息を零した。 ◇ いつもと違う日常から数時間が経過した。 朝食を食べ終えたローはしばらく新聞に目を落としていたが、全てに目を通し終えたのかそのまま食堂を出て行った。 ひとり食堂に残されたは、何もすることがなくなってしまい同じように食堂を後にする。 ローと自分以外誰も乗っていない船内は、異様なほどに静かだった。 誰の声も聞こえない。エンジンも切ってあるのでボイラーの音もしない。 「外、行こうかな…」 誰に言うでもなくはひとつ呟くと、その足を甲板に向ける。 甲板に出ると外は雲一つない快晴だった。 柔らかな潮風が凪ぎ、その中に温かい日差しの匂いが混じっている。 思わず「んー」と伸びをすると、「ネコみたいだな」と笑い声が降ってきた。 「あ、キャプテンそこにいたんですか。ていうか、ネコみたいって…」 「ああ、でもお前はネコよりはイヌだったな」 「何でですか?」 「フフ、てめェで考えろ」 それだけを告げるとローは甲板の奥へと引っ込んだ。 あの人が日光浴なんて珍しい事だけど、部屋に引き籠って読書ばかりする人だからたまにはいいだろう。 それでも、躯体に衰えはなく引き締まっているのは逆に羨ましいと思わざるを得ない所だが。 正直、船にローと二人きりだと言われたとて、する事がなかった。 ベタベタされるのは余り好まない人だし、進んで出掛けようというタイプでもない。 専らローと一緒にいる時間というのは普段の生活の中でもありふれていたし、そもそもにその日常生活の中だけでも十分満たされていたのだ。 外出する時にはちゃんと傍に置いてくれるし、部屋に行けばほぼ拒むことはない。 取り分け甘い雰囲気になるという事はないが、まったく何も進展がないという訳でもなかった。 「キャプテンと何すればいいんだろう…。皆は、何がさせたかったんだろ…」 と2人でゆっくり、なんて書いてあったが、ゆっくり何をするのだろうか。 確かに普段ゆっくりするなんて事は稀だが、休めていない訳でもない。 はしばらく考えたが、結局何も良い案が思い浮かばず、本来ローに渡すはずだったプレゼントのケーキを作りにキッチンへと向かった。 ◇ ひとり静かにケーキ作りを始めて1時間。 オーブンでスポンジが焼けるのを待ちながら生クリームを作っていると、キッチンの扉を開けてローが入ってきた。 を横目に見やってから、冷蔵庫へと手を伸ばす。 「お腹空いたんですか?」 「まァな。で、お前は何やってんだ」 片手に皿を持ったローが生クリームを作っていたの手元を覗き込む。 真っ白いそれに、密かにローの眉間に皺が寄った。 「あ、これはキャプテンのじゃないですよ!キャプテンのは甘くない紅茶のシフォンケーキにしてますから!」 「……」 そういう問題ではない、と言いたかったのだろうが、ローはあえて何も言わず「そうか、」と一言こぼして食卓のほうについた。 やはりケーキではローは喜ばないだろうかと思っただったが、とりあえず再度生クリーム作りに専念することにした。 それからしばらく、はもう一つのケーキの準備をちゃくちゃくと進めていたが、卵を取ろうかと振り返った瞬間に目の前にローが居て驚いた。 「わっ」っと目を丸めたは、ぶつかりそうになったところでピタリと止まる。 「きゃ、キャプテンどうしたんですか。びっくりしました…」 「皿、戻しに来ただけだ」 そう言っての身体越しにシンクへ食べ終えた食器を置くが、屈んだローとの距離が近くなりは慌てて後ろへ一歩下がる。 ガタン、とシンクが音を立てた。 気まずい空気が漂う。 「……」 「……」 「…あ、じゃ、邪魔ですよね、えっと…」 「」 「っ、」 今、ローの顔は吐息さえ触れてしまいそうなほど近い距離にある。 顔を上げればイヤでも視界にローが入ってしまう。 なるべく顔を上げないようにしてこの場所から動こうかとした直後、ローの手がをシンクに縫い止めるように退路を塞いだ。 「てめェは意識しすぎだ、馬鹿」 「っっ!」 耳元で囁かれ、は自分の手を胸元で握り締めた。 は意識していた。 それは多分このキッチンで手紙を読んだ時から。 この船にローと二人きりだというのを知ってから。 意識しないはずがない。 だって相手は。 「あっ!あの!わたし!そうです!洗濯物干してて!!」 「は…?」 「取りに、行って、きますっ!」 ローの指先が伸び来たところで、はパッと顔を上げてそれだけを押し付けるように告げると、 両脇を塞いでいたローの腕を潜り抜けて扉の方へ走っていった。 バタン、と大きな音を立てて扉が閉まると、ローは持ち上げていた手を口元へ添えた。 くつくつと笑いながらシンクに凭れかかる。 「フフ、逃げられたか」 ◇ ローとの一騒動の後、はこっそりキッチンに戻ってくると作り途中だった紅茶のシフォンケーキ作りを再開した。 それから数時間、ようやっと完成したケーキを丁寧に切り分けてお皿に載せる。 「キャプテン、怒ってないかな…」 先程の態度は船長に対しても恋人に対しても良くないものだった。 