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そ、っと、彼女の肩口に額を押し当てる。 凄く小さい肩。だけどあったかいし。 ふわり、と香るのは彼女を初めて認識した時にしたパンの匂い。 それと多分。彼女の匂い。やさしい匂いがする。 オレが近づきすぎたせいか、さんが口籠りながら何とか言葉を零そうとして。 それを遮った。 「悔しかったし」 「…っえ」 「何でいつもオレが一番じゃないんだろうって。 ちんを見つけたのはオレなのに、ちんの律儀で真面目で、そういうところ知ってるのオレだけだったのに。オレが一番だったはずなのに」 いつもそうだ。 特別目立つ彼女じゃないから。多分図書館の一件がなかったらずっとクラスメイトのままで平行線を辿っていたと思う。 そして、彼女がああも律儀で真面目だと言うのは、オレくらいしか見てないと思い込んでいた。 「なのに気が付けば室ちんはマネージャーに誘ってて、デートとか勝手に行って。しかもちんは無防備だし」 室ちんもそう。 オレがマネージャーに誘う前に声を掛けていて。 勝手に二人で出掛けてた。 室ちんの前だと何処か表情を和らげるのが何だかムカついた。 だってオレの方が室ちんよりも長く一緒にいたのに、室ちんには安心したような顔を見せるんだから。 「気が付けばバスケ部のみんなだってちんのことすげー頼りにし始めてて、でもちん律儀で真面目だから断ったりしねーし」 何で皆彼女にばかり頼るのだろう。 今まで、彼女が来る前には自分たちでしてきたことなのに。 そんな事を言ったら彼女がマネージャーとして存在する意味なんてなくなるけど。 頼んだら、彼女は断らない。 そうやって関わりを持てば持つほど、オレとの関わってきた時間が上書きされるんじゃないかと。 「どんどんオレを置いてマネージャーとして馴染んでいくちんに、なんかムカムカした」 オレの方がこのバスケ部に所属してる時間は長いのに。 彼女はどんどん先を行こうとする。オレを置いて成長していく。 そうしてオレの手を離れて行こうとした。そう見えた。 連れてきたのはオレのはずなのに。 他のものなんて見なくたっていいのに。 一気に喋って息継ぎのタイミングを忘れた。 大きく息を吐き出しながら頭を整理する。 オレは謝らなくちゃいけない。 彼女を傷つけたことを。本心からの言葉じゃないことを。 「ムカつくなんて嘘だし。だから、ごめん…だし」 ムカついたのは事実だけど、それはオレのエゴで我儘だ。 彼女にぶつけていい言葉じゃなかった。 もしあの時の言葉が彼女を傷つけてしまったのなら、オレはそれを償いたい。 「……あのとき、の?」 「ん。オレ、多分八つ当たり、した。謝ってきたちんに、イライラして。だって謝るの、オレのほうだったし」 今朝の着替えの時もそうだった。 ごめんと謝り続ける彼女にイライラしてしまった。 彼女が全部悪いわけじゃないのに。彼女は謝る暇さえくれないし。 あんな酷い言葉を投げつけたのはオレだから。 一言「ごめん」と謝ってしまえばと思ったのに。 「アイツなんかより、オレのほうが、ちんのこと知ってるし」 アイツは、さっきのやつはちんが律儀で真面目で。そういう性格だと言うことを知っていた。 つまり見ていたんだ。オレと同じように。 「……飯田く、」 「言わないで」 「……」 「アイツに先に、言われたのが、オレは…ッ」 オレしか知らないと思っていたことを知っていて、オレよりも早く自分の気持ちに気が付いて口にした。 たまらなく悔しい。 試合で負けるよりも悔しい。 オレだけだと思っていたことが、他の人も同じだった、だなんて。 オレだけが特別でありたかったのに。 思わず力が抜けて彼女に凭れ掛かるようになる。 オレの方が身体は大きいから、こうすると彼女の体がすっぽりと覆われる。 