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ザーと、体育館の屋根を叩く音が響いていた。 雨が降り出したのかと、ちゃんとそれに気が付いたのは休憩に入ってから。 「……やべ、お菓子なくなっちった」 汗がぽたりと顎から伝い落ちて、それを先程まで使っていたバスタオルくらいの大きさのそれで拭く。 がさごそとカバンの中身を漁っていると、室ちんが「アツシ何探しているの?」と覗き込んできた。 「お菓子」 「さっきの休憩時間も食べてたのに?」 「足りねーし」 「でも、入ってなさそうだね」 室ちんはくすりと笑って同じようにタオルで汗を拭っている。 今日は雅子ちんの指示でオレたちは今全員ユニフォームを着ていた。 だから室ちんともお揃いのものを着ているし、他の人たちも同じものを着ている。 汗を掻いたばっかりだから、肩が出ていると少し寒い。 室ちんもそうなのか、タオルを体に巻いたまま、汗を拭いているようだった。 「多分教室にまだあるし。取ってくる」 「え、今から?」 「うん」 「あと10分くらいしかないよ?」 「いいし。遅れたらお菓子食べてましたって言うし」 「アツシらしいね」 いってらっしゃい。 ジャージを羽織ったオレの頭に少し小さめのタオル(多分これがふつーのタオル。しかもオレの)を乗せて室ちんは手を振った。 オレもそれに振り返して、体育館を出る。 体育館を出て吹き曝しの廊下を歩く。 屋根があるから濡れねーけど、両脇はがら空きだから両端は濡れていた。 あんまり濡れるとバッシュがうるさいからなるべく真ん中を歩く。 「…雨すげーし」 見上げた空はもう真っ暗だった。 それもそうか。もう19時になるし。 空を覆う黒い雲から雨がとめどなく降り落ちる。 常々、バスケ部で良かったと思う。 だって、屋外でやる部活は雨の日は出来ねーし。 --- ほとんど明かりのない校舎の中を心許ない蛍光灯の光だけで教室を目指す。 ようやく自分の教室に辿り着くと、オレはロッカーの中に入れてあったポテチを一袋掴んで、来た道を引き返した。 こんな中誰か人に遭遇したら、多分驚くだろう。 何せこの身長で頭にタオル。 妖怪なんて言われたら面白いかもしれない。 どうでもいい事を考えながらようやく昇降口まで戻ってきた。 ふと、耳にばしゃばしゃと何かが跳ねるような音が聞こえてきた。 顔をあげて音の方を見れば、誰かが校庭から走ってきているようだった。 雨の中走るなんて足に泥が跳ねるかもしれないのに。 そんな事を思っていると、その人物はこちらの昇降口の方に走ってきていて。 ぱしゃり。 手前の水溜りでも踏んだのだろうか。 走ってきた人物はようやく軒があるここまで辿り着くと、張り付いた髪の毛を手で払った。 「うあー…靴の中までぐちゃぐちゃ…」 何処かで聞いたことがある声だと思えば、それは同じクラスのさんの声だった。 すんなりと名前が出てきたのは、多分この間図書館で見かけたからだと思う。 「あれ、ちん」 「?」 オレが暗がりから声を掛けたからだろうか。 彼女が少しびっくりした様子でこちらを伺い立てる。 ああ、ここ暗いから顔が分かんねーのかも。 目を凝らしているのが見えて、オレも昇降口の方に出る。 彼女はオレの姿をまじまじと見て、目が手に持っていたポテチで止まる。 これはオレのだからやんねーし。 そう思いながらも、オレもさんを上から下まで眺める。 この土砂降りの中何処からか走ってきたのか、一言で言うならずぶ濡れだった。 ワイシャツが肌に張り付いて肩が透けている。(でもベストは着てるから下着は透けてなかった) 「ぶふっ」 「風邪ひくし」 オレ割とじょーぶだけど、女の子はそうじゃないっていつだか姉ちゃんが言ってた気がする。 