|
「えーっと…それ、流行ってんの?」 がそう尋ねると、シャチと思わしき人は「違げェよ!!」と怒鳴った。 航海当直をした翌日。 眠りに就いたのは朝方だったのでお昼過ぎに起きて来ただったが、起きて早々は顔を顰めていた。 が捉えたのは多分仲間と思わしき人々で。 だがその体のパーツは本人のものとは別のもので構築されていた。 そして先程の問いに戻るのである。 「キャプテン…だよね?」 「他に誰がいるってんだ!」 「…何が、あったの…?」 恐々そう尋ねると、シャチと思わしき人は自分の体でもないそれで器用に体を反転させると、「ついてこいよ」と言った。 ぎこちなく歩くその後ろ姿を追いかけると、辿り着いたのは船尾で。 そして目の前に見えた船にはげんなりした。 「え、あれって」 「ああ、キッド海賊団のだ」 今朝早くにとある島に接岸したハートの海賊団の船。 ところが、そこには先客がいたのだと言う。 それがよりにも寄ってキッド海賊団のもので。 険悪ではないはずの2人だったが、キッドが呟いた一言でローが切れて、今の状態に至るのだそうだ。 「えっと…何を言われたの?」 「知ってたらこんな状態じゃねぇよ」 「…そうだね」 「という訳で、船長の様子、見てこい」 「え?!」 当然だろ?おれたちはこんな状態なんだ、とシャチが尤もな事を言った。 は顔を引き攣らせたが、確かにこのままでは埒が明かない。 諦めの溜め息と共に、の背には仲間からの心にもない声援が送られた。 ◇ 「キャプテン、失礼します…」 船長室の前で、はごくりと生唾を飲み込むと扉を叩いた。 ところが中から返事が返ってくる事はなく、ははぁ、と重苦しい息を吐き出す。 どうやら相当機嫌が悪いらしい。 居留守を使うなんてよっぽどだろう。 は腹を括ると、「入りますからね」と言ってそっと扉を開けた。 「あの、キャプテ」 「入室の許可は出してないが?」 「…ごめんなさい」 とは言いつつも、ここで引き下がれば振り出しに戻ってしまうので自分の体を中へ滑り込ませて扉を閉めた。 部屋の中では暴れた様子はなく、ローはソファに腰を下ろしたままこちらに背を向けていた。 は足を踏み出すと、ローの側に立って顔を覗き込む。 帽子で隠れた表情は、一層陰りを帯びていた。 「えっと…」 「何の用だ」 「クルーの事なんですけど…」 「死にはしない。放っておけ」 「や、でもあのままじゃ…」 こちらを一度も見る様子もなくローはただじっと部屋の一点を見ていた。 "何を"見ているのではなく、"何も"見たくないのだろう。 が気圧されそうになって言葉を呑むが、お互い黙ったままでは話が進まなかった。 「キッド海賊団と、何があったんです、か?」 キッド海賊団という言葉にぴくりと反応したローを見て、は原因はそこにあると分かった。 だが問題はそこで何があったか、だ。 上手く誘導出来ないものだろうかと悩んでいると、ローが一言「座れ」と言った。 え、と呟くと、「隣に座れ」と目線で促される。 「し、失礼します…」 「………」 どうすればいいのか分からなかったので、は少し距離を空けてソファに腰を下ろすとローと同じように前を向いた。 お互い座りながらも会話もなく、ただ並んでいるのは何だか異様な気がした。 この先どうすればいいのだろう、と悩んでいると、ローが動くのを気配で察する。 こちらを向いたかと思いきや、の体を押し付けてソファへ押し倒した。 「っ!?…………あの?」 「ユースタス屋と会ったのはいつだ」 「え?」 「ユースタス屋と最後に会ったのはいつだと訊いてる」 無表情の中にも静かな苛立ちが隠れており、は緊張した。 空気がピリピリと張りつめていて呼吸が苦しい。 真意は分かり兼ねたが、は素直に記憶を遡った。 「……昨日の、夜…?」 「……、」 「ぐっ、くるし…」 ローの目がスッと細められ、の首を片手で掴み力を込めた。 ぎしりとソファが軋み、ローが体の上に乗り上げてくる。 「昨晩、だと?何故おれを呼ばなかった」 「っ、だって、」 「御託はいい、簡潔に述べろ」 更に力が込められて余計に呼吸が苦しくなった。 首を掴むローの手に自分の手を添えるものの、ローの冷たい目線は変わらない。 怒っているというよりは、単純に機嫌が悪いようだ。 「攻撃、を、された訳じゃ、ない…からっ、」 「それは言い訳か?おれは理由を述べろと言ったはずだが?」 「っは、きゃぷ、てっ、」 ローは怒りを顕にせず、ただ無表情での体に体重を掛ける。 更に喉が詰まりが生理的な涙を流すと、ローは自然と目で追いながら舌先でそれを舐めた。 「っ、」 の首から手を離し、涙を追って耳元に顔を寄せると、「気にくわねェ」とただ一言漏らした。 「…え」 「もういい、出ろ」 まるで興が削がれたとでも言いたげに体を起こすと、ローは一度と目線を合わせる。 その目はとても真っ直ぐで、はローの中に怒りとは別の感情を読み取った。 けれどその時間は長くは続かず、そのままソファを立ったローはポケットに手をねじ込むと、 丸くくり貫かれた窓から外を眺めるようにして背を向ける。 