何でもしますと縋り付いたスフィアに、はざわざわと落ち着かない気持ちのまま2人を見ていた。
ローは、いったいなんと答えるのだろう。
スフィアに向けていた視線を上げると、ローは横目にを見て一瞬ニヤっと笑った。
今の笑みは何だと問うよりも早く、ローはスフィアの腰を抱いた。


「いいだろう。なら、明日一日おれに付き合え」
「ほ、本当!?」
「その代わり今日は一度自分の家に戻るんだな。明日街の広場で待っててやる」
「約束よ!!」

分かった、とローが確かにそう言ったのを聞くと、スフィアは目に見えて嬉しそうにの所まで走って来た。
「部屋に戻ってカーディガン持ってくるわ」とローの部屋を出て行ったスフィアを見送ると、ローがを見ている事に気づく。


「彼女の事、気に入ったんですか…?」
「お前はどう思うんだ」
「…いいんじゃ、ないですか?キャプテンの事ですし、スフィアは良い子だと思いますけど…」

その言葉は、ローの目を見て言う事が出来なかった。
スッとあからさまに視線を逸らした為だろうか、ローが近くまで来ていた事に気づくのが遅れた。
背中が壁につくと、ローの手がをそこへ囲うように置かれる。


「何だ、妬いてもくれねェのか」
「どうして妬かないといけないんですか。だってキャプテンが、」
「おれが…何だ?」

一介のクルーなら別にヤキモチなんて妬くはずがない。
ラピス=ラズリ・は、ただの乗組員。
ローの側にいる事は許されても、介入する事は許されない他人。


「キャプテンが決めたのなら、私に口出しする権利はありませんから」

どうしてローがそんな事を聞いてくるのか分からないが、はそっけなくそう答えるとローの腕の間から抜けて扉を潜る。
スフィアを送ります、と声を掛けて部屋を出ると、ローはそれ以上何も言ってこなかった。









翌日、ローは単身出てくると言い残して船を降りた。
どう考えてもデートなのに、ローはいつも通り身一つで颯爽と出掛けて行く。
その後ろ姿を見送っていると、隣にペンギンが並んだ。
相変わらず深く被った帽子からは、その表情は窺い知れない。


「いいのか?
「…何が?」
「船長を行かせちまって」
「おかしな事を聞くんだね、ペンギンは」

その言葉に、はくすりと笑った。
余程おかしかったのか、しばらくくすくす笑った後、ペンギンを見やる。


「何で私がキャプテンの行動を気にしてないといけないの」
「………」
「だって、キャプテンが行くって決めたのなら、それを見送るのがクルーじゃない」
「……
「そこに私達の考えや感情や意見なんて、関係ない。この船の針路ならまだしも、今回はキャプテン自身の事でしょ。尚更だよ」

見えなくなったローの姿を追うように、は未だその道の先を見つめていた。
彼女は今、いったい何を見つめているのだろうとペンギンは思う。
その横顔が酷く泣きそうに見えるのに、は何でもないと言う。
詰めていた息を吐き出すと、はパッと顔を上げてペンギンの腕を叩いた。


「ほらほら!キャプテンがいなくてもやる事やんないと!」
「別に今は停泊中だろう。特にやる事もない」
「…そっか。じゃあ、私は倉庫の整理でもしてようかな。あそこ埃がすぐ溜まっちゃうんだよね」

それはまるで何かをして気を紛らわせていないといけないような口振りだった。
これから取り掛かろうとしている事を指折り数えるを見て、ペンギンは結んでいた口をもう一度開く。


、もう一度言うが。いいのか?」
「…………」

今度の質問に、は笑う事もしなければ切ない表情さえ見せなかった。
どちらかと言えば怒っているかのようで、強くペンギンを睨みつける。


「船長は器用そうに見えて不器用だ。そして、お前はもっと不器用だ」
「……何が言いたいの?」
「あの女を連れて来た晩、船長に言われた言葉を忘れた訳じゃないだろう」
「……『おれを女に売った意味、身を持って知るんだな』だっけ?」
「その意味を、もう一度よく考えてみるんだな」

ポンとの頭の上に手を乗せたペンギンは、それ以上何も言う事無くを残して立ち去った。
甲板の上で口を尖らせ突っ立っていたは、ずるずると壁に寄り掛かってしゃがみ込む。

ローは確かにあの晩そう言っていた。
だが結局意味が分からなかった。
恐らく女というのはスフィアの事だろうが、売ったとはどういう事なのか。
身を持って知れという言葉も気になっていた。


「もやもやするのが、何なのよ…?」

自分の胸元を掴みながら、はしばらく空を流れる雲をぼんやりと眺めていた。








「見つかったらキャプテンに怒られるかも…」

結局日が真上に昇るまで考えたが、ローの言葉の意味は理解出来なかった。
しかし、船でうだうだしているのもどうにも落ち着かず、やろうと思っていた倉庫の片付けを放り出しては船を降りてきていた。
目的は買い物でも観光でもない。
何となく気になってしまい、ここまで来てしまったという訳だ。

変装とは違うが、普段船で着ている服とは違う私服に着替え、は建物の陰に隠れながら目的の人物を探す。
すると、人ごみの中スフィアと腕を組んで歩くローの姿を発見した。
途端、ちくりと痛む感覚には胸元に手を当てる。


