「…ん、」

薬品の匂いが鼻をつき、女はゆっくりと目を開けた。
板張りの天井をぼーっと眺めていると、扉が開く音がして、思わずそちらに顔を向ける。


「目が覚めたか」
「あな、たは…」

バタンと扉を閉めたローは女の直ぐ側にある椅子に腰を下ろすと、「調子はどうだ」と短く尋ねた。


「え、あ…へ、平気だと思います」
「ならいい。包帯を替える。腕を出せ」
「は、はい…」

女はゆっくりとベッドの上で起き上がると、昨夜怪我をした腕を突き出した。
そこには綺麗に巻かれた包帯があり、ローはそれを解いていく。


「あの…」
「何だ」
「き、昨日は有難う御座いました…」
「…あ?」

ローは手を動かしながら女を見上げた。
女はローと目が合った瞬間、それはもう不自然に目を逸らす。
若干頬が赤いのは、きっと熱のせいではないだろう。


「昨晩、助けて下さって有難う御座いました」
「……何故おれだと?」
「え?だって、あの刀…」

刀、と言われて、扉付近に立てかけてある刀を指差した。
それが昨夜の記憶とどう繋がってくるのか理解し兼ねたが、ふとの武器を思い出す。
銃声がすれば目立つだろう事を懸念してロッドを使っていた
もしかしたら、闇夜という視界の悪い中で、この女はの姿をはっきりと捉える事が出来なかったのではないか。
パニック状態にも陥っていた事もあり、長いものという認識が、長いローの刀を見た事により都合よく摩り替わったのではないだろうか。


「有難う御座います」
「………」
「あの、私スフィアって言います。あなたは…?」

厄介な事になったと、ローは重苦しい溜め息を吐き出した。









「…………」

はある部屋付近で落ち着かない様子でウロウロしていた。

昨夜助けた女性の怪我の具合と、容態が気になる。
しかし、何よりもローから告げられた言葉の意味も気になっていた。
その言葉から察するに、あまり良くないものだと感じたは、気まずさに足を踏み出せずにいた。


「う〜…なんかキャプテン怒ってた。謝りたいけど意味が分からない…」
「おい、何してんだそんな所で」
「シャチ!」

丁度そんな場面に出くわしたのはシャチで、手には軽い食事がお盆に載せられている。
それを見て何をしにここへ来たのか分かったは、シャチにえへへ、と笑いかけた。








「船長、失礼します」
「入れ」

短いローの言葉が返ってくると、シャチは扉を開けた。
中には異様な空気が流れていて、シャチは何でだろうと首を傾げる。


「…………その後ろのは何だ」
「……、ほら」
「………」

シャチの後ろに隠れるようにしていたのはで。
ローはを目に留めると眉を顰めた。
相変わらず不機嫌そうなローを視界に入れながらも、はスッと頭を下げる。


「き、昨日はすみませんでした」
「………」
「もう、しません」
「………ハァ」

ローが吐き出した吐息に、はびくっと体を震わせた。
それを横目に見ながらも、ローは組んでいた足を元に戻すと立ち上がる。


、お前が面倒をみろ」
「…え、」
「シャチ、そこに置け」
「あ、はい」

シャチはササッと部屋の中に入ると、ローに指示されたテーブルに食事を置いた。
ローは広げた包帯などを簡単に箱へ詰めると、それを持って扉へ向かう。


「あの、ローさん」

静まった部屋の中、今まで黙っていた女――スフィアが呟くように声を掛けた。
ローは背を向けたまま立ち止まり、は改めて女性を見た。


「本当に有難う御座いました」
「………」

特に何を返す訳でもなく、肩越しに一度振り返ると、再び足を動かす。
ローはそのままの隣に立つと、顎でしゃくって促し、何も言わずにシャチと共に部屋を出て行ってしまう。
残されたは、こちらを見て微笑んだスフィアに、ぎこちなく笑い返す。
そのままローが座っていた椅子に腰を下ろすと、口を開いた。






 声に出来ない言葉







「ああ」

部屋を出たローの後ろをシャチが歩きながら、何か納得したかのような声を上げた。
ローは何も言わずシャチを振り返ると、シャチは「あ、すんません」と苦笑する。


「さっき違和感を感じてたんすけど」
「違和感…?」
「部屋に入った瞬間、あれって思ったんすよ」
「………」
「きっと、船長がじゃない女と一緒にいたからだろうなって。ほら、いつも一緒にいるんで」

はは、何でもないんで、忘れて下さい。と言って別れたシャチをなんとなしに見送りながら、ローはフと口元だけで笑う。


「鈍い女」

果たしてその言葉は、誰に投げかけられたものなのか。





結構最後の一言がお気に入りです。
ザ・鈍感ヒロインちゃん(笑)
クルーでさえ気付く違和感に、一人気付かないところがいいと思います。
そして続く!

2010/05/20