頭がスッキリしない。
昨日は早く寝たはずなのに寝つきが悪くて若干寝不足気味だ。
最悪以外の何ものでもない。

今日は確か朝練がある日。

普段なら何も考えずに足先が自然と向かうのに、今日のオレの足は鉛みたいに重たかった。
ぼんやりしながら歩いていたら水溜りに足を突っ込んでいた。
最悪だし。

学校に到着して、そのまま部室に直行する。
ああ今日化学の実験があるんだっけ…――

そんな事を考えながら部室のドアを開ける。
いつもの動作。いつもと同じ扉の重み。蝶番の軋む音。
そこまでは普段と何も変わらないほぼ日課になりかけていることだったのに。

部室に足を踏み込んで、いつもと同じ独特の部室が持つ匂いがして。
顔を上げた時見えた光景に足が止まった。
部室の一番奥。オレのロッカーの隣の隣の隣。
さんが使っているところ。
そこに人影があって、目に飛び込んできたそれにオレの目は吸い寄せられた。

「むっく、ん…」

向こうが、絞り出したかのようなか細い声を上げた。
だけどオレは彼女の姿から目が離せない。
白い肩、華奢な肩に申し訳ない程度に掛かっているキャミソール、そこから覗く色の付いた下着の肩紐。
息を飲み込む。喉が鳴る。
女の子の体は雑誌とかでだって見たことがあるし、オレだって何も知らない訳じゃない。
だけど。

扉を閉めて大股で彼女に歩み寄る。
開きっぱなしの邪魔なロッカーの扉を勢いづけて閉めると彼女の顔色が変わった。
鼻先すれすれでロッカーを閉めたからなのか、オレになのか。

今更恥ずかしさでも込み上げたのか、ハッとした後「あっ、ごめ…ッ」とごちてしゃがみ込む。
小さい彼女がますます小さくなって、肩を抱き締める指先が白くなっていく。

ちん…さあ」

オレでもびっくりするくらい低い声だった。
見下ろす彼女はオレが簡単にヒネリつぶせるくらい無防備で。
むき出しの肩が震えてるし。怖いなら素直に怖いって言えばいいのに。
その無防備さが、間合いの狭さが、どれほど人を自分のテリトリーに踏み込ませているのか。
どうして彼女は気付かないのか。

「もう少し自覚したら?ここ、部室は部室だけど男子のバスケ部の部室だし」

確かに彼女にもここで着替えることは許可されている。
ただしそれは部室に鍵を掛けることを前提とされたものだ。
落ち度は彼女にあるし、言い換えればこちらは被害者なのに。

「ンなところで鍵も掛けずに無防備に着替えてたら、こうなることなんて分かってんじゃん」
「…ごめ…」
「もしここに入ってきたのがオレでも室ちんでも他の誰でもない男だったらどうした訳?」

彼女が小さい声でうわ言のように謝る。
別にオレは謝って欲しい訳じゃないし。
その認識の甘さに苛立つ。
もしここに来たのがオレじゃなくて。他の誰かだったら。
例えば他のバスケ部員。
考えたが、ムカつくけどバスケ部の部員は多分ちゃんと出て行くと思う。
特に主将は息つく暇もなく出て行くだろう。
でももし。それが部員でも誰でもない男だったら。
襲われても文句は言えない状態だし、でもそれは咎められない。
何故なら彼女の落ち度だから。

注意をしたつもりだったが、怒られていると勘違いしているのか彼女は謝り続けていて。

「ッ、ごめんなさ…」
「何でちんばっかり謝るんだし!!」

次の瞬間、オレは怒鳴っていた。
ただでさえも怯えているから、これ以上追い詰めるつもりはなかったのに。

これじゃあオレがさんを責めてるみたいだし。
オレが一方的に追い立ててるみたいだし。
いつもそうだ。
彼女はいつもいつもいつも。
ヘラヘラ笑って何でも受け止める。何でも許す。何でも許容するから。

もっと言い訳すればいいのに。
もっと怒ればいいのに。
もっとオレを責めたっていいのに。
昨日のことだって。オレに声を荒げる理由と権利を持ってるのに。

何でいつも。

「オレ向こうで着替えるし。オレ出たら鍵ちゃんと閉めて」

頼むからこれ以上キミを、自分を。
嫌いにさせないで欲しい。
じゃないとオレは。


【あとがき】
言葉を変えればむっくんはちゃんと彼女のことを女の子として見ているよってことですね。
言い直すと恥ずかしいんですけどもね。でもむっくんだって好きかどうかの区別は別としても興味くらいはあるでしょうし。
だからこそ彼女の態度に腹を立てている訳ですけどね。

[2013/11/14]