私に声を掛けたのは同じクラスの、隣の席の飯田くんだった。
図書館で彼を見かけるのは珍しいな、なんて思いながら彼の格好を見る。
ハーフパンツに白いTシャツ。どうにも部活を途中で抜け出してきた風な様子だった。
そんな彼がちょっと話があるんだ、なんて言うものだから、同じ図書委員の当番の子にちょっと抜けることを伝えて出てきたのだが。

「何処まで行くの?」

彼の後を追うように歩き始めてもう5分は経った。
図書館を出て、昇降口から校舎内に入る。
何処か遠くで吹奏楽部の練習の音が聞こえてきて、それ以外は閑散としていた。

「ごめんここで」
「…教室?」

連れて来られたのは私たちのクラスの教室。
西日が射し込む時間帯なので、当然だが誰もクラスメイトは残っていなかった。
教室の後ろのドアから中に入って私もそれに倣う。
真ん中あたりまで来たところで彼がようやく足を止めて、私もそのまま足を止めた。

「こんなところまでごめんな」
「別に…。何かあったの?」

こちらを振り返った飯田くんは何処か言葉を言いにくそうに身動ぎをする。
まったくこうなった見当が付かないので私はひたすら彼の言葉を待った。
するとようやく腹を決めたのか彼はすぅ、と息を吸い込むと私を見やる。

「急にこんな事言われても驚くかもしれないんだけど…さ」
「…?」
「俺、さんのことが好きだ」
「………………え?」

何を言われるのだろうと身構えていたものの、彼の口から出てきた言葉は私の予想していたものとあまりに違いすぎて反応が遅れた。
今彼は好きと言っただろうか。
何を?と考えて。そうだ、彼は今私のことを好きだと、言ったんだ。

「や、ほらさんってさ。色々気が付いてくれるって言うか」
「……」
「俺が前大会で日直出来ないって言った時も快く引き受けてくれて」
「あれ…は、」
「頑張ってねって言ってくれたこと、嬉しかったんだ」

ごくりと唾を飲み込む。
何だか指先が冷えていくような気がして両手で指先を握りしめて。
彼の顔が赤く見えるのは教室に差し込む夕日のせいだよね、とそんな事を考えて。

「陸上部だって知っててくれたし」
「会話が聞こえたから、それで…」
「俺さ、大会優勝したんだぜ?さんのお陰」
「それは飯田くんが頑張って練習もしたから、」
「俺にその時間を作ってくれたのは君だし」

たかだか日直の仕事を、彼の分の仕事を引き受けただけだ。
そんなたかが知れている時間なんて、彼が今までやってきた練習の時間に比べればほんの小さなものでしかないはずなのに。
何故だろう彼の顔が見れない。
恥ずかしい?嬉しい?違う、この感覚は。

「だから俺…さんのことがっ」

「おーい、もう終わった…って、ヤバ、まだ告白してんじゃン!」
「げ、悪い…飯田。てっきりもうくっ付いてキスまで済ませたかと」

「――ちょ、先輩っ!」

教室の前の方の扉の方から声がして顔をそちらに向ける。
誰?
男の人が二人、こちらを覗き込みながら話している。
飯田くんの知り合い?

「あの…」
「あー、サン?飯田が言ってた通り可愛い子じゃんね」
「オイんなことじゃねーだろうが」
「ゴメンゴメン。こいついい物件だと思うんだよね、どう?」
「先輩マジでやめてくださいって!」
「ハハッ、分かったって。あとで報告楽しみにしてるわ」
「ゲームだからって手抜くなよー」
「ッ!!!先輩!」

飯田怒らせるとこえー!なんて声を上げながら彼の先輩だと言う人たちが教室から出て行く。
嵐の前のような静けさに、私は何だか力が抜けていくようで。

「ごめんさん今のは」
「ゲームって…何」
「……っ、あの、さ」
「嘘だったんだ?」
「ちが、」
「罰ゲームか何か?それなら聞かなかったことにするか」
「違うって言ってんだろ!」

飯田くんが怒鳴って一歩こちらに踏み込んでくる。
ビクッと同じように後ろへ下がるが、それよりも早く彼の手が私の腕を掴んだ。
ぐっと手を引かれて動けなくなる。
彼の顔を見れば何処か悔しそうで。

「確かに、ゲームに負けて、こうして告白してるのはその時のツケだけど」
「……」
「でも好きって言うのは嘘じゃない。俺君が好きなんだ!」
「や、め」

彼が必死に説得しようとするけれど、私はそれよりもゲームでという事がショックで。
握られた手に力が入って痛い。
顔を見られたくなくて引き離そうとするけれど、それよりも強い力で引き止められる。
怖い。

「今付き合ってるヤツいないだろ?だったら俺と」
「離して、っ」
「もしかして好きなヤツいんの?」

好きなヤツ、という言葉に一瞬動きが止まってしまう。
パッと頭に思い浮かんだのは何故だか紫原くんで。
ああそうだ私紫原くんに嫌われてしまって。
でも嫌われたくなくて。もっと彼に近づきたくて。
頭が混乱する。
私が好きなのは、好きなのは。


「……なに、してんだし」


低い低い、地に這うような声が聞こえた。
バッと振り返ればそれは今しがた思い浮かべた紫原くんで。
彼は何故か怒りに似た感情を持っているように見えて。

「紫原」
「ッ!!!!!」
「あっ、さん!!」

ふと私の腕を掴む彼の拘束が緩んだ。
その隙に手を振り切って踵を返す。
ただ私の頭には"逃げる"ことしかなくて。
紫原くんの隣を走り抜ける。
一瞬彼と目が合った。
その瞬間ぶわりと涙が込み上げて、感情を押し込めることが出来なかった。
慌てて顔を反らして教室を出て行く。

何処か一人になれる場所に行きたかった。


【あとがき】
整理すると、告白をしたのはゲームだけど、気持ちは嘘じゃないよってことですかね。
いいタイミングで普通こういうのってないですけど、そこはまあ夢だしいいとして。(えっ)
むっくんは偶然ここへ来た訳ではありません。そのことについてはむっくんサイドで見てもらえればですかね。
あの日直の時に出した伏線はここで回収したが、それ以外のがまだ…色々と…おう…。

[2013/11/8]