あの手紙を受け取ってから数日経ったが、『菖蒲の帝』からは何の音沙汰もなく至って変わりない平穏な審神者としての日常を過ごしていた。
今日の近侍は大倶利伽羅で、先程から庭に面した廊下に片膝を立てて座り、柱を背にしてぼんやりと庭を眺めている。
かくいう私と言えば明日までの書類に筆を走らせて、先程から会話らしい会話もせずにずっと書面と睨めっこを続けていた。

「大倶利伽羅、部屋に戻っても良いよ?暇でしょ?」
「…邪魔なのか?」
「いや、全然。むしろ私は嬉しいけど…」

大倶利伽羅は多くは語らないが、気遣いの上手な人なので何かと助かることのほうが多い。
つい先程も、喉が渇いてきたなと思えば机に置かれた温かい茶に、「光忠からだ」とぶっきらぼうにそう言って休止を挟んでくれた。
光忠から、なんて言っていたが、きっとそろそろ喉が渇く頃だろうと思いそっと席を立って取りに行ってくれたのだろう。 淹れてくれたのは光忠かもしれないが。
そっと胸の内で光忠にも感謝の意を表しながら茶を飲み下したところだ。

そんな短い会話を挟みながらも、静かな本丸の向こう側で短刀たちの声が響いてきた。
どうやら今日の手合せが終わったらしい。
休憩がてら大倶利伽羅の隣に座り直してそちらを見れば、廊下を過ぎ行く短刀たちがこちらに気が付いて手を振ってきた。
自然と緩む口元をそのままに手を振り返してやれば、嬉々とした声が上がる。
ああ癒される。なんて思っていると、最後尾を歩いていた鶴丸に目が留まった。

そうか。今日は鶴丸も手合せ組だったっけ。
なんて思いながら、廊下の奥へ消えていく白い影を目で追いかける。
完全に姿が見えなくなってもずっとそこを見ていると、「あんたは分かりやすいな」と隣から声が漏れた。

「…分かりやすいって何が?」
「気付いていないのか?国永のことだ」
「…………」

驚いたか?と頭の何処かで声が漏れ聞こえたが、目の前にいる大倶利伽羅は微動だにしない表情で淡々と言う。
固まっていると、はあと呆れたように目蓋を落とした。

「あんたは、人の事となると嫌と言うほど見ている癖に、自分のことには随分とぞんざいなんだな」
「…伽羅ちゃん酷い…」
「それで呼んでくれるな」

慣れ合うつもりはない。と同じトーンで返されるが、心底嫌がっている風でもないので謝罪はせずにそのまま大倶利伽羅の隣に寝転んだ。
一瞬大倶利伽羅がこちらを見やったが、特に何も言われる事はなくまた黙って庭を眺めることに徹する。

「伽羅ちゃんはさー」
「………」
「鶴丸の事どう思う?」
「それは何に対しての質問なんだ」

自分で尋ねておきながら、大倶利伽羅の口から「好きだが」なんて出てきた暁には顔を四度見くらいはしてしまいそうだ。
何と答えて欲しかったのか自分でも考えあぐねいて「んー」と曖昧な言葉を返すと、大倶利伽羅からの視線を感じて顔をそちらへ向けた。
すんなりと目が合うと珍しくも何かを言いたげで、その口が開くのを待つ。

「あんたは、どうなんだ」
「どうって」
「俺は、あんたのことは嫌いじゃない」

きょと、と瞬きを繰り返す。
これはデレなのか?とじわじわと顔に集まる熱。
日差しが強くなってきた昼下がりにしては暑い気がする。

「それは、あんたが俺にとっての唯一の存在であることを除いても、だ」

顕現させた主であることを抜いても、人として好いてくれているという意味だろうか。
そう言ってもらえた事が嬉しくてへへと笑うと、それはやめろ、と止められる。
だって、嬉しいんだからしょうがないじゃないか。

「何を気にしているのか知らないが、あんたはそういうタチじゃないだろう」
「褒められてるのか貶されてるのか」

そう言うと「ふん」と鼻を鳴らした。

大倶利伽羅の言う通り、どうしてかなんて考えても仕方がないし、どうしようもないことだと思う。
私がこの気持ちを言葉に出来ないと思っていたのは、彼らが付喪神であると。
何より私がそう思っていたことにある。

でも、今の彼らは、自分と何が違うのだろうか。
「姿」「形」も、触れた「体温」も。
重なる「視線」も、交わした「言葉」も。
何の隔たりもないではないか。



【あとがき】

伊達組の絡みが実装されて、大倶利伽羅の他刀剣たちの呼び方も明らかになってきているようですが。
果たして私の書いている大倶利伽羅は大倶利伽羅なんだろうか笑
鶴丸だけなんと呼ばせようか迷ったんですけど、取りあえず皆と同じように呼ばせました。
鶴丸本人もきっと気にしないし、そこも許されると思って呼んでいる風だといいなと思っていますが、今後公式から正しい情報が出たらそちらに修正しようと思います。
もうちょい続きます。

[2017/7/29]