「ああ、、それから紫原」

ノートを先生に提出した私と、教室を出て行こうとしていた紫原くん。
黒板を簡単に消し終えた先生は教卓に置いてあった教材と、それぞれ生徒が提出したノートを一纏めにして口を開く。

「すまんがこれを私の準備室まで運んでおいてくれないか?」

先生この後職員会議でな。と先生は少し申し訳なさそうに笑った。
教室を出て行こうとしていた紫原くんは「えー」と言いながらも教室内へ戻ってくる。

「その代わりと言っては何だが、これをお前たちにやろう」

他の生徒には内緒だぞ?と先生はそれぞれの手のひらにそれを乗せると、すまんが頼んだ。と言って教室を出て行ってしまった。
乗せられたものを見て、私は思わず苦笑してしまう。

「アン○ンマンのキャンディーって先生趣味悪いし」
「先生確か小さい子供さんいるって言ってたからね」
「ふーん」

早速とばかりに今貰ったキャンディーを開けて、紫原くんは口に放り込む。
すぐ手を付けるところは流石と言うか。
私はそのキャンディーを制服のポケットにしまうと、自分が持っていたノートを積み上げられたノートの山に乗せる。
そのまま持ち上げようと山の下に手を入れたところで、その上に紫原くんの手が乗せられた。

「…?」
「これはオレが持つし。ちんはそれ持って」

それ、と目で指示されたのは教材道具が入った箱。
私が返事を返す前に紫原くんはさっさとノートを纏めていて、慌てて教材の箱を持つとその後を追い駆けた。
重たいノートの方を持ってくれたのは善意なのか無意識なのか。
紫原くんの隣に並んでそっと横顔を覗き見てみたが、彼はまったく意に介した様子もなくのっそりと数学準備室を目指している。

「……」
「……」

股下のコンパスが長い紫原くんと、極々一般的な体型の私。
当然ながら紫原くんの歩幅の方が大きく、ちょこまかと少し小走りに紫原くんの横を歩く。

「ねえ紫原くん」
「なにー」

カリッと飴を噛み砕く音がする。
彼はただ前を向いたまま返事を返してくれた。

「何で断らなかったの?」
「何が?」

今度こそ紫原くんは横目で私を見た。
不思議そう、ともなんとも取れない表情をしている。

「男の子って、こういう頼まれごと?だいたい面倒くさいってやらないから」

私が勝手に抱く想像かもしれないけれど。
クラスの男子を見ていても思う。
多くの場合、頼まれごととかお願いとか。
「面倒くさい」の一言で跳ね除けられることが多く、話し合いの場でも大概女子が強く出ることが大半だったと思う。
勿論中には凄く真面目に取り合ってくれる男子もいるし、一概に全ての男の子がとは言い切れない。
しかしながら紫原くんは、正直自ら進んで何かを積極的にするような、そういう性格には思えなかった。
彼は目立つけど、どちらかと言えばあまり波風を立てないような、そんな風に見える。

「別に。ただの気紛れだし」
「そっか」
「それに、ちん。オレがもし手伝わなかったらどうするつもりだったわけ?」
「ん?」
「一人で全部運べないじゃん」
「まあ、その時は誰か他の人に頼めば」
「誰もやらないって言ったら?」
「その時は…うーん…」

余り深く考えてはいなかった。
純粋に彼が手伝ってくれたという事に驚きを覚えただけで。
だからまさか、そんなに食いついてくると思っていなくて。
その質問に私は困った。
もしあの時紫原くんが断っていたとしたら。
先生は別の生徒に頼んだかもしれないし、私も友達に手伝いをお願いしたかもしれない。
もしくは私一人で往復して、次の授業には差支えが出てしまうからクラスの子に言伝を頼むとか。
何かしらしたと思う。

ちんって」
「ん?」
「よくわかんない」
「へ…?」

何が良く分からないのだろうか。
口を開こうとしたところで、数学準備室に到着してしまって。
結局、彼の言う「よくわかんない」は訊くことが出来なかった。

「失礼します」
「ます」

誰もいない数学準備室だが、一言断わりを入れてから入室する。
(紫原くんのそれは断わりではなかったけれど)
両手が塞がっている私の代わりに扉を開けてくれた彼は、先に入室して扉を押さえていてくれた。
有難う、と一言告げてから戻すべき棚を探してキョロキョロと中を見回す。
準備室奥の机の脇にある棚。
そこの上から二段目に空きを見つけ、他の教材が置いてあることから戻すのはあそこだと確信し、そこへ向かう。
紫原くんはと言うと、既に先生の机の上にノートをどさりと置いていて、乱暴に机に乗せたせいか隣に積んであったプリントが崩れ「あらら」などと言いながらそれを元に戻していた。
くすり、と笑いを噛み殺して棚に向かい合った私は、何とか腕を持ち上げてそれを収めようとする。
すると。

「ぅわ!?」

ふわり、と足が急に地面から離れて身体が浮いた。
目線が高くなって戻すべき棚がすぐ目の前になる。
勿論私が魔法使いで身体を浮遊させたわけじゃない。
驚いて後ろを振り返れば、紫原くんが小さい子を持ち上げるように私の腰を掴み持ち上げていて、思わず「紫原くん!」なんて驚きの声が出た。

「戻さねーの?」
「や、あの、だっ」
「はやくー」
「は、はい」

どちらにせよ今やるべきことはこの手にある教材を戻すことだ。
私は前を向き直し、そっと棚に教材の箱を押し込む。
手に持っていたものがなくなると、足はようやく床に着いた。

「もう紫原く、」
ちんってほんとちっさいね〜」
「は、い?」

彼はそう言うとすぐ側にあった30センチ定規を手に取る。
何をするのかと思いきや、彼はそれを私の頭の上に乗せた。
私の頭はもう疑問符でいっぱいだった。

「なにして…」
「うわ、これ足してもオレの身長に届かねーし」
「……馬鹿にされてる?」

何が楽しいのか、彼はいつもより無邪気に笑っていて。
そう言えば、紫原くんがこうして笑う姿を初めて見た気がする。

「オレとの身長差、50センチくらい?」
「紫原くん身長いくつ?」
「2メートルは越えてたと思うよ〜」

細かい数字までよく覚えてねーし。
そう言いながら私の頭から定規を下すと、元の場所に戻す。
通りで、彼を見上げると首が痛くなるわけだ。

その後教室へと戻った彼は、先程までの雰囲気とは何処か違う気がして。
他の男の子と違うと思ったのは、私が彼に関わりを持ち始めているからだろうか。
それとも。


【あとがき】
言わずもがな!今回のポイントはズバリ「30センチ定規ぷらす」です!
もう副題にしたいくらいこの、うん。30センチ定規を当ててもまだ届かないむっくんまでの身長。
すみません私身長差って凄い好きで。好きで。好きで!!(理由はのちのち)
さて、気付いたかもしれませんが、むっくん、だんだんとヒロインにある感情を抱き始めます。
恋愛感情、ではなく…?お楽しみにって感じで。

[2013/10/21]