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の「甘えてみたい」という無茶振りから数時間。 クルー達は落ち着きのない様子でローの部屋をチラチラと窺っていた。 今あそこには、事の根源である2人がいる。 目に見えてハラハラする事はないものの、部屋に籠ってしまえばそれはそれでじれったく、何よりも中で何をしているのかとてつもなく気になってしまう。 「オイ、お前どう思う?」 「どうって、ありゃ間違いなく食うだろ、船長が」 「だよなぁ、アイツ、甘えたいって意味分かってたのか?」 「いや、あの様子だと知らなかっただろ!あの船長がすんなりOK出したんだ。今にぺろっと食われるぜ」 物騒な言葉が飛び交うが、その言葉は誰しもが今心で思っている事を的確に代弁していた。 去り際に残していったローの言葉。 あの言葉から考えられるのは、ローが美味しくを戴く図しか想像できない。 仮にもローがの言う事をきいたとしても、素直に聞くとも思えない。 今、あの部屋では何が起こっているのだろうか。 しかし、今この船には、あの扉に近寄って中の様子を探るなんて事ができる命知らずは乗り合わせてはいなかった。 誰しもが頭の片隅でとローの事を考えながらも、それを紛らわせるために自分の持ち場に戻る他、手はなかったのである。 このキスは毒薬一方、ローの部屋に押し込められたは首を傾げていた。 どうしてローの部屋に連れてこられなければならなかったのか、そこが疑問らしい。 しかし部屋の主であるローはを部屋に入れて扉を閉めるなり、そのままソファにどっかりと腰を降ろしてしまった。 テーブルの上に置いてあった本を手に取ると、栞を挟んであった所を開いて静かに読書タイムへ突入してしまう。 ますます意味が分からなくなったは、そっとソファに近づいた。 「あの、キャプテン」 「何だ」 「…いえ、あの…なんでここに…?」 「おれがおれの部屋へ戻るのはいけないことか?」 「……いいえ、」 そうではないのだが…、ローは口籠ったを横目に見ただけで再び読書に戻ってしまった。 何だかこれではいつもと変わりがないなぁ、と思いながらも、は勝手知ったるなんとやら、ローの部屋の片隅にある本棚に向かう。 としては、何か用がある時にローに言いに来ればいいと思っていたのだが、恐らくローとしてはそれも面倒なのだろう。 ならば最初から一緒に居ればいいだけという事なのかもしれないと勝手に納得したは、ローに何をお願いしようと考えながら本のタイトルを目で追っていく。 「キャプテン、」 「あ?」 「あの、あれ、取って下さい」 あれ、と言われて指さされたのは薬草の図鑑だ。 はあれでもそこそこ優秀な薬師的役割を担っている。 本人曰く少しでもキャプテンの助けになれればいい、という事らしく、ここへ来ては薬草の図鑑を眺めたり、薬草の調合方法を調べたりなど勉強熱心だった。 恐らく本人としても、その分野は嫌いではなかったのだろう。 そんな事を考えながらローは立ち上がると、が所望する本を棚から引き抜き、身長差で見える頭頂部にポンと乗せた。 「早速"お願い"とやらか?」 「違いますよ。だっていつもこの手の本は私も読むから届く所に置いて下さいって言ってるのに、あんな所に上げているキャプテンが悪いんです」 「フフ、おれのせいだと言いたい訳か」 「ち、違います、けど…」 唇を尖らせたは、細められたローの瞳に一瞬肩を竦めながらも、頭の上に乗せられた図鑑を持ち直してさっさとソファに戻っていった。 ご丁寧にも自分が先程座っていたソファではない所に座っている辺り、拗ねているのかもしれない。 くつくつと笑ったのが聞こえたのか、がローをじとりと見やると、「あ、」と声を漏らした。 「キャプテン、私飲み物が欲しいです」 「…で、それをおれに取って来いと?」 「甘やかせてくれるんですよね?」 「……いいだろう」 睨みもせず、文句も言わず、ローはただフウと息を吐き出すと、静かに部屋を出ていった。 その直後、ははぁ〜と情けないほどに大きな吐息を吐きだした。 「き、緊張する…」 ずるずるとソファに寄り掛かると、今までの緊張感が抜けて行くのが分かった。 頬に手を当てて、バクバクとうるさい心臓を落ちつけながらは頭の中で"お願い"とやらを考える。 そもそもに、がこのお願いを思いついたのには訳がある。 あれはつい先日、カモメ便によって届けられた雑誌の特集だった。 