手錠の上から更に咒符を何重にも巻かれた後、は神殿までの道のりを歩く事になった。
どうやら先程まで自分が居たところは倉庫の奥に併設された牢屋のようで、倉庫の出入り口から外に出ると、外はいつの間にか暗くなっていた。
星が瞬き、月が昇っている。
私を嘲笑うかのような三日月。
出来る事なら、青空を見たかった。
海のような眩しい空を見たかった。






 Luna crescens






ドンと背中を押されて、思わず溜まっていた涙が零れて頬を伝った。
それを気にした風もなく両脇を掴まれて歩かされる。
ふと思う。
ゴールド・ロージャーは、どんな気持ちで処刑台までの道を歩んだのだろう。
死ぬ間際に笑ったという男。大海賊時代を創った男。
世界を変えてしまうほどの力を持っていたゴールド・ロジャーが、少しだけ羨ましい。

(私は…私がもし死んだら。何かが変わるのかな)

そんな事を考えていた直後、の体に石がぶつけられた。
投げられた方を見れば、女性がこちらを強く睨みつけながら立っていて。
腕の中にいるのは女の子。
恨み辛みの詰まった視線。
それを見て、なんとなく悟る。
あの家族の父親が、騒動で殺されたという事を。

(変わるんじゃない…私は、奪ったんだから。償いをしないといけない)

謝罪を述べるのは、違うと思った。
頭を下げても、あの家族は元には戻らない。
は再び前を向き直すと、神殿までの道のりをただ下を向いて歩いた。
途中、いくつもの視線を浴びた。
恐らく残された国民達の目だろう。

辿り着いた神殿。
門の前でミトが手を翳すと、その扉はゆっくりと開かれた。


この力を制御するための知識として、聞いた事がある。
ウィスパードの能力を封じるには、術者の血を持ってしてついえると。
唯一12の女神が同時に降り立つ事のできる神殿の魔法陣のその真ん中で術者の血を与えると、陣を伝い全ての女神が眠りに落ちる。と。


両脇を押さえていた手が離れ、ミトがの膝裏に杖を打ちつけた。
跪く形になると、男に頭を押さえられ地面に頬が叩きつけられる。


「何かお言いになりたいことは御座いますか?」

ミトが、先程までの殺気を収めて問う。
しかしは口を開く事はなかった。
言いたい事は、沢山ある。
けれどそれは、ここにいる人間に向けたものではない。

ハートの海賊団のマスコット的存在、喋って戦える白熊のベポ。
初めてその事を指摘した時、打たれ弱くて落ち込んでしまったのを何とかして慰めた事もある。
いつも味方になってくれて、何かあれば頭を撫でてくれるあの温かい手を覚えている。

無愛想だけど仲間の事をちゃんと影から見ててくれるペンギン。
前に一度だけ帽子を取り上げたら怒られた。
でもちょっとだけ見えたその顔が、赤くなってたのを覚えている。

ちょっとおっちょこちょいで、ムードメーカーのシャチ。
何かとあればからかってきて人で遊ぶ人。
でもそれが彼なりの接し方で、ちゃんと気遣いが出来るのを私は知っている。

ハートの海賊団は、国を失い、居場所がなくなった私にとっての、帰る場所だった。
まるで家族のように私を受け入れてくれて、女だからだとか、人を殺したからだとか。
月詠姫だからなんて肩書きは全て関係なかった。
無条件で優しくしてくれた皆を、私は心から愛していた。


そして。


「(キャプテン…っ、)」

最初は敵で、次に会った時はただの海賊の船長だった。
そんな人が、何の価値もない私にただ手を差し伸べて「来るか」と言ってくれた。
居場所がない私に、帰る場所もない私に、その場所を与えてくれて。
そして生きる理由をくれた。

どうしてあの時、あの手を取ろうと思ったのか分からない。
ただあの人は言ってくれた。
「おれのために生きろ」と。
だから私は思った。
この人のために生きようと。
この人の側で、この人だけを追って生きて行こうと。

そう。私の命の生死を決めるのは。
私でも、ミトでもない。
私を生かす事も殺す事も出来るのは。


「殺しなさい」

ミトが斧を携えていた男に言い放った。
大きな斧を、大きな体でもって振り上げる。


――― 私の、大切な人は、


「"ROOM"」
「!?」

呟きのような声と共に、斧を持っていた男の手が胴体から離れた。
血は出ていないが突然の事に男が取り乱し「うわぁぁ」と悲鳴を上げる。
サークルが消えると、浮いていた手が重力に従い斧ごと地面に落ちた。
ゴト、と地面に転がったその先に立っていたのは。


「何なんですかあなた達は!」
「ハートの海賊団、だっ!!」

後ろから駆けて来たシャチが、ローに殴りかかろうとしていた男を蹴り飛ばして宣言する。
その向こうにはペンギンとベポが、衛兵と戦っているのが見えた。


「この国の宝とやら、貰って帰るぜ」
「宝などっ」
「そこにいるだろ?至宝の宝石が」

ローが目を向けた先は、拘束は解かれたが地面に横たわっているがいるのみ。
至宝の宝石と例えたローに、は目を見張った。
化け物と言われたばかりなのに、ローの目にはそう見えるとでも言うのだろうか。


「手ぶらで帰る訳にもいかないんでな…退け」

ローが鋭くミトを睨むと、ミトは怖気づいて膝から崩れた。
今度は一歩足を踏み出し、ミトはざりざりと後ろへ後退していく。
戦意喪失を確認したローは、と自分とを隔てるものがなくなったのを見て、真っ直ぐとへ足を向ける。


私の、大切な人は。





お待たせしましたようやっと登場ですハートの海賊団!
当たり前だけどちゃんと戦えるクルーをちょっとアピール(笑)
あと数話でこのお話も終わりです。
ヒロインとキャプテンの行方は!

2010/06/17