傘を忘れた姉ちゃんを迎えに行った時、オレがデカすぎて姉ちゃんが傘からはみ出てて。 「私濡れたら風邪引いちゃうじゃない!女の子なんだよ!」とかって言ってたっけ。 オレあんまし風邪引いたことないから分かんねーし。 室ちんに乗せてもらったままだったタオルを彼女の頭に乗せて拭いてみた。 なんか黒ちんみたい。小さいところとか。 わしわしと髪を拭いてるとタオルの隙間からこっちを見てるさんと目が合った。 屈んで彼女を覗き込むと、その目が大きく見開かれる。 何て言うんだっけ。加虐心?うーん。ちげーし。 なんか良く分かんねーけど。 「なんか小動物みてーだし」 犬って小動物だっけ。 でも犬って感じじゃない。 取りあえず小さい生き物。 あ、オレからしたらみんな小せえけど。 「むらさき、ばらくん…」 「なにー」 「部活帰り?」 「ううん、ちげーし。休憩中。お菓子なくなっちゃったから教室まで取りに行ってた」 そうだった。オレお菓子食べないといけないんだった。 さんの頭から手を下してようやくポテチを開ける。 のり塩だと手がべたべたするし。コンソメ味のやつ。 まあこれもべたべたするけど。 「ちんは忘れ物?」 まさかこの雨の中オレと同じようにお菓子を取りに来た、なんてことはないと思う。 案の定彼女は折り畳み傘を取りに来たと言って苦笑した。 「ふーん。っていうか帰り遅いね」 「図書委員の仕事。部活やってない子は基本最後まで残されて鍵閉めなくちゃいけないから」 「へー。大変そう」 図書委員の仕事とかどうでもいいし。 でも、それを真面目にやってるさんは多分、本当に真面目なんだと思う。 だってオレには出来ねーし。やりたくもねーし。 バスケ部かと訊かれてそうだと答える。 そう言えば彼女にあの時拾ってもらった入部届でオレはバスケ部に入ったっけ。 「遅くまでやってるんだね」 「まーねー。監督厳しいし」 いけね。そう言えばもう休憩終わってるかも。 当たり前だけど練習中にはポテチ食えないから今のうちに食べておかないと。 オレがポテチを空にするのと、さんが「あっ、たおる…」と声を出したのは同時で。 「いいよ〜。オレまだ予備持ってるし。つーか使い掛けだったし。あ、使い掛けとか嫌だった〜?」 意地悪じゃないけど、何となく彼女の反応が気になった。 冗談のつもりで使い掛けなんて言ってみたけど、彼女はただ首を横に振っただけだった。 嫌な顔をもしない、そんな事ないよ、と言っているような。そんな。 「じょーだんだし。まだそんなに使ってないから。さっき頭に掛けただけ」 変な子だと思った。 男が、明らかに汗を拭いたとも思えるそれで頭を拭いたら。 普通女の子は怒るものなんじゃないだろうか。 脱ぎっぱなしにした服を置いとくと、母親が怒ったように。 何だか調子が狂う。そう思った。 その後彼女とは昇降口で別れてオレは部活に戻った。 案の定部活は既に再開されていて、オレは雅子ちんに竹刀でどつかれた。 (雅子ちんごめんねって言ったのに、監督と呼べとかまた怒られた) でもオレはイラついたりしなくて。オレが不機嫌にならなかったのは。 「(うーん?何でだろ。ポテチ食べたからかも)」 そう思っていた。 |
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【あとがき】 とりあえずもう一言で表すとザ・マイペース(笑) むっくんて話題がコロコロ変わりそうだなって思います。目についたもの、気になったもの、どんな状況でもすぐそっちに目が行く。 子供っぽくて、でも不意に見せる表情は大人っぽくて。思春期独特なんだろうか、こういうのって。 青春て、いいよね!← [2013/10/21] |