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「いいの?」 「部外者が口を挟むな」 「あら、目の前であんなシーンを見せられて、何も言うなって言う方が無理よ」 「………」 「私、弱ってる男を介抱するの、大好きよ?」 女がローの首に再び腕を絡ませた。 耳元に唇を寄せると、甘く囁く。 「あの子の事、私が忘れさせてあげるわ」 Ventus lenis国を脅かした少女が月詠姫を欲したあの夜から、全ては変わってしまった。 自分の国に私を連れ帰った後、私は古城の最上階で少女と生活する事を強いられた。 少女は私に首輪を填めて鎖で繋いだ。 ただ側にある事を誓わされ、一日中何処へ行くのも一緒だった。 最初は、ただ一緒に生活するだけだった。 日常生活を共にし、寝食も共にする。 私よりも幼い少女なのに、どうしてこんな子が国を脅かしたのだろうとさえ思った。 無邪気で、無垢で、まるで何も知らないような子供。 笑う様は普通の子供と変わりなく、泣くこともあった。 ただ異様だったのは、周りの大人達がこの少女に頭を垂れる事。 「様」を付けて敬い、少女の我が侭は必ず叶えられた。 少女は人身売買を好んだ。 部下を買い、その部下は気付けばいなくなる事さえあった。 人身売買の場所に必ずと言って良いほど同行させられ、私は彼女と共に何度もその場所を訪れた。 少女は楽しげに壇上で売り買いされる人々を見て笑う。 まるであれが、人間だと理解していないかのように。 ある晩の日、私は見てしまった。 彼女の背後にあるものを。 それは、私の操るものを神や精霊というのなら、それとはまるで正反対のもの。 悪魔や幽霊と言えばいいのか。 邪悪とさえ思えるそれが、自分の持つものと相反しているという事だけは直感で分かった。 その悪魔が人を食べている。 否、人だったものだ。つまり、死体を食べていた。 少女は笑って言う。 「綺麗でしょう」と。 私には、それが綺麗なものには見えなかった。 周りにいる大人もそう思っているのか、悪魔が屍を食す様を怯えた様子で見ていた。 その夜から、少女は変わった。 「え?」 「エサが足りないの。取ってきて?」 「え、さ?」 この間の光景が思い浮かぶ。 少女がエサと呼ぶものは間違いなく人肉。 つまり人間の死体だ。 思わず我が耳を疑った。 それは私に、人を殺せと言っている事と同じだった。 「お願い」 「そ、んなの…」 「いいの?私に逆らって」 「っぐ」 首輪に繋がれている鎖を引っ張られて前のめりになると、少女の顔が近づけられた。 狂気じみた紅い瞳が目と鼻の先まで来ると、舌先で自分の唇を舐める。 「いいのよ?あなたの国の人間を食べちゃっても」 「な…!」 「ああ、でも国民は裏切り者だもんね?自分達の命のためにあなたを差し出した」 それは心の底で他人事のように感じていた事だった。 私は、国民の命の代わりに売られたのだ。 多くの命と、私の命。 天秤にかけた結果選ばれた、究極の選択だった。 「じゃあカテドラル王国から何人か…」 「やめて」 「え?」 「やる、から。国に手を出さないで」 皇女として、教わってきた事がある。 それは、国のために身命を賭して守る事。 私は売られたんじゃない。 国を守るために戦いの場所へ上げられただけだ。 人を殺すのは嫌だが、国民が殺されるのはもっと嫌だ。 少女が、赤い唇を弧に歪ませたのは、今でもよく覚えている。 それから私は少女に連れられた先々で、ただ無心に人を殺した。 戦う術は持っていなかったから、神の力を使った。 口から言葉を発するだけで人が死ぬ。簡単だった。 悪魔が活発に血を欲するのは満月の夜らしい。 満月の晩、過呼吸に陥る様になったのはこの為だ。 その後、そんな私を諌めたのは大蓮帥。 力の多用、更には神に手を汚させ名を穢した事。 11人いた神々は、気付けば私に背を向けて問い掛けに応えてくれなくなった。 力を失った私が次に手に取ったのは武器だった。 上手く操れなくて返り討ちに遭い、死に掛けた事もある。 それでも、国のためにと、やらない訳にはいかなかった。 キャプテンと私が出会ったのは、そんな時の夜更けの事だった。 とまぁ、以前ヒロインが過呼吸になった話を書きましたが(「狂気と正気の狭間で君を想う」参照)、 何故過呼吸になったかの理由がこれになりますね。 さて、次回いよいよキャプテンと初めての出会いになります。 2010/06/16 |