女の子用の雑誌であるため、必然的にの元に届けられたそれを暇つぶしに読んでいた時。 ふと目に留まったのは「女の子のワガママ特集」と銘打ったタイトル。 女の子のワガママって何だろう?という興味心から見始めた特集の最初の出だしは、「男の子は女の子のワガママに弱い!」というものだった。 とかく、男の子というものは女の子に頼られるとどうにも弱い、らしい。 ちょっと頑張れば自分でもなんとか出来る事も、"お願い"する事によって頼られていると思い、嬉しくなるのだそうだ。 絶対嘘だ、とは思うものの、実際はどうなのだろうと思っていた。 そもそもに、キャプテンなんて絶対にそういう類は嫌いだろうと思った。 人に命令するならまだしも、人様に命令されるのを極端に嫌う性格だ。 あり得ないと頭の片隅に追いやっていたその特集。 軽い気持ちでローとの勝負に乗り出したのも、自分ではローに勝てないだろうと見越してのことだった。 どうせローなら一日雑用とか、次の島で一日荷物持ちなどの要求だと思っても勝負に乗ったのだ。 ところがまさかの勝負はに白星がつき、あろう事かあのローでさえ要求を一つ呑んでくれるという。 もし万が一ローに勝ってしまった場合、は次の島で美味しいご飯を奢って下さいと言うつもりだった。 がしかし、いざ言おうと思った時に思い出したのがその特集の事。 しばらくどちらかを天秤に掛けていただったが、口を割って出て来たのは最初に考えていた方の要求ではなくなってしまった。 今更ながらに、どうしてあんな事を言ってしまったのだろうとちょっぴり後悔している。 「そもそも、ワガママってどういうのがワガママなんだろう…」 普段自分はローに尽くしてあげる側だ。 勿論ローの手を煩わせた事など過去数えるほどもなく、は今後どんな我が侭を言えばいいのか迷う。 我が侭と言われる部類の事例を思い起こしてみるものの、嫌な女の代名詞のようなものばかりで、はブンブンと首を横に振った。 「何してんだ」 丁度その時、タイミングよく帰って来たローが首を振っているを見て眉を寄せた。 い、いえ…と言葉を詰まらせたにフフ、と笑うと、その目の前にグラスに注がれたジュースを置く。 本当に持ってきてくれたんだ、とローを見上げれば、何だ、と問われたので軽く首を振った。 「で?」 「え?」 「他にして欲しい事はないのか」 妙にやる気な船長に、はえーっと…と視線を巡らせて必死に頭を回転させる。 何だかんだで、1日ローを独り占め出来ているのだ。 せめて普段なら絶対にやらない事を!と考えるものの、口から出てくるのは「うーん」とか「えーっと」などの声ばかり。 そんなに息を吐いたのはローで、は視線をローに戻した。 「そもそも、お前"甘える"の意味を知ってるのか?」 「……まぁ、」 「言ってみろ」 そう言われて思いついたのは、特集にも載せられていた事だった。 しかしにとってそれは可愛い女の子の我が侭と言うよりは、やはり嫌な女というイメージしかなく、どうにも言葉にしづらい。 そもそもそれを言えば、ローに実践されかねないのだ。 「えっと、言わないとダメですか…」 「何のためにお前のワガママとやらに付き合っていると思ってるんだ」 ですよね、と乾いた笑みを浮かべたはちらりとローを窺ってから小さな声でぼそりと呟く。 「お酒飲む時に隣にくる…女の人、みたいな…事…?」 の最大限の我が侭と言える事例。 それは、立ち寄る島でローにしな垂れ掛かるような女達の事だった。 前に他のクルーにあれは嫌じゃないのかと聞いた事があったが、ありゃ女の可愛い我が侭みたいなもんだと言われた覚えがある。 つまりの中で、我が侭=酒場の女達のような行動と認識されているのである。 それを聞いたローは一瞬何かを考えるようなそぶりを見せた後、ふーんと低く納得の意を返し、そして笑った。 「なら、それを実施すりゃあいいじゃねェか」 「えっ!」 ローから返って来た言葉は、予想はしていたものの本当に口にするとは思っていなかったもので、はローが持ってきたジュースに口を付けようとしてとどまった。 反射的にローを見れば、ニヤニヤと何処か楽しそうである。 「(まるで敵を相手にしてる時みたい…)」 「お前が来ないならおれから行くぞ」 「へっ…!?」 言われた言葉を理解した途端、既にローはの隣に腰かけていた。 縮まった距離にはソファの上で必死に後ずさり隅で小さくなる。 それを見たローはクク、と笑うと同時に、へ手を伸ばした。 