「私って多分、お人よしなんだろうな」

言わずもがな、今の状況を見れば10人中10人がそう答えるだろうと、そう思った。

紫原くんにタオルを返しに体育館まで来たら、美形さんに声を掛けられ、あれよあれよと言う間に連れて来られた体育館裏。
そこで彼に手渡されたのは愛の言葉を綴ったラブレターでも、花束の贈呈でもなく、大量のタオルが詰められた洗濯籠。
こちらの了承を得る間もなく残されたのはこれを干して欲しいという言葉と必殺スマイル。
そして今現在、それをご丁寧にも素直に干している私。
なんだろう、整理をしたら虚しくなってきた。

「まあ…暇だからいいけど」

ひとつ、またひとつとタオルを拾い上げてはパンパンと伸ばして洗濯ハンガーのピンチでつまんでいく。
やってもやっても終わらないと思えた作業はもう残り僅かなようで。
ようやく見えて来た終わりにホッと息を吐き出すと、今まで気にならなかったバスケットボールの弾む音が耳についた。
集中していたせいだろうが、急に耳につくようになったその音に、先程の紫原くんの姿が浮かぶ。
残念ながらダンクシュートを放つ彼を見ることは出来なかったが、あんなに凄まじい音がしたのだから、さぞ迫力のあるシュートだったに違いない。
勿体なかったなーと思いながらも最後になったタオルを掴み上げると。

「あれ〜、なにしてんの?」

デジャビュ。
そう言えばつい先日もこんな風なことがあったな。
そんな事を思いながら振り返れば、汗だくになった紫原くんがタオルで顔を拭きながらこちらに歩いて来ていた。
驚いている、と思うのだが、彼の表情の変化は極僅かでいまいち反応の濃度は分からなかった。

「え、っと。タオルを…干してる」
「んなの、見りゃわかるし」
「ですよね」

へら、っと誤魔化すように苦笑してみた。
でもやっぱり紫原くんの表情は殆ど変ることはなく、沢山干されたタオルを見た後、再び私に視線が戻ってきて。

ちんってまねーじゃーだったっけ」
「いいえ、違います」
「じゃあなんでそんな面倒くさいことしてんの?」
「た、頼まれた…から?」
「ふーん。ちんってりちぎだね」

なんか凄く痛いところを突かれた気がします。
でも外れてはいないのでもう一度誤魔化すように笑ってみる。
うん、紫原くんはやっぱり笑ってくれなかった。

「わ。もう終わりそうだね。やっぱりキミに頼んで正解だったよ」
「あ、仕事押し付けた美形さん」
「ん〜?室ちん?」

紫原くんに続いて出て来たのは先程の美形さんだ。
ちょっとした嫌味も込めて"仕事を押し付けた"と付けたのだが、彼は「悪い悪い」と笑いながら謝った。
なんだろう、罪悪感を覚えてしまった。

「まさか本当に引き受けてくれるとは思ってなくて」
「何度か放り投げて帰ろうかと思いました」
「うん。でもキミはそういうのしない子だって思ってたから。本当に有難う」
「………いいえ」

何だかこそばゆい感覚だった。
放り投げて帰ろうだなんて、9割が嘘だ。
確かに何してるんだろう自分、とは思ったものの、これを放り投げて帰ろうだなんて非常識な事は考えなかった。
と言うよりも、申し訳なかった。
別に急ぐ用事がある訳でもなかったし、これくらいの雑用、部活をしている彼らと比べればどうともない事であったし。
結果役に立てた、という事ならば、やはり嬉しいものだ。

「ああ、お礼は何がいいかな?」
「や、あの、いいです、お礼とか」
「そういう訳にはいかないよ。放り出さずに最後までやってくれたお礼」
「ただの雑用ですから、ほんとうに」
「その雑用さえまともにやってくれない人だっている。でもキミはやってくれた。ほら、凄いことじゃないか」

ね?と顔を覗き込まれて何故か頭を撫でられる。
恥ずかしい、という感情よりも、彼に告げられた素直なその言葉の方がなんだか嬉しくて。
私はススス、と顔を反らしてしまって。

「っていうか、オレ無視しないで欲しいし」

美形さんと私以外の第三者の、ちょっと不機嫌な声に私はハッと顔を上げて紫原くんを見た。
彼は何処かつまらなそうな顔をして、そしてちょっと拗ねているような怒っているような、そんな表情で。
こちらをじっと見ていたのだ。

「悪いアツシ」
「そもそもに何で室ちんとちんが話してんの?いつから知り合いだったの?」
「アツシ勘違いだよ。彼女とは今日体育館の前で会ったばかりさ」
「それなのに室ちんちんに雑用頼んだの?」
「うん。彼女なら最後までやってくれると思ってね」
「………ふーん」

面白くない、という表現はきっと今の紫原くんにぴったりなのではないだろうか。
何が面白くないのかは分からないところだが、不機嫌とも取れるその反応は、怒っているのかな?なんて思ってしまって。

「ほらアツシ。キミがそんな顔をするから彼女怖がってるよ」
「えっ」

怖がってる?
そんな顔をしていただろうか。
驚いて紫原くんを見れば彼は一瞬寂しげな目をして。
「別にいいし」と、そっぽを向いてしまった。

「あの」
「ああそうだった。お礼、決まった?何もないならオレにお茶を奢らせてもらえると嬉しいな」
「………へっ?」

まあお礼と言うよりはただの役得みたいになっちゃうけどね、なんて彼はおどけるように笑って。
それってデートじゃないんですか?えっ、そもそも私に掛ける言葉じゃないですよね?あれ聞き間違えた?
なんて半ばパニックになりそうな私は何度も瞬きをしていて。

