次の日、学校に行きたくなかった。
頭が痛いような気がする。吐き気もある気がする。お腹も痛い気がする。
それでも今日は化学の実験があるし、体育もハードルの測定がある。
行きたくない。でも、行かなければならない。

起き上がって鏡に向き合う。
目が少し腫れ、充血していて酷い顔。
あの後、一度水道水で目を冷やして帰ったものの、夜寝る前にも思い出して泣いてしまった。

― すげームカつく ―

その言葉は拒絶でも突き放すような言葉でもなかったけれど。
確実な嫌悪だった。
嫌いだと直接言われた訳じゃないが、彼は怒っていたのだ。
何に対してかは分からない。
けれど、私も気付かないうちに彼に何かしてしまったのかもしれない。

「はあ…」

こういう時、同じクラス、同じ部活と言うのは憂鬱だ。

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今日は朝練がある日だった。
気分は最悪だし顔を合わせたくないと言うのが正直な気持ちだが、マネージャーとしてそうはいかない。
体育館を覗き込めば既に岡村先輩と劉先輩がアップを始めていて、挨拶を飛ばした後私は部室へ向かった。
昨晩洗っておいたボトルは綺麗にまだテーブルの上に並べてあって、後できちんと拭いてそれぞれに返さなければと思う。
と、その前に着替えなければ。
普段ならもう少し気を遣っていたかもしれないが、この時私は見落としていた。頭が働かなかった。
ニットベストを脱ぎ、リボンを外してワイシャツのボタンを外す。
キャミソール姿のままTシャツを出さないと、とロッカーの中に顔を突っ込んだところで扉が開く音がして。
あ、やばい。鍵を掛けるのを忘れてた。
パッと扉の方を見て目を見開く。
相手も私の格好にとても驚いていて、ドアを開けたまま硬直していた。

「むっく、ん…」

今一番顔を合わせづらい相手だった。
そのせいか、私は自分が今どんな格好をしているかなんて忘れていて。
紫原くんの顔を見たまま動けないで呆然と彼を見ていることしか出来ず。

「っ、」

彼は驚いてドアを握ったままの状態から、表情を歪めると顔を反らして扉を閉めた。
出て行くのかと思いきや、彼はそのまま中に入ってきてバン、とロッカーを叩く。
開けっ放しだったロッカーが勢いよく目の前で閉まって、驚きと恐怖とで思わずたじろいでしまって。

「あっ、ごめ…ッ」

ようやく私は自分がどんな格好をしているかに気が付いた。
膝の力が抜けて、そのまましゃがみ込むようにして自分を抱きしめる。

ちん…さあ」

びくっと肩が震えた。
いつもと違うとても冷えた声。
私の視界に入ってる紫原くんの靴の爪先がこちらに向けられるのが見える。

「もう少し自覚したら?」
「……」
「ここ、部室は部室だけど男子のバスケ部の部室だし」
「……」
「ンなところで鍵も掛けずに無防備に着替えてたら、こうなることなんて分かってんじゃん」
「…ごめ…」
「もしここに入ってきたのがオレでも室ちんでも他の誰でもない男だったらどうした訳?」

紫原くんだけでなく、他の先輩と万が一鉢合わせした場合。
他の先輩たちはどういう反応をしただろう。
顔を赤くして出て行く?それとも硬直したまま動かない?
どれもあり得そうだけど、それがもし、見知らぬ誰かだったら。
そう思うと自分の浅はかな行動に怖くなった。
最悪の場合を想定すると、コワイ。

「ッ、ごめんなさ…」
「何でちんばっかり謝るんだし!!」

大きな怒声と共に再び音を立てるロッカー。
恐る恐る見上げれば拳がロッカーに食い込んで少し凹んでいる。
当の紫原くんは苦痛に歪んだような表情をしていて。

「あ、っ」
「オレ向こうで着替えるし。オレ出たら鍵ちゃんと閉めて」

背を向けた紫原くんは、それだけを言い残してさっさと部室を出て行った。


【あとがき】
ぶっちゃけむっくん怒らせたら凄く怖そう。竦んで声も出なさそう。
普段感情の起伏が乏しい人ほどこういう時の怒りって怖いですよねえ。
何かをやらかした時、そう感じた時。逃げ出したいし向き合いたくもないですけども。
オトナになると、年齢を積み重ねると、色々と向き合わないといけないものも多いですよね。
そう言う恐怖を抱える人にも何か気持ちの変化があればいいなと思います。

[2013/11/7]