「ふぅ…」

誰もいない静かな放課後の教室に響いた私の声。
今現在日直の仕事の仕上げをしている最中だ。
ちなみに一緒に日直の業務をするはずだった飯田くんは。
『悪い!今週部活の大会なんだっ。練習もう行かないといけなくて!スマン!』
という訳だ。
勿論私は二つ返事でOKした。
彼が陸上部に所属していて、部活を真面目に頑張っていることを私は知っているから。

「明日の時間割はー…」
「あ」

後ろの黒板に書いてある明日の時間割の予定を見ようと身体を捻った。
それと、紫原くんが教室に入ってきたのは同時で。

「紫原くん」
「びっくりしたー…誰もいねーと思ったのに」

紫原くんはしばし瞬きをした後、自分の机に向かうと中をガサガサと漁り始めた。
何か忘れ物だろうか。
そう言えば部活中じゃないのだろうか。
だって、ハーフパンツに黒い半袖のTシャツ。
この間のユニフォーム姿じゃないけど、部活中だというのを匂わせる恰好をしていた。

「忘れ物?」
「まいう棒机に入れてたから」

あ、あった。
彼はそう言って机の中からまいう棒を手に取った。
何というか、究極のマイペースだと思う。

ちんは何してんの?」

私の前に立ちながらまいう棒を口に咥える。
そのまま私の手元を覗き込んで「ああ、今日の日直ちんだっけ」なんて呟いた。

「隣の席のやつ休みだっけ?」
「ううん。部活行ったよ」
「ふーん」

あ、興味なさげ。
顔を見ずとも分かる、紫原くんの表情。
そう言えば最近紫原くんと関わることが多くなったような気がする。
変なの。今までそんなに関わりなかったのにね。

図書館の一件から、私と紫原くんはよく一緒になることが多いと思う。
多分偶然なんだろうけれど。
そう言えば彼は何で私を知っていたのだろう。
彼は、紫原くんは目立つ。色々な意味で。
けれど私はどちらかと言えば地味な方で。
積極的なタイプじゃないから、目立つこともなかったと思うのだが。

「……部活、戻らないの?」

お菓子を取りに来ただけという彼のことだ。
目的のものは手に入れたのだからすぐにこの場を立ち去るだろうと思っていたのだが。
彼は何故か私の前の人の椅子を引いてそこに後ろ向きに、つまりこちらを向いて跨った。
ひとつの机を挟んだだけの距離。
思わず日直日誌から顔を上げると、彼はそのページを見下ろしながら口をもごもごと動かした。

「この間、室ちんとデートしたってほんと?」

大きく瞬きを2回。
私がそうする間も紫原くんはまいう棒を食べながらも日誌を見つめている。

「デートって、言うか」
「廊下、手繋いで歩いてたって。噂になったじゃん」

あれ、知らねーの?なんて彼は少しからかうように言った。
知らないわけがない。だってあの氷室先輩と出掛けた次の日。
私は友達に詰め寄られた。クラスの女の子からもチラチラと視線を感じて。
廊下を歩けばひそひそと話し声が聞こえて。
でもその噂はあまり大きくならなかった。
氷室先輩が有名だとしても、私のことを知っている人が少なかったからだ。
勿論私も否定をしたし、多分氷室先輩も否定をしたのだと思う。
だから思ったほど噂は広まらなかったし、私のところに何かを言いに来る人もいなかった。
ある意味助かったのだけれど。

「氷室先輩と出掛けたのは、前に紫原くんの前でも話してたけど、タオルのお礼に付き合っただけで」
「商店街ですげえ楽しそうにしてたって言ってった」
「誰が?」
「オレの友達」

そう、かな。
思わず口籠る。
確かに楽しかったかそうでないかと訊かれたら。
楽しかったと思う。
緊張して思うように喋れてなかったし、食べたブラウニーは美味しかったけどアイスティーは氷が溶けて薄くなっていて。
それでも、何でだろう、彼との時間は苦ではなかった。
私が表情を緩めたせいか、紫原くんは顔を覗き込んできて少し、何故かムッとしたような顔をした。

「日誌、書かねーの?」
「あ、書く」

本当にマイペースな人だ。
氷室先輩との話題を振ってきたかと思えば、今度は日誌を書かないのかとか。
それでも彼のことを疎ましく思ったり嫌いに思ったりしないのは、彼の雰囲気がそうさせるのだろうか。

「ねえちん」
「ん?」
「部活やんねーの?」
「うん。特には」
「なんで」
「家の事とか、あるし」

私は学校の近くにある親戚の家に居候させてもらっている身だ。
店を出しているため手伝いをすることもあるし、家の事をやることもある。
部活をすればもっと充実はするかもしれないが、これと言って興味のあるものがなかったと言うか。
正直なところ、こちらに馴染むために最初のうちは奔走していて、入り損ねたというのもある。

「じゃあさ、手伝いしてよ」
「手伝い?」
「マネージャーとか」
「…………」

大きな身体を曲げて机の上に顎を乗せた彼はもぐもぐと2本目のまいう棒を食べていて。
いつも見上げる紫原くんだけど、すぐそこに顔があるから表情は良く見えた。
無表情とも無気力そうとも、何とも言えない表情だった。

「その言葉、氷室先輩にも言われた」

その言葉に紫原くんがこちらを見上げる。

---

この間のデート…ああもう言い直すのが面倒だからデートでいい。
あの日の帰り道、家まで送ってくれた氷室先輩から出てきた言葉は予想外も予想外すぎる言葉で。

「今何て?」
「マネージャーにならないか?バスケ部の」

先輩の顔をまじまじと見る。
冗談を言ってる風ではなかった。

「何で、ですか」
「手際が良かったから」
「手際が良い子ならたくさんいます。私じゃなくたって」
「あとミーハーじゃないところ、とか」
「ふふっ、ミーハーな子はダメなんですか?」

思わず吹き出してしまった。
確かに彼ほどの容姿ならば引く手数多、女の子には不自由はしない事だろう。
その分、きっと私では想像も出来ないほどの苦労があって、苦しみを持っていて。
一概にミーハーな子が良いとは言えないけれど、私の友達にだってアイドルの追っかけをしている子はいるし。
その子はおしゃれにも手を抜かず、勿論それだけにかまけている訳ではなく。
頑張って両立させようとしている、という努力がある。
私には真似出来ない部分。

「ミーハーの子にだって努力する子はいます」
「知っているよ。ただうちの監督も許してはくれないだろうしね」
「そもそもに私、運動そんなに得意じゃないですし、バスケのことも詳しくありません」
「そういう事は後からでいいものさ。でもオレは、キミには素質があると思っているよ」

考えておいてくれると嬉しいな。
先輩はそう言って微笑んだ。


【あとがき】
ずばり今回のテーマはむっくんにマネージャーに誘われよう、です。
凄い唐突!凄いいきなり!
たかだか偶然が重なっただけで仲良くなった人ですけども。
でもきっかけって何がどうなるかは分からないですよね。些細なきっかけもいずれは。
むっくんにも、彼にも何か思うところがある訳です。

[2013/10/23]