彼の息遣いが耳元で聞こえる。
そしてこくり、と喉の鳴る音が聞こえて私はようやく瞬きをすることが出来た。
彼はいま、なんて?

「あ、の…」
「悔しかったし」
「…っえ」
「何でいつもオレが一番じゃないんだろうって」
「……」

紫原くんは体勢を変えずに、私に凭れ掛かった状態で話し始める。
ぐ、っと押し付けられた額が肩にずしりと重みを残して、今更ながら彼との距離にドキドキし始めて。

ちんを見つけたのはオレなのに、ちんの律儀で真面目で、そういうところ知ってるのオレだけだったのに。オレが一番だったはずなのに」
「………」
「なのに気が付けば室ちんはマネージャーに誘ってて、デートとか勝手に行って。しかもちんは無防備だし」
「……」
「気が付けばバスケ部のみんなだってちんのことすげー頼りにし始めてて、でもちん律儀で真面目だから断ったりしねーし」

今日の紫原くんは凄く饒舌だと、頭の片隅でこっそり思う。
彼の会話はいつも唐突で単調で、いつどこで何の話題に切り替わるか分からない、そんなものばかりだったのに。
何処となく一生懸命さが伝わってきて、私はそっと彼に握られていた手に力を入れてみる。

「どんどんオレを置いてマネージャーとして馴染んでいくちんに、なんかムカムカした」
「……あ」

それには覚えがあった。
時々彼の向けてくる視線に、むすっとした態度。
特に試合の時劉先輩を手当てした後の。
あれは怒っていたのではなくて、もしかして拗ねていたからなのでは、と思い始める。

「ムカつくなんて嘘だし。だから、ごめん…だし」
「……あのとき、の?」
「ん。オレ、多分八つ当たり、した。謝ってきたちんに、イライラして。だって謝るの、オレのほうだったし」

試合の後部室で言われたムカつくという言葉は、どうやら私のことを嫌う言葉ではなかったようで。
彼を置いてマネージャーとして先を行こうとした私が、彼に距離を感じさせていたのか。
でも彼はそれを咎めることは出来なくて、引き止める言葉も知らなかったから。

「アイツなんかより、オレのほうが、ちんのこと知ってるし」
「……飯田く、」
「言わないで」
「……」
「アイツに先に、言われたのが、オレは…ッ」

紫原くんが更に体を乗り出したせいでまるで抱き締められているかのような体勢になった。
彼の肩に顔を埋めるほどに近づいて、手が、腕が、身体が、私を包むようにのしかかる。
体温が凄く、近い。

「………むっくん」

そっと、握られていない方の手を持ち上げる。
持ち上げた手が背中に触れると、彼の体がびくりと震えたのが分かった。
そのままぎゅ、と彼の服を握りしめる。
顔を彼の肩に寄せて、私から抱き付くような形になった。
息を吸い込む。彼の匂いがする。
伝えなくちゃ。届けなくちゃ。私も、私もあなたが。

「好き…です」

言葉にしたら涙が出てしまった。
さっき泣いたのに、また涙が溢れてくる。
でもさっきと違うのは、その涙があったかいということで。
彼の肩口が涙で濡れてしまう、と少し体を離そうと身動ぎをしたのだが。
それよりも早く私の背中に彼の腕が触れた。
ぎゅう、と強く抱き込まれて、顔を押し付けるような形になってしまう。
息が詰まるほどに強く強く抱き締められて。

しばらくそのままでいたけれど、そう言えばお互い色々途中放棄していたことに気が付いて。

「あ、やば。部活」
「あ、私も図書委員の仕事」

離れた時にようやく顔を突き合わせて、二人して笑ってしまった。

ちん泣いて鼻も目も真っ赤だし)
(むっくんだって私の制服に顔押し付けすぎておでこに跡が出来てるもん)


【あとがき】
まどろっこしい言い回しはしません。ストレートにを心掛けました。
むっくんが抱えていたもどかしい気持ちと、ヒロインの改めて実感した好きって気持ちが伝わればいいなあと思いますが。
次でラストです。
なんとなく、最後の顔を見合わせての会話。気に入ってます(笑)

[2013/11/8]