折角の誕生日だし怒らせたくはなかったが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。 はブンブンと頭を振るとそれを持ってローの部屋へと出向く。 「キャプテン、」 コツコツと扉を叩いて様子を窺うが、一向に扉が開かれる気配がない。 また読書に熱中しているのかもと、再度戸を叩いたがやはりローの気配はなかった。 「いないのか…な?」 踵を返そうかと思ったところで、中で物音がした。 反転しかけた身体を戻しては思い切って扉を開ける事にする。 「キャプテン?」 中に入り込んで扉を閉める。 端から端まで部屋を見渡してみるがやはりローはいなかった。 おかしいな、と部屋を出ようとした直後。 「なにしてやがる」 「え、あ、キャプテ…っ!?」 なんだやっぱり部屋にいたんだ、と思って振り返ると、上半身は裸で頭をタオルで拭くローがバスルームから出てきた。 ぎょっとしたはくるりとローに背を向けてどきどきする心臓を押さえる。 「すみませ…っ、今すぐ出て行きまっ」 「別に問題はねェだろうが」 扉の取っ手に手を掛けたは早々に部屋を出て行こうとしたが、いつの間に後ろまで来ていたのかローが開けようとした扉を押さえて開きかけたそれを留めた。 ぽつり、とローの髪から落ちる雫がの肩に落ちる。 「あの…」 「貸せ」 「え…」 「それを渡せ」 「あ、はい…」 それ、と言われたのはが持っていた紅茶のシフォンケーキだった。 素直にそれを差し出すと、ローは近くのチェストの上に置いて一切れ口に含む。 指先についた欠片を舐め取る様子を間近で見せられたは収まりかけた熱が再びあがってくるのを感じていた。 「ククッ…変なやつだな、お前は」 「え?」 「他のクルーがいる時はおれが近づいても特に反応しねェくせに、二人きりだと駄目な訳か」 「だ…ってそれはっ」 「それとも、他の人間に勘付かれながらするのが趣味か?」 「ちがっ」 「いつおれが何をするのか分からないと怯えてるのも結構だが、おれも時間は惜しい」 「……」 ケーキから離れたローは再度の側へ戻る。 相変わらず上半身は裸のままで、髪が濡れたローは色っぽく直視する事が出来ない。 目を泳がせているとローが顔を覗きこんできた。 「お前のおれに対する気持ちはコレだけか?」 「…ケーキだけじゃ不満、って事ですか?」 「プレゼントとやらは、本人が欲しいものを得てこそ意味がある」 「でも皆からは色んなものを貰って…」 「いいや?別におれは酒が欲しかった訳でもない。宝にも特に興味はない」 「なら…」 「だが、アイツらはおれにとって意味のあるものを置いて行っている」 「……?」 はそっと目線を上げてローを見た。 ローは相変わらずニヤリと笑うだけでそれ以上は語らない。 とうとう首を傾げると、ローは今度こその顎先を掬い上げた。 「しろよ」 「っっ、なに、を…」 「この状況で何だか言わないと分からねェのかよ」 「…う、」 こんなにも顔を近づけられた状態ですることなんて限られている。 そしては、もうその答えを理解していた。 ローの目が強くを射抜く。 何もかもを引き付けてしまう目だ。 「…」 「んっ、」 は意を決してそっと踵を持ち上げてローにキスをした。 触れるだけの簡単なものだったが、そのまま深いキスへと変わっていく。 まだ少し濡れているローの肌に縋りつくと、ローはを抱き上げて側のベッドへ落とした。 「あの、あのキャプテンっ!」 「今更待ったは聞かねェぞ」 「そうじゃ…なくて、」 はローに押し倒されたまま、そっと腕を持ち上げて首に回した。 普段目を合わせると何も言えなくなってしまうが今日だけは、今日この日だけは。 「キャプテン…」 「お誕生日、おめでとう御座います」 「キャプテンが生まれてきてくれて良かった…。キャプテンと出会えて良かった…」 「……ピア、」 「キャプテンが…トラファルガー・ローが、世界でいちばん大好きですっ」 驚いたローに、はとびきりの祝福を乗せてキスをした。 追伸… "何をしててもおれ達は邪魔はしません。 たまには二人でゆっくりするのもいいと思います。 翌朝には船に戻ります。" "ハートの海賊団クルー一同" さらに追伸… "世界でいちばん大好きなキャプテンへ。 わたしはハートの海賊団で、あなたのクルーで、そしてあなたの恋人で。 とっても幸せです!" "" 最後の一文は残されたあのメッセージカードに実はもう一つ添えられていて、 それはローだけが見ていた、という設定になってます。 (ちなみにクルーに急かされて書かされたもの) 自分で書いているOP夢のほうでまだちゃんとした恋人設定になってないのもあって 先にこっちで書くのは違和感(苦笑) という訳で、キャプテン本当にお誕生日おめでとう御座います! これからも愛しいキャプテンであり続けてください!! 2010/10/7 |