はサラマンダーの言うように魔法陣の真ん中に立った。
そしてゆっくりと口を開き、「grimoire:septemセプテム rubyサラマンダー」と唱えると足元の陣から炎が吹き出す。
普段が使っている技と違い、今回は大技という事での唱歌が必要だった。
目の前に浮かび上がった楽譜をなぞると、メロディーが頭の中に広がる。
旋律に合わせてサラマンダーが踊るように指先を振るうと、たちまち火柱が上がった。
けれどが熱さを感じる事はない。

ウィンディーネの光に守られる中、は炎に崩れ落ちる神殿を、火炎の中でじっと見ていた。
運命を縛り付けていたものが灰になっていく。
その様は"あの女"の元を離れ、ハートの海賊団になったあの時にみた劫火の中の城に似ていた。
自分の居た場所が炎に包まれて消えていく光景は、焼け跡を残すように記憶からは消えてくれない。
呪縛から解き放たれたとしても、戒めは続くのだと、そう言っているようにも思った。

神殿が炎によって跡形を消すと、どっとを疲労感が襲った。
体が重たく、息切れを起こす。
隣に降り立ったサラマンダーは、『ほう』と関心しながらも笑った。


『我の能力をあれだけ酷使したというのに気を失わぬとは…流石ラピスラズリと言うべきか』
『大丈夫ですか?』
「…力を、使ってこんなに疲れたの…初めて、」
『そうだろうとも。神の力とはそういうものだ。下級神と比べられては困る』
「…これが、大蓮帥の力…」
『さぁ、大地が干す前に、今度はわたくしと共に癒しの歌を』
「…うん!」

踊り子が舞うようなサラマンダーの唱歌とは違い、ウィンディーネの歌は癒しの唱歌。
儚い旋律を優しく声に乗せる中で、は弔いの気持ちを込めて歌った。
これで終わらせられるように。
これで争いがなくなるように。
そして、ここで命を落としていった皆のために。

ウィンディーネの持つ能力は炎を鎮める癒しの水。
その流水は荒ぶる炎を消火し、そして神殿の瓦礫と灰を消し去り、新たな命を与えていった。
薄っすらと芽吹くのは新たな生命の始まり。
小さな若葉が、瑞々しくウィンディーネの水を弾いた。


『ふむ、こんなものであろう』
『随分と力を使いましたね…』
「も、もうだめ…」

立っていられなかったは、新たに芽吹いたその若葉の上に腰を下ろした。
激しい倦怠感は肩で呼吸を何度繰り返しても抜け出る事はなく、まるで体に纏わりついているようだった。
それを横で見ていたサラマンダーは『情けない』と一人ごちる。


『よく、我ら二大伸の力を保ちましたね』
『それくらい出来ん事ようでは、まだまだじゃな。先代のラピスラズリは我ら11人の神の力を同時に操っておったぞ?』
「11人の神の力を…?」
『ラピスラズリとは、それだけの力を秘めておる、という事じゃ』
『それでもよく耐え抜きました。大したものです』
「大水蓮…」
『では、最後にわたくしからあなたに、癒しの歌を』

柔らかく微笑んだウィンディーネは、そっと唇に歌を乗せるとに癒しの唱歌を奉げた。
するとまるで体が軽くなるかのように纏わりついていた倦怠感が薄れていく。
これが、神の能力なのだろうか。


『いつかあなたも、立派なウィスパードになれますよ』
「え…」
『そうすれば、わたくし達の力を存分に発揮する事が出来る』
『我ら神々は輝いてこその存在。その光、ゆめゆめ曇らせてくれるなよ?』

恐らく過去の過ちの事を言っているのだろう。
幾分か軽くなった体を再び立ち上がらせて、はゆっくり、そしてしっかりと二大神に頭を下げた。


『ラピス=ラズリ・
「は、はい」
『そなたの大切である存在を、二度と失うことなかれ』
『そして、その存在を常に胸のうちに想うのです』
すれば、我ら11の神々、そなたと共にある事を誓う』

忘れるな。
その言葉を残して、大火蓮・サラマンダーは炎と共に目の前から消えた。
そして残ったウィンディーネは、に近づきふわりと微笑む。


『どうか、そなたが大切に想う人を。心から愛せますように』
「あ、愛って…っ」
『大切に想う気持ちとはすなわち愛です。慈愛、仁愛、敬愛。そして、あなたの特別である存在に対する相愛の気持ち』
「う、」
『さぁ、そなたを待つ人のところへ』

そう言ってウィンディーネがの後ろを指をさすと、その指先は静かに水と化してウィンディーネが消えた。
が指さされた方へ顔を向けると、ポケットに手をねじ込んだローを筆頭にハートの海賊団の面々が立っている。
一瞬、目を逸らしただったが、きゅっと拳を握るとゆっくりとハートの海賊団に歩み寄った。
そのまま対峙し合うようにして足を止めると、は口を開いて――その先の言葉を飲み込んだ。

なんと言ってハートの海賊団に戻ればいいのだろう。
ごめんなさい?
それとも助けてくれたことへのお礼?

が下を向いて続ける言葉を考えていると、頭の上にぽふ、と柔らかいものが乗った。
顔を上げればオレンジのツナギから覗く白い手。
ベポがの頭を"いつものように"撫でた。






 Calor






、凄いね」
「え…?」
「いまの、見てたよ」
「あ……うん、」
「大丈夫だった?辛くない?」
「…うん、大丈夫だよ、ベポ」

がベポに笑顔を向けると、ベポは「アイアイ」と変わらぬ笑顔を返してくれる。
まるで今までの事なんてなかったかのような態度のベポに、は不思議そうな面持ちでベポを見上げていたが、
そんなの肩をシャチがばしりと叩いた。


「しっかしすげーな!流石ハートの海賊団、ラピス=ラズリ・様だ!」
「……」

当たり前のように言われた"ハートの海賊団"という言葉に、はやはり不安げな様子でシャチを見上げた。
サングラスの下に隠されたシャチの目は見えないが、その口元が弧を描く。
そのままシャチが顎をツイと動かせば、の目はそれを辿って目線をそちらに動かした。
すっと目の前のベポが横に逸れて、他の面々も自然と道を開ける。
その先に立っていたのは、物言わずをじっと見つめるローの姿だった。


「…キャプ、テン」
「フフ、"キャプテン"?おれの船を降りたんじゃなかったか?」
「…っ、……わたし、」
「だが」

コツ、とローの靴が地面を鳴らしの目の前に立った。
近くなった距離に、は顔を上げていることが出来ずに顔を背ける。
顔を下に向けただったが、その顎先を掬い上げたのは目の前のローだった。
持ち上げられた視線の先にいるのは、いつもの企みを含んだかのように笑うローで。


「お前はおれ達"ハートの海賊団"が戴いた至宝の宝石。おれの所有物である以上、ここに残りたいなんて我が侭は許さねェ」

その言葉に、はハッとしてローを見上げた。
ローと目が合うと、その目は細められ口角が愉しそうに持ち上がる。
顎を掴んでいた手が自然と離れローが背を向けると、ローはそのまま歩き出す。


「いくぞ。立ち止まってんじゃねェよ」

ちらりと後ろを顧みたその目が。
いつもと変わらない光を宿していて、そしてを見ていた。

何も言わないその背中が、どんな言葉よりもただ嬉しかった。



走り出したを追いかけるように、ハートの海賊団の面々も、その後ろを歩き出したのであった。





普通であれば所有物であることは嫌がられるかもしれませんが、
キャプテンには所有されたいですね。
キャプテンの”もの”になりたいです。
あったかいハートの海賊団が大好きです!

2010/08/23