「お嬢様がいなくなられたその直ぐ後、我々はずっと嘆いておりました。確かに多くの者が殺され、辺りは血の海と化しておりました」

劈く悲鳴、響く断末魔。
目も当てられぬほどの死者が地を埋め尽くすほど出た。


「けれども逃げおおせた者も多くおります。そして機を窺って息を潜めておりました」

そして、あなたの存在を知ったのです。
そう言って差し出されたのは手配書だった。
しわしわになっているのを見ると、何度も何度も見ていたのだというのが分かる。


「お嬢様が生きていらっしゃると知ったとき、この上ない喜びを感じました。いつか、いつかお嬢様が帰ってきて下さるのだと待っていた!」

その願いを、神が叶えて下さった!
叫ぶように言ったミトはの手を改めて掴むと、涙を浮かべながら頭を下げる。


「どうか、どうか我らをお救い下さい皇妃様!」

は、その手を複雑な気持ちで握り返した。






 Vinculum






本当は、船を降りるつもりはなかった。
だが話を聞いているうちに、このまま見捨てて自分は自由な海の上の生活に戻る事を考えると、どうにも心苦しかった。
せめて不安だけでも取り除けないかと、その事を交渉するつもりだったのだが、結果的に船を降りることになってしまった。

でもこれで良かったのかもしれない。
自分を信じて国民は待っていたのだ。
それを裏切ることなど、今のには出来ない。
否、そんな資格があるはずもないのだ。
取捨選択をするのなら、切り捨てるのはハートの海賊団なのだと、心の何処かで悟っていたのだ。








集落につくと、そこには本当に多くの国民が残っていた。
自分を囲む国民達。その誰もがの帰還を涙して喜んだ。
ああ、なくなったと思った帰るべき場所が、まだ残っていたのだ。
嬉しさに顔は綻ぶのだが、ちくちくとの胸を別の感情が刺す。


「(キャプテンは…あれから皆にちゃんと伝えてくれただろうか…)」

船長であるローに下船許可を求めた為ローにしか伝えていないが、それでも皆にちゃんと言えなかった事が心残りだ。
いっぱい感謝の気持ちを伝えたかった。
本当は、もっと一緒に…。
そこまで考えて首を振る。
もう、ハートの海賊団ではないのだから。


様、どうか、死んで行った者達のために花だけでも添えて下さい」

そう言われて花束を受け取るため、案内されるままに足を進めた。









船にいるのも気まずいハートの海賊団クルーは、仕方なしに街の酒場に来ていた。
目の前に好物の酒がなみなみと注がれているにも関わらず、それに手を付ける気になれないのはが下船したという話を聞いたからだ。
出てくるのは陽気な言葉でも、女に聞かせる上っ面だけの愛の言葉でもなく溜め息。
それが一人ではなく幾人もそうして折り重なっていれば、場の空気はより一層重たく感じられた。


「本当に、戻ってこねぇのかな…」
のいない船なんてつまらねぇよ」
「何だかんだで口うるさいけどよー、いざいなくなるってなると、どうにも実感が湧かねぇな」

テーブルに頬をべったりとくっ付けたまま喋る男達。
その様はどう見ても異様だったが、喋りかける勇気もないのか見て見ぬふりでその脇を抜けていく。
勿論、今この場所にその態度を諌める元気が余っているクルーはいなかった。


「ねぇねぇ聞いた?残党狩りの話」
「山奥で生き残った人達が、付近に立ち寄る人間から略奪してるらしいわよ〜」
「あそこは治安悪いものね…ここまで来ないといいけど」

ふと耳に入った女性の話。
どうしてその話が耳についたのかは分からないが、どうせ下らない噂話だろうと意識を別の方へ向けようとした時。
別の女性が更に付け加えるように話し出してしまいタイミングを逃してしまった。


「なんか昨夜、一人の女の子が残党狩りに捕まったって」
「うそぉ」
「何でもそれが滅びた国の皇女にそっくりだったって話よ?」
「え、本当!?」
「それってマズイわよね?」
「そりゃ…あそこの集団、誰よりも皇女を憎んでるから…略奪どころか、きっと殺すでしょうね」

「オイ!今の話本当か!?」

きゃあ、と悲鳴を上げた女性達の前に立ったのは、今まで端のテーブルでナメクジのようになっていたハートの海賊団の面々だった。
怯えたように体を寄せ合う女性達の前で、同じ事を問う男達の表情は焦っている。
顔を見合わせた女性達は恐る恐る頷いて見せると、次の瞬間には脱兎の如く走り出している男達。


「オイ今の話がマジなら!!!」
が危ねぇ!船長に知らせねぇと!!!」

海軍から逃れる時よりも早く、クルー達は自分達の船を目指し走り出した。









「………ん、」

頭の奥が重たい。
瞼も重たい。
目を開けるのが億劫だったが、はなんとかその目を開ける事が出来た。

冷たい石畳の床。
薄暗い部屋。
錆びた鉄の匂い。
時折耳を打つ雫の音。
寝返りを打った時にじゃらりと鉄が擦れる音がして、それが自分の手に繋がれていると悟った時、ずきりと後頭部が痛んだ。


「っ、ぅ」

両手を拘束されているためどうなっているか分からないが、恐らく出血でもしているのだろう。
どうしてこんな事になったんだっけ、と、は力の入らない体を横たえたまま考える。

確か、死者を弔う為に花束を貰おうと倉庫の中に入った。
直後、後頭部に強い衝撃を受けて倒れ込む形になった。
そこまで考えて、もしかしたらミト達が言っていた、国民を脅かす集団というヤツに襲われたのかもしれないという答えに辿り着く。
敵意を持っていたのなら気配で気付くはずだったのだが、油断していたらしい。


「皆は…無事、かな、」

どうやら牢獄と思わしきここには、自分以外の気配を感じられない。
同じ牢屋に入れられていないだけか、別の所に閉じ込められているのか。
どちらにせよ、助けに行かなければならない。


「grimoire……、?」

いつもなら、今の一言で魔法陣が広がるはずなのだが、何も起こらない。
おかしい、ともう一度その言葉を呟くが、やはり陣が出現する事はなかった。
試しに「absolute」とも呟いてみたが結果は変わらない。
何故?と思うと、牢屋の奥の方で光が見えた。
誰かが入って来たらしい。


「ここではあなたの能力は使えませぬよ、皇妃」
「……ミ、ト…?」

数人の男性を引き連れてやってきたのは、拘束も何もされていないミトその人で。
その目はまるで他人をみているかのようなものだった。





ヒロイン(仲間)のために一喜一憂するハートの海賊団クルー。
絶対可愛いだろうな(笑)
本当キャプテン根は悪い人じゃないから、それを分かってるハートの海賊団クルーも結束が強そう。
でも本人は照れくさいから「うるせェ」とか「バラされてェのか」とか悪態ついちゃうんだろうな!
シリアスな場面が終わったら、もっとほのぼのとしたクルーの一面とかも書いてみたいっす(笑)

2010/06/17