うちのキャプテンは、ほとほと寝起きが悪い。
時折ちゃんと起きて来てくれる事もあるし、敵襲や嵐などの非常事態には一声掛けるか、自分からちゃんと出て来てくれる。
だがそれ以外の時は大体、朝と言われる時間帯は部屋から出てくる事はない。
起きているのか寝ているのか、流石にそれを確認するだけの手段はないが、キャプテンのスタンスは朝ご飯とお昼ご飯が一緒になる事が多いのだ。


、」
「おー、ペンギンお早う。どうしたの?」

潜水艦であるハートの海賊団の船は、現在海上に顔を出していた。
朝靄が視界いっぱいに広がる中で、朝日が顔を出すと幻想的な雰囲気になった。
その景色を見るのが好きなは見張り台に上りぼんやりとその様子を眺めていたのだが。
そこにペンギンが顔を出してを呼んだ。


「ああ、お早う。悪いがキャプテンを起こして来てくれないか」
「…………なんで」
「ボイラー室から今朝方連絡が入ってな。ちょっとメンテナンスをしたいらしい」
「だから止まってるんだ、この船」
「出発は少し遅れると、一言伝えてくれればいい」
「……だったら私じゃなくても出来るでしょー…」
「誰も行きたがらないからお前に頼んでいるんだ」

その言葉に、は口を尖らせて喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。
皆が船長室に近づきたがらないのは、恐らく船長の機嫌が余りよくないからだろう。
ローを起こすのは、ある意味敵と対峙するよりも恐ろしい事かもしれない。
如何せん、無断で部屋に足を踏み入れようものなら、拳骨ならぬ体がバラバラにされてしまうのだから。

勿論無断と言ってもこちらからすれば入室許可を貰う為声は掛けているのだが、当然眠っているローは気付かない。
いや、気付いているのかもしれないが返事を返すのも億劫なのだろう。

お陰様でいらぬとばっちりを受けた者は1時間以上はバラされた姿のまま、ローが直してくれるのを待つしかない。
それだけでその人の一日のテンションはブルーになってしまうのである。


「やだ」
…」
「私だってキャプテンにバラされたんだよー…やだ。っていうか私がキャプテンの部屋に行く回数多くない?」
「…お前が行った方が被害が少ないんだ」
「いやいやいや!バラさてるからね私!あれされた後しばらく関節が変な感じするんだから!!」
「頼む。おれはこの後ボイラーまで行かないとならない」
「シャチとベポはー…?」
「まだ寝ている」

久々に早起きして、幻想的な風景に「やっぱり早起きは三文の得って本当だなぁ」としみじみ浸っていた所だったのに。
ちっとも"得"じゃないや、とは眠っているというシャチとベポに恨みの念を送ってみる。
もう一度頼む、とペンギンに言われて、はしばらく目の前の風景をじっと眺めた後、大きな溜め息を吐き出した。


「………次の島でパフェ」
「分かった」

次の島にパフェがあるのかは定かではないが、そこになければ別の島でもいい。
ペンギンは約束は守ってくれるので、はペンギンに向かって苦笑すると見張り台から降りた。
目指すは、ラスボスならぬキャプテンである。






 神のみぞ知り神すらも知らない







「キャプテン」

コツコツ、と扉を軽く叩いてみる。
ローは時々、夜更かしを通り越して寝ずに本を読んでいる事がある。
それを期待しながらも控え目に声を掛けたが中からは返事はなかった。
どうやら今日は、ちゃんと眠っているらしい。


「キャプテン、伝えたい事があるんですけども」

もう一度扉を叩きながら、今度は先程よりも少し大きな声で声を掛けた。
扉に耳を当てて中からの返答や動きを待つが、結局それから返事が返ってくる事はなかった。


「…………くぬ、仕方ない」

ドアノブを回してそろりと扉を開ける。
鍵を掛けていないのは幸いと言うべきか、不用心と言うべきか。
ある意味有難迷惑であるが。
廊下の明かりが中にスッと伸びて白い線を作り、徐々に扉を開けると部屋の様子を浮かび上がらせた。
上手い具合に、ローのベッドは扉の光が射さない所に置いてあるため、光でローが起きる事はない。


「キャプテン」

扉に身を潜めたまま声を掛ける。
ベッドの位置は分かっているのでそちらに向かって声を投げたつもりだったが、返事どころか動く気配さえない。
寝たフリかとは思ったのだが、ローだって人間だ。
何処とも分からぬ場所ならまだしも、ここは自分が所有する船の中。
熟睡する事もあるだろうと、は諦めて部屋の中に足を踏み入れる事にした。
怒られてバラされても、パフェの為に頑張るんだと自分を奮い立たせてベッドが置いてある奥地へと進む。

丸くくり抜かれた窓から外の様子が見て取れ、じんわりと朝靄に滲む太陽の光に、は思わず微笑んで、ローのベッドと向き合った。


「キャプテン、お休み中失礼します」

ベッドの足元に立って告げる。
ローはベッドにちゃんと入っていた。
ベッドの上には広げたままの本が2冊、床には寝返りでもした時に落ちたのだろうと思われる本1冊があった。
寝ながら何かを調べていたのだろう。
はもぞりとも動かないローに、困惑しながらも苦笑する。
落ちていた本を拾い上げてベッドサイドのテーブルに置き、ベッドの上で広げられていた本にもしおりを挟んで閉じて同じところに重ねておいた。
暗がりの中ローを見れば、自分の腕を頭の下に敷き、こちらを向いたまま目を閉じている。
薄く息を吐き出しているのを聞いて、申し訳ないなと思いながらもその肩に手を伸ばした。