「ひゃあ、ちょ、う、動かないで下さいっ!!」 「…ただ座ってるだけじゃナニも出来ないだろうが」 「何する気なんですかっ!!何もしなくていいんですってばっ!!!」 にじり寄ってくるローに、は腕を精一杯伸ばしてこれ以上近づく事を牽制していた。 ローの肩を必死に押し返すと、ローはあっさりとそれ以上の進行を止めてをじっと見やる。 物足りないのだろう、少し顔が不機嫌だ。 「ハァ…おれはここから動かねェから、後はお前がやれ」 「や、やれって何を…」 「何だ、その先も言って欲しいのか?」 くっと口角を持ち上げたローの顔は生き生きとしていて、好からぬ事を考えているのは明白だった。 それ以上は言わなくていいです!と叫んだは、無防備にしているローを上から下まで眺めてみる。 そもそもに、やはり甘えるというのは自分の性格に合わなかった気がする。 しかし、今更取り消すなどと、この状況で言い出せるはずもなかった。 「百面相も結構だが、やるなら早くしろ」 「う、はい…」 待たされるのはどうも嫌いらしい。 苛々している様子ではないが、このまま半日を過ごすわけにもいくまい。 は意を決してソファの背凭れに押し付けていた体を離す。 そろりとローの前に移動すると、ソファの上で正座をした。 「じゃ、じゃあ、行きますからね!」 「意気込みはいい」 う〜…と涙目になってきたは、おずっと前に出るとローの腕に手を乗せる。 動かないローはそのままの行動を凝視し、それが更に緊張を煽った。 思考回路がショートしそうになる中、ようやくはローの腕の中まで移動すると、そのままえいっとローに抱き付いてみる。 「………」 「………」 一瞬部屋が静まって、は直後顔から火が出るほどに恥ずかしくなった。 今更ながら、本当に甘えるという事はこういう事なのかと不思議にもなってくる。 恥ずかしさの余りぎゅうっとローの腰を抱き締めると、「オイ」と上から声が降って来た。 「苦しい」 「ハッ、すみません…」 「………」 「………」 「で…?」 力いっぱい抱き締めてしまった腕を少し緩めると、ローの手がの頭の上に乗った。 反射的に顔を上げると、やっぱり楽しそうな表情のローがそこに居る。 「お前の言う"甘えたい"という願望は堪能出来たのか?」 「……んー…」 再びローの胸に顔を寄せる形では考える。 普段はここまで近づく事がない距離感。 お互いの心臓の音が聞こえるくらい近づけた事は、にとってはやはり嬉しいもので。 「私、やっぱりワガママとか甘えるって良く分からないですけど」 「………」 「嬉しかったから満足ですっ!」 顔を上げてつい、へらっと表情が緩んだ。 少しだけ、女の人達がこういう事をしたいと望む気持ちも分かるかもしれない。 温かくて、ドキドキして、相手の匂いが近くなって、落ち着かないのに何処か安心する。 戦う以外で相手の懐に潜り込むという事は、やっぱりどんな形であれ嬉しいものだ。 それが自分の慕うキャプテンなら猶の事であり、恥ずかしいけれども心地よいものなのだと知った。 締まらない表情のを見下ろしたローは一瞬表情が変わったものの、直ぐにいつもの無愛想な表情になるとの頬を抓む。 「ぬぁ、ひょ、ひゃふへん!」 「フフ、情けない面だな」 「いひゃい!」 「、」 離された頬を手で必死に戻しながら、何ですか、と顔を上げて固まる。 額に落ちて来たのは、いつもの温かい手ではなくローの口付け。 目を見開くと、ローがゆっくりと離れていく。 ずざっとローから後ずさると、ローは至極楽しそうに笑って立ち上がる。 「きゃぷてっ、」 「次、お前と賭けをするような事があった時は、覚えてろよ」 「え、」 「今以上の事を、お前に要求してやる」 「っ!!!!!!」 そのまま扉に向かうと、"次"という言葉を残して部屋から出て行った。 へな、とソファに沈むは顔に集まる熱を冷まそうと、自分の両手を頬に宛がう。 「も、もう賭けとかしないようにしよう…」 そう心に誓っただった。 ふふふ、このシリーズの中では結構甘い方だったかと思いますが!如何でしょうか? まぁその先の展開は今後に期待って事でお願いしますよ〜! ネタ元はいつぞにニュースになっていた「男性が女性にときめく瞬間」とかそんな特集だったと思う。 その中に、頑張れば出来る事を男性に頼るとドキっとすると書かれていて(苦笑) 全然ドキドキする抱きつき方じゃなかったですけどね。それは追々w 2010/06/09 |