私と彼女達との決定的な違い

それは






 開けるなと言われたパンドラの箱







「飲むぞ〜!!!!!!」

誰が火蓋を切ったのかは分からない。
その声に続いて雄たけびの様な低い声が湧き上がり、皆好き放題に酒を呷り始めた。
はそこまでお酒に強くもないので隅っこの方に移動すると、こっそりお酒を口に運んでいく。


「女だ!!女も呼ぼうぜ!!」

ほとほと、海賊は酒と女をこよなく愛するものらしい。
肩身の狭くなったはカウンターの方まで移動して、馬鹿騒ぎをしているクルーを見つめていた。
そこでふと、ローの姿が見えない事に気がつく。
キョロキョロと辺りを見渡すと、カウンター席の端の方でジョッキを持っているのが見えた。
一緒に飲もうかなと思った矢先、ローの隣に女性が寄り添う。
色香も漂う大人の女性というのは、きっとああいうのを言うに違いない。
は呆然と立ったまま思う。


「(別に、)」

ローだって男だ。
慕うべきキャプテンであっても、女性を買いたいと思うのも普通の事だろう。
これ以上見たくもないのだが、それでも自然とそちらばかりを意識してしまう。
行儀が悪いと思いながらもチラチラと窺っていると、女性がローからジョッキを奪い、その豊満な胸を押し付けているのが見えた。
ドクン、と血が逆流するかのような感覚に陥る最中も、女性はその手を止める事無くローの首に腕を回す。


「っ、」

一瞬、女性がこちらを見た気がした。
視線が重なったかと思う間もなく、女性はルージュを引いた唇で弧を描くと、ローを引き寄せて顔を近づけた。
はそれ以上その2人を見ていられず、持っていたグラスをカウンターに放る様に置くと、裏口と言われる扉から外へ飛び出す。
顔が無意識に熱くなり、目の奥がチカチカするような気がした。


「っはぁ、はぁ」

大した距離も走ってないのに、まるで長距離走をしてきたかのように息苦しかった。
壁に手をついて深く息を吸い込むと夜陰の匂いがする。
冷たい空気が肺に入り込み、喉が無性に渇くような気がした。


「っは…何、してんだろ、私」

ざわりと肌が粟立って、寒くもないのに体が震える。
この感覚は覚えがある。恐怖という感情に似ていた。

が壁に体を預けて息を整えていると、カツ、というヒールの音がした。
ぱっと後ろを振り返れば、そこには先程ローと口付けを交わしたのだろうと思われる女性が立っている。


「……何か?」

じっとこちらを見たまま動く気配もなかったので、から声を掛けた。
すると女性は腰に手を当てたまま睨むようにを見ると、カツカツとこちらに歩いてきて目の前に立った。


「…あの、」
「まだガキじゃない」
「……」

酷い事を言われている、というのは認識できたが、は特にそれに反応する事はなかった。
それよりも、目の前に立ってを見下ろしている女性をじっと見つめてしまう。
ワイン色のドレスが彼女の白い肌を際立たせ、纏め上げた髪は少し乱れていて色っぽい。
豊満と言った胸はドレスから零れそうなギリギリの所で留まり、胸元に煌めくアミュレットは名前は分からないがきっと高価な宝石だ。
改めて向かい合っても、やはり魅力ある大人な女性であるという認識は変わらなかった。


「ねぇあなた。あなた船長さんの何なの?」
「……何、と言われても」
「娼婦にしてはガキっぽいし、色気なんて欠片もない」

確かに言われてみれば、目の前に立つ女性とは比べ物にならないくらいガキっぽく色気もないだろう。
だがは体を売る彼女達とは違う、海賊を生業とする人間だ。
しかし何故そんな事を彼女に言われなければならないのだろうか。
は困惑する中でも、少しムッとする。


「見たところ、あなた船長さんの恋人でもダッチワイフでもないんでしょう?」
「だ、ダッチって…!」
「なら、一介のクルーよね」
「………」

にんまりと女性の口元が吊りあがり、に寄せられる。
思わず後ろの壁に思いっきり張り付くと、耳元でくすりと微笑まれた。


「あの人の事、食べちゃってもいいわよね?」
「っ!」

スッと顔を離した女性は勝ち誇ったかのように笑うと、あなたも特別な夜にしてあげるわ、と謎の言葉を呟いて笑みを浮かべる。
"特別な夜"とは何なのかという疑問ではなく、はローを"食べる"と言ったほうに反応をした。
カッとなって手を振り上げるものの、女性はそれを素早く掴むと今度はを引き寄せて顔を近づける。


「あなた、乳臭いかと思ったら…もっと最悪ね」
「なに、をっ!」



「血生臭いわ」



「っ、」
「一体今まで何人殺してきたの?」
「く、」
「ねぇ?人を殺すってどんな感じ?」

ドン、とが女性を両手で押し返した。
あっさりとから離れた女性はふふと含んだ笑みを浮かべる。


「そんな汚れた手で、そんな匂いをさせて、よくあの人の隣に居られたわね」

その言葉の後、は怒りに任せて女を壁に叩きつけていた。
きゃあ!なんて悲鳴を上げて壁伝いに崩れる女性は、振り乱れた髪の間からを睨みあげる。
肩で息を繰り返すはそんな女を冷めた目で見下ろしていたが、開けっぱなしだった扉から主人と思わしき人間がやってきて、女性の肩をそっと抱いた。


「あんたうちの娘に何してるんだよ!」
「……」

「何の騒ぎだ」

その時、扉から姿を現したのはローだった。
扉に体を寄り掛からせながら、と女性、そして店主を見比べている。


「あんたんトコの船員、どんな躾してんだよ!」
「……自由奔放、それが海賊ってもんだろう。だが、コイツが何か非礼をしたのなら謝ろう」
「!?」
「女、立てるか?」

ローは、をちらりと窺った後店主に詫びを入れた。
そのまま店主に肩を抱かれた女性に合わせてしゃがみ込むと、その手を取って立ち上がらせている。
自分の味方をしてくれるどころか、ローは今、女性の手を取り肩を抱いていた。
の中で、ざわりとした不快感が背筋を這っていく。


「うちのクルーが悪かったな。代わりに一晩、この女を買い取る」
「けどねぇ!」
「いいのよ、船長さんもこう言ってくれてるんだし。ねぇ船長さん、足を挫いちゃったみたいなの。お医者様なんでしょう?後で診て下さらない?」

先程までの棘を含んだ笑みは何処へやら、女性はローにワザとらしくしな垂れ掛かると、チラリとを見やった。
くす、と唇が弧に歪むと、ローの腕に体重を掛けて足をさする仕種をみせる。
分かったと答えたローに、の中で何かが切れる音がした。
女性の腰を支えて何処かに行こうとするローに背を向けて、は思わず駆け出す。

船に戻って今日はもう眠ってしまおう。
そうすればこのざわざわする気持ちも治まって、明日ローの顔を見た時も普通に笑えるだろう。
涙は出ないのに、喉の奥がヒリヒリして痛かった。





私が描く女性像ってこんなんばっかりですよねー…。
いつか女性といちゃこらしてるヒロインを書いて、それに嫉妬する姿も書いてみたいな!
この後続くのですが…次のお話、血の描写が出てきますのでお気をつけ下さい。

2010/06/04