「キャプテン、キャプテン」
「……ん、」
「(い、色っぽいですキャプテン…)」

掠れた吐息に思わず手を引っ込める
思わずいけない事をしているかのような感覚に陥ったはふるふると首を振って再びローに手を掛けた。


「起きて下さい。ペンギンからの伝言です」
「……あー…?」
「起きましたか?キャプテン?」

今の声は寝起きの声に近い気がする。
が顔を覗き込もうとベッドに体を乗り上げたその時。


「っわっ!?」
「………夜這いとは大胆な事が出来るようになったもんだな、
「きゃ、キャプテン!」

ギシリと体重で軋んだベッドの音に、ローが突如として目を開け肩に触れているの手を素早く掴んだ。
そのまま引きこまれベッドに倒されると、見事ローがを押し倒している構図の完成だ。
不敵に笑ったローに、は慌てて体を起こそうとする。


「暴れるな」
「は、離して下さい!!それに今は夜じゃありませんし忍び込んだつもりはありません!」
「なら朝這いか?どちらにしても男の部屋、更にはベッドに乗り上げるなんざそれ以外の何がある」
「何度呼んでも起きてくれないキャプテンが悪いんですっ!!!!」

上から体を拘束され、挙句四肢はローの体で押さえつけられている。
いくらがこの船でも重宝されている戦闘員とは言え、流石に男と女の力の差は越えられない。
それでもなんとか動かせる範囲で体を捩ってみるものの、ローは上からくつくつと笑うだけだった。


「で?用件は何だ」
「……ペンギンから伝言で、ボイラーのメンテナンスをしたいそうです。その為少し停泊しています」
「通りで揺れが少ない訳か」
「もう用件は伝えました!退いて下さい!!」

ベッドの上でもがく様は、まるでまな板に乗せられた魚のようではないだろうか。
いくらローが手を出して来ないと分かっていても、緊張するなと言う方が無理である。

目を閉じてもがいてはいたが、しばらくローが上からを見下ろしているのだけは理解出来た。
ローの視線に曝されているという事実が恥ずかしく、早く退いてくれ!と心の中で呟いていると、ローの拘束手の手がゆっくりと退けられる。
そのままローはの体の上から退く気配がし、閉じていた目を開けるとローがベッドから起き上がる所だった。
呆然とローのベッドに転がったままその背中を追っていると、ローがゆっくりとパーカーに手を掛け始める。
思わずは反射的にベッドから飛び起きた。


「ちょ、っ、何してるんですかキャプテン!!!」
「…昨日あのまま寝たからな。着替えるだけだ」
「な、なら私が出てから着替えて下さいよっ!!」

極力視界に収めないようにしながらも立ち上がったは一目散に扉へ飛びつこうとする。
あと数歩、の距離まで縮まった時、後ろから強い力で引っ張られて壁に押し付けられた。
衝撃に閉じていた目を開ければ、目の前にパーカーを脱ぎ捨てたローが飛び込んでくる。


「っっ!?」
「オイオイ、おれはお前に入室の許可を出していなければ退室の許可も出してねェ」
「っきゃ、ぷてんっ」

目の前に迫るローと距離を開けようと、は何処を見たらいいのか分からないまま両手を突っぱねた。
流石に体に触るのは憚られたので自分を囲う両腕を必死で押し返す。


「無断で侵入してきたお前がおれにすべき事は何だ?」
「………ごめんなさい」

背けていた顔をローに向け、見下ろしてくるローを上目遣いにみやりながら謝罪を述べた。
許して貰えるのだろうかとじっと見上げていただったが、ローはニヤリと笑みを作る。


「ところで
「…は、い」
「顔が赤いようだが?」
「…っ!」
「呼吸も浅く、脈拍も早いな」
「な、何でもな…っ」

ローの顔を見ていられずには視線を彷徨わせた。
ところが、の正面には細いと思いながらもしっかりと引き締められ無駄のない体に。
左右にはローの腕。
視線を定める場所がないは、ぎゅっと目を閉じてどうやってローの拘束を逃れるか考える。


「むやみやたらに無防備な姿を晒すな」
「…え…?」

耳元に触れた吐息の近さよりも、ローのその言葉に驚いたは顔を上げた。
目と鼻の先、触れてしまいそうなその距離ではローの表情に息を潜めた。
いつものような気だるげな雰囲気はありつつも、じっとを見つめているロー。
しかしその雰囲気は、が瞬きをした瞬間に崩れた。


「分かったなら行け。どうせまた、見張りの上で海でも眺めてたんだろう?」
「……何で知って、」

から体を離したローはに背を向けてクローゼットへと向かう。
その背を追いながらが呟くと、ローは扉に手を掛けながらニヤリと笑った。


「さて、何でだろうなァ」

その笑い方が意味深で、は急に恥ずかしくなって急いで扉に向かった。
開け放ったドアをぴたりと一度止めたは、後ろをちらりと振り返り怒鳴るようにローへ言葉を投げる。


「きゃ、キャプテンだって無防備だと思いますっ!!!」

バタン!と荒々しく閉められた扉を横目で確認し、フフと笑い出すロー。
廊下をバタバタと駆けて行く足音は、朝の訪れの音に似ていた。





寝起きのキャプテン万歳!!
絶対色っぽいよあの人。
多分吐血するね。うん、吐血するよ。
本当は朝靄をキャプテンと〜…という設定でしたが、何でだかキャプテンを起こす事になりました。
そっちの設定はまた後日になりますかねー。
キャプテンは脱いだら凄いと思う←。

2010/07/06