航海士の読み通り、大きなトラブルにも巻き込まれなかったハートの海賊団の艦船は、あれから2日目の午前にディアリフィスに到着した。
ずっと部屋に引き篭もっていたも、上陸の声に部屋から顔を出し甲板の端まで来ていた。
目の前に広がるのは、姿を変えた懐かしき故郷だった。


、」
「………」

隣に立ったローが、島を見つめながら口を開いた。
ローが横目に見下ろしたの顔色は少し悪く、思わず手が伸びる。


「っ、」
「情けない面だな、ちゃんと寝たのか?」

ツ、と指先で目元をなぞり、頬を撫でた。
そのまま髪を耳に掛けてやる直前で、が一歩ローから離れる。
は、何処か泣きそうな顔をしていた。


「……辛いなら降りる必要はねェぞ」
「………」
「どうせ立ち寄るのは港町だけだ」
「………」
「特別入用でないのなら、」

「降ります」

その声は弱々しくも、しっかりとローの耳に届いた。
船体に打ち付ける波の音が一瞬二人の間を抜けていく。
を見れば、背けていた顔を真っ直ぐ島に向けた後、ローを見上げた。


「キャプテン、今日一日、私を一人にして頂けませんか」
「………」
「大丈夫です。変な事をするつもりはありません」
「……駄目だ。今のお前に単独行動は許可できねェ」
「お願いします」

声を荒げる事もなく、はただ静かに頭を下げた。
その様子に苦い表情をしたのはローだ。
は5本の指に入るほど、この船では有能な戦闘員。
ルーキーに名を連ねる実力者なのだから、別段一人で出歩かせても問題はない。
何があるか分からない島ではあるが、過ごした時間は短くともここはの故郷だ。
許可してやりたいところだが。


「(なんて顔をしてやがる…)」

頭を下げる直前に見えたの横顔。
まるで処刑台へ向かう時のようなものだった。
何をしにいくのか分からないが、今一人にしていいものかと悩む。


「キャプテン、」
「あ…?」

顔を上げたに、思わずローの息が詰まる。
伸ばされたの手が垂れ下がったままのローの手を取り、空いていた一歩の距離を埋めローの腕に寄り添った。
額を押し付けるように、縋るように。
普段から絶対に距離を詰めないだからこそ、驚いた。
泣いているのだろうか。声が震えている。


「私の居場所はここだけですよね…?」
「……」
「私の帰る場所は、ここでいいんですよね?」

握られた手の力が強まり、その声はまるで懇願しているかのようだった。
ローは詰めていた息をそっと吐き出すと、握られていた手を握り返し、もう片方をの頭に手を乗せた。
自らに引き寄せ近づいた耳元で、ローは今言えるだけの言葉を投げかける。


「おれがお前を逃がすとでも?」
「っ…」
「お前が帰る場所は、他の何処でもなくおれの隣だけだ。そうだろ?
「っ、は、いっ」
「お前以外におれの背中を預ける気はねェぞ」
「はい、っ」

そうだ、と肯定する言葉ではないが。
その言葉は、肯定の一言よりも嬉しかった。
抑え切れなかった涙が溢れて、少しだけローの服を濡らす。
それでも、今日のローは優しかった。


「道を見失うなよ、
「キャプテン、もうちょっとこのままで居てもいいですか…?」
「フフ、仕方ねェクルーだな。少しだけ、付き合ってやるよ」

ああ、どうしよう。
私、こんなにもキャプテンが。






 Teneritas








ちょぴっと優しいキャプテンを目指した!
ここに居ろと引き止める言葉を掛けるべきか、それとも許可の言葉を掛けるべきか悩んだ結果、
キャプテンならなんて言うだろうと考えて「おれがお前を逃がすとでも?」と敢えて言葉を濁してみました。
濁したというよりは、ある意味ストレートかなって思ったからなんですが。
道を見失うなよという言葉が、後々のキーワードになってきます!

2010/06/16