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「へー。室ちんが」 オレが最初だと思ってた。 きっかけは図書館で本を戻そうとしていた彼女をただ、手伝っただけだったけど。 (手伝うのレベルにも達してなかったとは思うが) マネージャーは、ほんの冗談のつもりだった。 勿論居たらいたで便利だし、室ちんを前にしてもうるさく騒ぐ女子と違う反応だったから、彼女ならマネージャーもいいかもしれない。 そんな気持ちだった。 タオルを干す彼女を見て、さっちんを思い出したのも事実だけど、それ以前に。 彼女を気に掛けているのなんて、自分くらいだと思ってたのに。 やっぱり、室ちんが、と言うところが気に入らなくて。 「やってよ、まねーじゃー」 「えっ」 何かを言おうとしたさんの言葉に被せて少し強引に出てみた。 案の定彼女は驚いたように狼狽えて、口籠ってきょろきょろと視線をうろつかせる。 「何がダメなの」 「さっきも言ったけど、家のこと、とか」 「別に毎日じゃないっしょ」 「そうだけど。運動そんなに出来ない」 「別にマネージャーはバスケしねーし」 後はもうただのオレの意地だった。 逃れる彼女と、追い詰めるオレ。 さんがウサギだったら、オレはさながら狩人ってところだと思う。 けれど彼女はなかなか捕まってはくれなかった。 室ちんには簡単にさんを捕まえられたのに。 オレの言葉をひらりひらりと交わす彼女だったけど、次の言葉にオレの攻撃は一瞬怯む。 「…バスケ詳しくない」 その言葉に、オレの中で何かがスーっと冷えていく。 冷静になるってこの事かもしんない、と。 腹の中で、胸の内側でざわめいていたものがピタリと止まった。 「だったら何?」 「っえ?」 酷く底冷えした声が出たと思う。 机に凭れていた体を起こして、いつもと同じ、彼女を見下ろすようになる。 怯えているのか、オレの視界が高くなって彼女を見下ろすようになったからか。 さんの瞳が揺れる。 「詳しくなかったら何?マネージャー出来ないの?」 「だって少しでも興味がある人にマネージャーしてもらったほうが」 「別にいいじゃん。だってオレ別にバスケ好きじゃなくてもバスケ部にいるし」 そうだ。 さっちんだって最初はドリンク作り間違えたり、洗ったタオルが生乾きで変な臭いしてた時だってあったし。 でも回数を重ねるうちに上達して、オレたちが卒業する頃には誰にも負けないくらいのマネージャーになってた。 それにオレだって、最初は別にバスケなんて詳しくなかったし。 たまたまオレの体格がバスケに向いていて。やってみたらそれが得意なのだと知って。 やるうちにルールや専門用語も覚えて、身体が勝手に馴染んでいた。 興味がある人って何。バスケが好きな子のこと? 何それ馬鹿みたい。好きとか嫌いとか関係ないし。 問題は出来るか出来ないかなのに。 「キョーミなかったらバスケしちゃ駄目なの?室ちんがちんをマネージャーに誘ったのは、素質があったからじゃねーの?」 「それは…」 「だったらそれでいいじゃん。好きじゃなかったら出来ないなんて誰が決めたんだし」 「むら」 「だったらオレはっ!」 室ちんがさんを最初にマネージャーに誘ったと言うのが悔しい。 さんも、素質があるかもしれないのに最初から出来ないと決めつけるのがムカつく。 いつもは嫌なことだって、先生の言い付けなら言葉を飲み込んでやるくせに。 だったらオレは何なんだし。 オレだって好きでバスケを始めた訳じゃないのに。 たまたまやってみたバスケが、たまたまオレに合っていて。 バスケは好きでも何でもないけど、相手を負かすのは気持ちが良かった。 だからオレはバスケを選んでバスケをしているのに。 今の言い方じゃまるで。 バスケが好きじゃなきゃバスケをしちゃいけないみたいで。 「…ごめん、何でもねーし」 オレの大声に驚いた彼女を見て一気に熱が引いた。 いつの間にか握り締めていたこぶしが白くなっていて、ゆっくりと指の力を抜いていく。 先程吸い込んだ息を大きく吐き出してクールダウン。 顔を覆った手のひらが熱い。 何でオレ、彼女にこんなにイラついてんだし。 