「本当にキミって可愛いね」

くすくす笑う様でさえ絵になる美形さんを見て、からかわれたんだろうと思わず顔が熱くなる。

「てか、それって室ちんが得するだけでちんのお礼になんないじゃん」
「ははっ、バレた?」
「バレバレだしって言うかちんも嫌なら断らねーと、室ちんとデートになるよ?いいの?」
「や、それは」
「つーかお茶するんなら後で飲み物奢ればいいじゃん」
「それじゃあ面白くないだろう?」
「面白いのは室ちんだけだし」

やれやれアツシは手厳しいな。なんて肩を竦めた彼は改めてこちらへ向き直る。
なんとなく雰囲気がそうさせるのか、私も少し姿勢を正すような形になって。

「そう言えば挨拶が遅れたね。オレは氷室辰也。2年だ」
「あっ、えと、です。紫原くんと同じクラスで…よろしくお願いします、氷室先輩」

紫原くんと余りにも親しげに話すものだから同じ年くらいなのかと思ったが、彼は先輩だった。
先輩、と意識したせいか、やはり大人びた雰囲気があるなと思った。

「アツシが彼女を連れてるからびっくりしたよ」
「いやあの」
「彼女じゃねーし」

ぽつり、と聞こえた紫原くんの否定の言葉。
間違っていないし、私も否定をしようと思っていたけれど。

「(なんか少し、寂しい…?)」

そう言えば、私と紫原くんの関係ってなんだろう。
クラスメイト、友達未満?
友達と呼べるほど仲がいいわけではないし。
そう考えると。

「(私と紫原くんって、まだ出会って間もない…んだよな)」

同じクラスの目立つ人。
図書館でたまたま出会ったクラスメイト。
たまたま雨に降られて、たまたまそこに現れた彼が、たまたま持っていたタオルを貸してくれた。
ただ、一方的に知っていた。それだけの関係。

「………」
「そう言えばキミ、何かアツシに用があったんじゃなかったっけ?」
「えっ、あ、はい、そうだった!」

氷室先輩に言われて考え事を中断した私は、本来ここへ来た目的を思い出した。
そうだった。紫原くんにタオルを返そうと思ったんだった。
慌てて部室前に立てかけていた鞄から先程渡しそびれたタオルを掴み、もう一つ鞄からあるものを取り出す。

「紫原くん!」
「…んー、?」
「これ!有難う!」
「…わざわざ洗ったのー?本当ちんて律儀」
「流石にそのまま返すのは申し訳ないから」
「………どうも」
「あとそれから、これも」

のっそりと持ち上げられた手に袋に入れたタオルを載せる。
と同時に、そのタオルの上にバラバラ、と鞄から取り出したお礼を置いた。

「…チョロルチョコ…?」
「タオルのお礼と、図書館でのお礼」
「……あんがと」

しばらくまじまじとチョコを見ていた紫原くんだったけれど。
それを指で摘まんで、少し、笑った。

「(あの時の笑い方と似てる…)」

頭にタオルを乗せて、ちょっと乱暴に拭いた後に冗談だと言って笑った時の。
多分本当に些細なもので、ちゃんと見ていないと見落としてしまいそうなほどの変化。
氷室先輩のような微笑み方ではないけれど。
私はそれが。

「(……?私は、それが…?)」

今何を思ったのだろうか。
一瞬浮かんですぐに消えてしまったその言葉。
いや、感情と言ったらいいのだろうか。
どう表現したらいいのか分からないそれは。

「おーい紫原、氷室、そろそろ練習再開するぞ!」
「すぐ行きます!」
「あー…」

体育館の方から飛んできた声。
恐らく先輩のものなのだろう。
それに応えた氷室先輩と、今のは返事だったのだろうか紫原くんの応答。

「じゃあさん、また。お礼はまた今度させてもらうとするよ」
「や、あの本当にお礼とかそんな」
「約束は、約束。でしょ?」

ウィンクを残して氷室先輩は体育館へと戻っていく。
と言うか本当にキザだなあ。ちゃっかり名前を呼んでいるところも。
何というか、流石としか言いようがなかった。
そんな事を考えていると。

「…紫原…くん?」

ポス、と頭に乗った彼の大きな手。
何事かと思いきや、紫原くんはその手をわしわしと、この間頭を拭いてくれた時のように手を動かした。
ただ少し違ったのは、その時よりも優しく頭を撫でていて。

ちんって隙だらけだよね〜」
「え」
「でもヒネリつぶしたくなんねーし」
「ん?ん??」

ヒネリつぶす?何やら物騒な言葉が聞こえたような。
そりゃあ彼の大きな手に掛かれば、私なんてまさしく赤子の手をひねるも同然でヒネリつぶせるだろうが。
しばらく彼は撫でているのかただ髪をかき混ぜているのかよく分からないそれをした後、ようやく手を下してくれた。
ああ、多分髪の毛ぐちゃぐちゃだ。

「じゃー。またね、ちん」
「え、と?うん。あ、部活頑張ってね」
「おー」

やる気があるのかないのか。
彼はそんな返事を残してその場を立ち去った。

「何だか今日は変な日だったな」

でも嫌な気はしなかった。
と、思ってしまったのは、何でなんだろう。


【あとがき】
チロ○チョコじゃなくてチョロルチョコにしてみた。
一応原作の方でも色々誤魔化してるっぽいからな(笑)
ポイントは、ヒロイン側の視点からは分からないかと思いますが、まあ頭わしわしですかね。
しかも可愛いと思って撫でたとか、そういうのじゃなくて。無意識に触りたくなったという方です。

[2013/10/19]