やっぱり女の子って、小っちゃい。 「………むっくん」 名前を呼ばれた後、背中に彼女の手が触れた。 拒まれるのだろうかと、次の言葉を考えたら怖くなって体が震えた。 けれど、考えていたものとそれは違った。 ぎゅ、と彼女の小さな手が服を握る。 そのままオレの体に寄り添うみたいにくっ付いて。 何でだろう。くっ付いてると酷く安心する。 このままで居られたらどんなに。 そう思った直後。 「好き…です」 言葉尻が滲んで声が涙声になった。 ぐず、なんて鼻を啜る音が聞こえて。 泣いてるんだ。何でだろう。 そう思ったけれど。 それよりもさんの言葉が嬉しかった。 オレと同じ言葉だった。 つまり彼女も、オレと同じ気持ちだと言うことで。 離れそうになったさんの体を抱き締める。 幸せって、喜びって、いまいち理解し難いものだったけれど。 もし、この気持ちがそうだと言うならば。 彼女といればもっと満たされるのだろうか。 どれだけそうしていたかは分からないが。 部活を抜けてきてからはかなり時間が経っているはず。 思わずそのことを口にすれば、彼女も委員の仕事が、なんてオレの肩口に埋もれたままでもごもごと言った。 ようやくくっ付けていた体を離すと、やっぱり彼女の顔は泣いたと言うことが分かる顔をしていた。 お世辞にも、可愛いとは言えないけれど、嫌いじゃない顔だ。 「ちん泣いて鼻も目も真っ赤だし」 「むっくんだって私の制服に顔押し付けすぎておでこに跡が出来てるもん」 オレが笑うと彼女も負けじとオレの額を見ながら唇を尖らせる。 手を貸しながら立ち上がるのを助けると、彼女が今度こそ顔を隠した。 ハンカチをポケットから出して鼻から下を隠す。 「何してんだし」 「だって、恥ずかしいんだもん」 今更ながらの行動に笑ったら、彼女が拗ねて「馬鹿」と口ごもった。 やっと、オレのものになったんだと思うと。 オレの気持ちはまた、満たされた。 --- 「あ。言うの忘れちったけど、ちん」 お互い自分のやるべきことをするためにと外に出てきて。 言い忘れていたことを思い出して足を止めた。 隣の彼女を見下ろすと首を傾げる。 「オレと付き合って欲しいし」 「……え、何処に?」 その答えに頭が痛くなってきた。 あれ、オレ今まで夢でも見てたの?さっきのって夢? って言うか今時そんなベタな答えが返ってくると思ってなかったし。 頭にボールをぶつけられた時のような衝撃が走る。 「え。今の流れでそれ訊く?普通」 「えと」 「だから、オレの彼女になってって、言ってんだし」 本気で判ってなさそうだったので今度ははっきりと言葉にする。 流石にこの言葉の意味は理解できたのか、彼女の目元がほんのり色づく。 「……っ、あ、そっち…」 そっちも何も最初からその事しか言ってないのだが。 指摘すると流石に何か言われそうなので黙っておくことにした。 今の反応を承諾と解釈して、未だに照れている彼女の名前を呼ぶ。 「ちん」 初めて彼女の名前を口にした。 何故だろう、苗字で呼ぶよりもしっくりする気がするし。 驚いている彼女を横目に、部活に戻るべく手を振って別れる。 ちらりと顧みた彼女は頬を手で押さえていて。 何となく、充足感を得た。 |
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【あとがき】 この作品、なんというか表と裏を合わせて1つみたいな感じになりましたね。 表で不足していた部分とかをこっちで補いながらやっていたのもあって、両方読んでしっくりくるみたいな。 ぶっちゃけ表だけ読んでると「ん?」って思うところもあったんですけど(あったんかい) こっちで読んでピタっとハマるようなそんな気がします。 ある意味不器用同士なのでそれでちょうどいいと言えばそうかもしれませんがね笑。 [2013/11/16] |