彼女は関係ないじゃないか。 だって彼女は、たまたま同じクラスだった子で、たまたま図書館で話しただけの子なのに。 たまたまって、何だかバスケと似てる気もするけど。 「ねえ紫原くん」 「……何?」 「何で、私なの」 さんは、さっきまでオレの大声にビビってたのに、今はもう何でもないような様子だった。 ちらりと彼女を見れば、少し真剣な眼差しでこちらを見ていて。 「わかんない」 「………」 「そんなん、わかんねーし」 考えたけど、答えは出なかった。 何でさんなのかと考えたけど、出てくる答えは「なんとなく」だった。 他の人でも、と良くお菓子をくれる女子を思い浮かべる。 でも何故かそれらの顔は曖昧で。 ああそうかオレ、いつもお菓子をくれる子の顔覚えてねえし。 と言うよりも、ちゃんと見たことがないような気もする。 くれると言うから貰うだけで、お返しをしようなんて考えた事はなかったし、お菓子をくれるからと気に掛けているなんてことはまったくなくて。 さんはオレにお菓子をくれたことは一度もない。 それなのに、オレは彼女のことを覚えている。顔も、名前も。 決して目立つような子じゃないのに。どちらかと言えば地味なのに。 彼女の何かがオレを引き付ける。 色々と、整理しながら考えていると、突然さんが笑い出した。 何事かと驚いてそちらを見やる。 オレがぽかんとしていたせいか、腹を抱えて笑い出して。 「何が、おかしーん…だし」 「あはははは。ごめん、ごめん。ただ。うん。有難う」 「はあ?」 「そっか。うん」 何が有難うなのだろうか。 オレはさんに、彼女がマネージャーであって欲しい理由を言う事が出来なかったのに。 彼女は何故か一人で納得したように頷いて、ようやく笑いを収めると。 「いいよ、やっても」 「………」 「マネージャー。私でいいなら。やってもいいよ」 そう言う彼女を他所に、オレは別のことを考えていた。 マイペースで、よく「紫原の考えてることは分からない」と言われることがあるけど。 オレはその言葉をそっくりそのまま彼女に言ってあげたいと思った。 彼女が一体何に納得して、何故急にマネージャーを引き受ける気になったのかは分からない。 最初はオレが怒鳴ったことに対して怯えて、嫌々承諾したのかとも思ったが、彼女の表情は何処かすっきりしていて。 どうしようかとも思ったが、彼女がバスケ部でマネージャーをしてくれたら、と何故か気持ちが逸った。 オレらの仕事が減って、サポートしてくれる人間がいれば、それはそれで楽が出来る。 そして何より、彼女を知る時間が増える。 室ちんもいるけど、オレの目の届く範囲にいれば関係ないことだし。 オレは彼女をその場に待たせてまず雅子ちんのところに行った。 今日は仕事が溜まってるから職員室で仕事をすると言ってたはず。 雅子ちんに入部届が欲しいという事と、マネージャーを入れたいという事を伝えたら不機嫌になったけど。 でもちんは雅子ちんが思ってるような子じゃない。 だって先生に頼まれた嫌なことだって、不平も言わずに飲み込む律儀な子だから。 雅子ちんから入部届を貰ったオレは、オレを探しに来た室ちんも教室に連れていくことにした。 「アツシ…何処に」 「オレの教室」 「お菓子を取りに行くなら一人でも、」 「ちんが待ってっし」 「さん?」 「室ちんに先越されたけど、勧誘に成功したのはオレのお陰だし」 「……ちょっと話が見えないんだが」 そんな会話をしながら歩いていたら、あっという間に教室に到着して。 彼女に入部届を手渡すと、室ちんはさんから事の経緯を聞いていた。 だから、さっきオレ説明したじゃん。 オレが隣でむくれると、気が付いた彼女が笑った。 まあ、いいか。 |
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【あとがき】 相変わらず脈絡のないむっくんですが(苦笑) あの唐突な話題の切り出しも凄いと思いますね私。 正直むっくんの思うところは私の解釈なので実際のところどうなんでしょうか…。 も、もし違うってなったらこの作品終わりなんだけどね(チーン) [2013/11/8] |