部活の合間にトイレを済ませて、オレはふらりと教室の方へ向かっていた。
お腹空いちゃったししょうがないと思う。
折角手を洗ったばっかりだけど、まいう棒なら手は汚れないから問題ねーし。
前にポテチ食べた後にボール触ったら雅子ちんに凄い怒られたっけ。
痛かったな、あんときの一撃。

開けっ放しになっている教室の後ろの扉から中に入って思わず声が漏れた。
自分の席に座って後ろを振り返っていたのはさんで。

「紫原くん」
「びっくりしたー…誰もいねーと思ったのに」

言いながら当初の目的を果たすために机の中を漁る。
あ、この間のプリント奥でぺちゃんこになってる。

「忘れ物?」
「まいう棒机に入れてたから」

ようやくまいう棒を見つけて手に取る。
4本しか入ってなかった。足りないかもしんないし。
一つを開けながらさんの席に向かうと、日直日誌を開いていた。
ああそうか、今日彼女の当番だっけ。
そう思いながら日直担当の名前を見やる。
の横にもう一つ彼女の字で男子の名前が書いてある。
飯田…そう言えば居たかも、そんなヤツ。
本来ならペアで仕事をするはずなのに、彼女一人しかいなかったので聞いてみれば相手は部活に行ったと言う。
また彼女一人で全部引き受けてやってるんだ。

「……部活、戻らないの?」

オレが立ったままだったのが気になったのか彼女が不思議そうな顔をした。
何でだろ。彼女のその一言が突き放す言葉のように聞こえて。
確かにもう休憩は終わってるから戻らないとまずいけど。
何となくさんの前の席を引っ張って、彼女の方を向きながら跨る。
そう言えば訊きたいことあったんだよね、さんに。

「この間、室ちんとデートしたってほんと?」

彼女の目が大きく見開かれて少し大げさに瞬きを繰り返した。
さんのこういう表情見るの何回目だろ。
いつも驚いてばっかりな気がするし。

「デートって、言うか」
「廊下、手繋いで歩いてたって。噂になったじゃん。あれ、知らねーの?」

皮肉を込めて笑ってみると、彼女はちょっと困惑したような顔をした。
ああ、やっぱり流石に気付いてはいたんだな、と思う。
学校中でとまではいかないけど、うちのクラスの中では多少耳に付くほどには囁かれてたし。
室ちんに聞いたら「ああしたよ。出掛けてお礼をしただけさ」なんて軽く言う。
そう言うのが騒がれる火種になるって分かってるはずだけど、あの様子だと絶対面白がってたし。
そんな風に考えていると、彼女がタオルのお礼に付き合っただけだと弁明した。
分かってるし。オレが訊きたかったのは。

「商店街ですげえ楽しそうにしてたって言ってった」

オレは、先日友達から言われた言葉を思い出していた。
別に頼んでもいないのに、オレの友達はその日話題に上がってたさんと室ちんの事を話し出して。

『そう言えばお前さんと2年の氷室先輩の噂聞いた?』
『さあ』
『お前のとこの先輩だろー?まあいいや。俺昨日偶然見ちゃったんだけどさ、あの二人お似合いっつーか楽しそうに商店街歩いててさ』
『……』
『先輩エスコートするみたいにしておしゃれな喫茶店に彼女と入って行ったんだよ』
『へえ』
『そん時のさん、照れてたって言うか割と可愛かったかな。楽しそうに笑ってたんだよね』

その会話に何だかムカムカするような気持ちが湧いてきた。
何にムカついたのかよく分かんねーけど、なんか、イラっとする。
机に肘をついたまま彼女の方を見やる。彼女は友達とオレと同じような話をしているのか、 少し照れたようにはにかんで何かを必死に否定しているようだった。

『おーい、紫原ー?なんか顔こえーぞ?』
『うるせーし。ヒネリつぶすよ』
『うわ、お前のそれ久々に聞いたわ!』

コイツは何が楽しいのかケラケラと笑ってオレの台詞をからかう。
別に冗談で言ってる訳じゃねーんだけど。お望みならマジでヒネリつぶすし。
オレが睨んだせいか縮こまったヤツが「悪いって」と今度こそからかわずに普通に謝ってきた。
違う。オレがイライラしてるのはからかわれたからでも何でもない。
室ちんと彼女が楽しそうに歩いていたという方で。

楽しそうに、をわざと強調して彼女に問いかける。
するとさんはそうかな、なんてふにゃけた表情を見せた。
何それ。やっぱり室ちんとのデート、楽しかったってこと?
彼女の顔を覗き込めば何処か頬を緩めていて、それにもなんか、イライラする。
彼女が室ちんと出掛けようがデートしようがどうでもいいはずなのに。
心のどこかで、彼女と最初に親しくなったのは自分なのになんて気持ちが生まれてくる。
訳が分からない。

何だかイライラした気持ちが収まらず、誤魔化すようにさんに日誌を書くよう促した。
思い出したかのように再びシャーペンを握った彼女は残りの空欄を文字で埋めていく。
オレと違って綺麗な字だった。

「ねえちん」
「ん?」
「部活やんねーの?」

ふと気になったことを口にしてみた。
オレはただ"バスケをやってみたら得意だったから"バスケ部に所属しているが。
彼女は確か、雨の日昇降口で話をした時『部活やってない子は基本最後まで残されて鍵閉めなくちゃいけないから』と言ってた気がする。
つまり部活はやっていないという事だ。
しかし返ってきた言葉は「特には」と「家の事があるから」だった。
何と言うか、つまらない回答。
オレも割と面倒くさがりだと思ってるけど、それ以上だし。

「じゃあさ、手伝いしてよ」
「手伝い?」
「マネージャーとか」

次にオレの口から出たのは自分でもびっくるするほどの意外な言葉だった。
ただ何となく、接点のない彼女と多く時間を持ちたいと思ったからかもしれない。
何でそう思ったのかはよく分からない。
もしかしたら室ちんに負けたのが悔しかったのかもしれないけど。
何が悔しいのかとか、よく分からないのに。
でも、室ちんとは出掛けて一緒に喫茶店にまで行ったのに、それより前から話をしているオレとはただのクラスメイトのまま。
やっぱり負けてる気がするし。

口を閉ざした彼女の回答を待つべく持っていたまいう棒をもう一つ開けて口に咥える。
そのまま机に顎を乗せればさんの顔が良く見えた。
まあ、この体勢すげえ辛いけど。
学校の机と椅子、もっとデカく作るべきだし。
そんなどうでもいいことを考えていたら、彼女が視線をオレから逃がした。
そしてぽつりと。

「その言葉、氷室先輩にも言われた」

オレは何だかまた、胸がざわざわした。


【あとがき】
ちょっとずつちょっとずつ、自分の中にある気持ちの変化に気付いて。
その変化にだんだんと不安と苛立ちを覚えて。
今までそういう感覚に陥ったことがないからこその葛藤ですかね。

[2013/11/8]