「キャプテン、」 「………」 「昨夜、キャプテンを呼ばなかった事も、クルーを呼ばなかった事も私の失態です。それは謝ります」 「………」 「でも昨日私の前に現れたのはキッドだけで、私の姿がたまたま見えたからという理由だけでした」 「……で?」 「えっと、」 「お前はおれに何を言って欲しいんだ。許しを請いたいのか?」 それとも、とローの靴が床を鳴らしてこちらに向かってくる。 俯くの視界にローの爪先が入ると、顎を掴まれ顔を上げさせられた。 上からローに見下ろされると、は背筋が震えるのが分かった。 「下船許可でも欲しいのか」 ハッ、とローが笑う。 ニヒルとは違う吐き捨てたかのような笑み。 はその言葉に逆にローを睨み返した。 「確かに私はその時キッドに一緒に来ないかと言われました。気まぐれだと思いますけど、おれと一緒に来い…と、」 昨晩の事を思い出しているのだろう。 が無意識のうちに自分の腕を掴んだ。 大方キッドにでも掴まれたのだろう。 色が変わっている訳でもなんでもないが、掴まれた感触があるらしい。 「でも、私は勿論首は縦に振りませんでしたよ」 「……」 「私には、キャプテン以外の人間の側にいる資格なんてないですから」 「……」 「キャプテンがいない場所になんて、行く気ありませんから」 睨むのとは違う、力の籠もった目をローに向けては言う。 まるでその気持ちは何があっても変わらないのだと、そう主張しているようで。 「おれがもし、お前に死ねと言ったらどうする」 「キャプテンがその手で殺してくれるなら喜んで死にます」 「…仲間を殺せと言ったらどうする」 「きっと、殺すと思います」 きっと、という言葉はつけたもののその目に迷いはなく、ローは掴んでいたの顎から手を滑らせるとソファの背凭れに腕を回した。 と吐息さえ触れ合うような距離まで近づくと、曇りのないその目を見ながら口を開く。 「ならもし…おれが、この船を降りろと言ったらどうする。おれの側を離れ、もう二度とその面を現すなと言ったら…お前はどうする」 「………キャプテンは、意地悪ですね」 その言葉は答えではなかった。 ただ目の前のは、先程のような強い眼差しではなく、今にも泣き出してしまいそうな弱々しい目をしていて。 黙ってを見ていると、はローから視線を逸らし、その肩に顔を埋めた。 「キャプテンが望むなら、きっとそうすると思います。…でも、」 ぐず、という鼻をすする音が漏れた。 「それでも私、キャプテンを追いかけちゃうかもしれません」 「……」 「命令に、従えないかもしれません」 だって私にとってキャプテンはそれだけの存在なんだもの。 私の命は、私の全てはキャプテンのためだけに存在しているようなものだもの。 キャプテンにいらないと言われたら、それはきっと私の命が終わる時。 「もしいらなくなったら、その時は…」 "キャプテンの手で屠って下さい" 言おうとしたその先は、言えなかった。 回された手が頭に添えられて、強く肩に顔を押し付ける形になったためだ。 「その先は口にするな」 「……キャプテン…」 「二度も聞く気はねェな。そういう趣味はない」 仲間は直ぐバラバラにするくせに、と思ったが、口にはしなかった。 ただこうして触れられているのが心地良い。 「とりあえず、皆は元に戻してあげてくださいね」 顔を上げて微笑むと、ローはフンと鼻を鳴らしてから体を離した。 扉に向かうところを見ると、機嫌は直ったようだ。 「、」 「はい」 扉を開けたまま部屋の中を顧みたローは、スッと帽子を目深に被り直して顔を隠す。 「今回の事は許してやる、が、」 「……」 「ユースタス屋が島を出るまで下船許可は出さねェ。分かったな」 「え!?それって留守番ですか!?」 「当たり前だ。その程度で済んだ事にむしろ感謝するんだな」 「そ、そんな!キャプテンっ!!」 まだ何かを言いたそうなを視界に入れつつも、ローは顔を隠しているのでからはその表情は窺い知れない。 ぱたりと扉を閉めてしまえば、その向こうで「そんなぁ〜」と情けない声が漏れた。 クク、と喉の奥で声を潜めたローは、その足を甲板で転がっているであろう仲間の下へと向ける。 その口元が弧を描いていたのは、誰も知らない。 手折るなら今すぐに(オイ、トラファルガー) (……) (お前の所のラピス=ラズリ、いつかおれが手にするぜ?) (ほォ、おれがそれを許すとでも?) (テメェの事になると恐ろしいほどに良い眼をしやがる) (…何の事だ) (フ、それこそ月詠姫に直接聞いた方が賢明じゃねェのか?月夜の姫君にな) 狂愛っていうか、ちょっと首とか絞めちゃうキャプテンを書きたかった。 ちょっと頭に血が上ると前が見えなくなるっていうか、ほら、あの人医者だから考える方向が猟奇的っていうか。 大丈夫です。愛はあります←。 船を降りと言われても、きっと離れられやしないだろう。 2010/06/17 |