「ローキャプテン…」

それは無意識で呟いたものだった。
自然と零れ落ちた"ロー"という名前に、ハッとして口を押さえる。
誰にも聞かれてないし、誰かに聞かれていたとしても別段困るようなものではないはずなのに。
落ち着かない心が波打つように揺れている。
そんな事をしているうちにも、動き出した2人を追ってはこっそりと後をつけた。


ローとスフィアのデートとは、正直デートと呼べるものか分からないものだった。
お店を回るスフィアにローが付いていく。
時折スフィアが食べ物やら何かを買ってローへ差し出し、ローは黙ってそれを受け取ると無言で食べた。
勿論付いて回るだけのローではなく、自分の見たいものもしっかりと見ているようだが、2人はまるで別々のものを見ているようにも思えた。

夕刻の時間になると、人気も疎らな場所に移動する2人。
恐らく別れるのだろうが、本当にそうなるかは分からない。
気まぐれでローが船に乗せるかもしれないし、本当にここで終わらせるかもしれない。
結局最後まで2人の様子を見てしまっただったが、ふと向かい合ったローとスフィアに物陰に隠れる。

こっそりと顔を覗かせると、スフィアがローに腕を回して顔を近づけているのが見えた。
ローは相変わらずポケットに手を突っ込んだまま微動だにする様子はなく、その距離が縮まるのを見ての中で何かが崩れる音がする。


「っ!!!駄目っ!!!」

「わ!?…!?」

それはローに刃物が向けられていた時のような感覚で。
所謂本能に近い気がする。
咄嗟に動いていた体は、ローの腕を引き寄せてスフィアから引き離していた。
ローの体が離れたスフィアは、呆然と出て来たを見つめる。


…?」
「ごめんなさい。でも、その先は…」

どうして?という目を向けるスフィアに、はどんな顔をしていいのか分からずただ謝った。
そもそもに、自分でもどうしてこんな行動に出てしまったのか理解が追いつかないほどだ。
気付けば体が動いていて、気付けばその先を拒絶していた。


「あのきゃぷて、」
「遅いぞ、
「…っへ?」

の頭に手をやったローの表情は穏やかだった。
邪魔した事を咎める事もせず、ぽかんとするを見てクスリと笑う。


「後を付けてたのならもっと早く出て来い」
「気付いて…」
「おれが気付かないとでも思ったのか。お前じゃあるまいし」
「なっ!」

カチンとしただったが、ずっと黙ったままのスフィアを思い出して振り返った。
ところが、スフィアは怒った様子もなく、ただ悲しそうにその柳眉を寄せている。


「あの、スフィア…」
「……私、あなたの事ちょっと見下してた」
「え、」
「ただ戦えるだけの女なら、私でも勝ち目はあると思ってた」
「……」

まるでそんな素振りを見せなかったので疑ってはいなかったが、まさかスフィアがそんな風に思っていたなんて少しショックだった。
ところが、スフィアの方は何処かやりきった感のある表情で、を見ていた目がローへ向かう。


「ローさん、私を逆に出し抜いたでしょう」
「…さてな、覚えはない」
「意地の悪い人…」

フフ、といつものように笑ったローを見て、はスフィアとの会話に付いていけず2人を不思議そうな顔で見ていた。
そんなに再び目を戻したスフィアは、フッと微笑んだ後表情を引き締めた。
思わずも背筋が伸びる。


「あなた、鈍感なのね」
「…スフィアに言われる覚えはないです」
「でも、だからこそ私は負けたのね」
「どういう…」
「そこまで教える義理はないと思うわ。じゃあ、私行くね。それから、助けてくれて有難う」
「え、」

ローが助けたと思っていたスフィアが、にお礼を述べた。
慌ててローを見上げれば、横目で見下ろされるだけで何を言ってくれる訳ではない。
それでも何となく、ローが言ったのだという事が理解出来た。

スフィアが最後に意地悪く笑うと、次の瞬間満面の笑顔に変えて走り去っていく。
何だかとんでもない一日だったと息を吐き出しただったが、その息が途中で詰まった。
肩にローの手が置かれたためだ。


「ところで、」
「は、はい…っ」

後を付けてきた事を怒られるのだろうと身を竦めただったが、ローは小さくなったにフフと笑うと、頭をぐしゃぐしゃに撫でた。


「ぬぁっ」
「これでチャラにしてやる。帰るぞ」
「あ、待ってよキャプテン!」






 君でいい、君がいい、君じゃなきゃダメなんだ







(どうして嬉しそうなんですか、キャプテン)
(どっかの兎がヤキモチを妬いたから、とでも言っておくか)
(…はい?)
(フフ、分からないならいい)





まぁ、つまりヒロインが船に乗せちゃった女性が、きっと自分に興味を持つだろうって分かってたって話です。
べ、別にナルシストな訳ではないですよ!!
結局ヒロインに甘いキャプテンは女性を乗せて、結果的にローの考えていた通りになって。
ちょっぴり怒っていたキャプテンでしたが、ヒロインが嫉妬してくれたのでまぁ結果オーライかなって感じです!

2010/06/16