「は、はぁ!?がハートの海賊団から抜けた!?!?」

翌日。
船に戻ってこないを心配してローに聞いたシャチは、返ってきた返答に思わず声を張り上げた。
その声は船中に響き渡り、何事かと皆顔を覗かせる。


「ちょ、それはどういうっ」
「言葉のままの意味だ。は昨日を持ってハートの海賊団を脱退した」
「船長、それを許可したんですか!?」
「あァ」
「なん、っで…」

いきり立ってその先を続けようとしたシャチは、船の縁に寄り掛かったまま島に目を向けるローを見て思わず口を噤んだ。
シャチの言葉も余り耳に入っていないようで、そんな様子を察したシャチは目深に帽子を下げる。


「船長、出航はどうしますか?」
「予定通り、明後日の昼に発つ」

ペンギンの問い掛けに、未だ島を見つめたままローは告げる。
まるで本気でを置いて行くのだという宣言に、クルーはひそひそと顔を合わせた。
そのざわめきを耳にしながらも、ローはただ黙って腕を組んでいた。
纏う空気は人を寄せ付ける雰囲気ではなく、誰も声を掛けられずにいる。

『私を、船から、ハートの海賊団から降ろして下さい』

の声が、聞こえたような気がした。






 Tenebrae






昨晩ローの船からの下船許可を貰ったは、再び神殿に来ていた。
ただ昨日と違うのは、の目の前に人が居ることだ。


「お待ちしておりました、皇妃」
「…うん、」

の前に跪いているのは、神官服を着た初老の女だった。
その向こうには男性の姿も見える。
頭を下げてから立ち上がると、側に寄って「こちらです」と手を前に出した。
歩き出す者達に囲まれながらは隣の女を見やった。


「ねぇ、ひとつ聞いてもいいかしら」
「何で御座いましょう」
「…どうやって生き延びていたの?」

顔を上げた女は、はぁと頷きながら話し始めた。









昨日、神殿にやってきたのは初老の女だった。
驚いたは声も出ない様子だったが、直ぐに駆け寄って幾分小さくなったその体を抱き締めた。
忘れるはずがない、忘れられる訳がない。
その女性は、が故郷に居た時世話係としてずっと隣にいた人だった。
ミト、と名前を呼ぶと、「お嬢さま、」としがれた声が震えた。
殺されたと思っていた一族が、生きていたのだ。

それから話を聞けば、山の奥地に生き延びた者達がいるらしい。

喜びも束の間。
の腕に縋ってきたミトは涙を浮かべながら言った。

「どうか、どうか我らの国を再び復興して下さいませ…っ」

涙ながらに語ったミトが言うには、今この一帯を脅かす集団があるのだという。
もしが再び皇女の座に戻れば国を興す事も可能であり、何より力になる。
力を貸して欲しいと縋るミトに、は少し考えさせて欲しいと言って一度ローに相談すべく港町に戻ってきていた。

噂に聞けば、カテドラル王国は皇女の裏切りによって滅びたと聞いていた。
ならば国民の恨みはに向かうだろうと思っていたが、昨日の様子を見ていると、その言葉も信じがたかった。
何より、守りきれなかったという後ろめたさがにはあった。
もし今ここで国に戻れば、罪滅ぼしに繋がるのではないか。


とぼとぼと歩く先で、ローの声が聞こえた気がした。
何でもいい、何か別の意見が聞きたかった。
その思いで路地に出る所で。


「アイツは、仲間じゃねェ」


鈍器で殴られたかのような衝撃を受けて、思わず崩れるように壁に手をついた。
思いの外大きかった衝撃のせいで倒れ込んだ体は、足元の石畳を強く踏みつけていて。
音に気付いたローがこちらを肩越しに振り返り、一瞬視線が交錯する。
途端、沈み込むローの方を見れば、女がローの首に腕を回して引き寄せたのが見えた。
それを見て、何かが体の中で崩れ、熱が一気に引いていくのが分かった。

キャプテンは、私の事をどう思っているのだろう。

その言葉を吐き出しそうになって、「キャプテン、」という言葉だけで留めた。
殴られたかのような衝撃が熱と一緒に消えてゆき、体の中が冷え切っていく。
泣きたいのに、何故だか涙は出なかった。


「私を、船から、ハートの海賊団から降ろして下さい」

次の瞬間、口から零れたのは、一つの決断の言葉だった。





彼女にとってキャプテンの言葉は唯一無二の言葉だったのにも関わらず、すれ違いが勘違いを起こさせてしまう。
きっとそんな事あると思うんですよね、誰にでも。
信頼していたのに実は違った。でも確かめる術もなかった。
結果、独断での結論を出してしまう。
でもキャプテンって不器用ですから(苦笑)
この空いてしまった溝をどう埋めていくかが今後の注目ポイントですかね(笑)

2010/06/16