「おはようございますッス!」

今日は学校が休みの日曜日。
けれど勝利を譲らない海常高校の男子バスケ部は休みではない。
今日も今日とて練習に練習。
スポ魂なんて柄じゃないのだが、はたから見ればそう映るのだろうか。

体育館へ顔を出せば、そこには幾人かの先輩と一年がいるだけだった。
それもそうか。まだ練習が始まるまで1時間くらい時間がある。

「おっ黄瀬!良いところに来たな!」
「ッス。何かあったんスか?」

バッシュに履き替えてコートの方へ足を踏み入れると森山先輩がニヤニヤしながら近づいてきた。
うーん。嫌な予感しかしないんスけど。
ちらりと見やった顔は何と言うか。うん。

「実はな、昨日帰りにゲーセン寄ってさ」
「へえ。オレしばらく行けてないッスねえ」
「んじゃあ今度行こうぜ、ってそうじゃなくて。思いの外好調でさあ、土産持ってきてやったんだよ」
「えっ、まじッスか!」

そう言ってがさごそと手元の紙袋を漁る先輩。
持つべきは先輩ッスよね。お菓子か何かを貰えるのだろうか。
わくわくと出てくるものを待つ。のび太くんが道具を出してもらう時の気持ちってこういうものかもしれないなんて思っていると。

「じゃーん!もうこれ絶対お前に似合うと思って!」
「ん…んん??」

先輩が差し出したのはビニールに包まれたTシャツだった。
Tシャツはまあいい。変なヌイグルミより断然嬉しい、のだが。

「なっ、何なんスかこれっ!」
「何っていわゆる『おもしろTシャツ』だろ?」
「だ、だっ、だからってこの!!よりにもよって何でコレなんスか!!」

そう。オレに差し出されたTシャツは先輩の言う通り文字が書かれているおもしろTシャツ。
問題はそこに書かれている文字だ。
白地に黒のゴシック文字で書かれた『童貞』の文字。
もう少しマシなのあったっしょ!?と食って掛かりたくなる。

「いーからいーから!ホラ、早く着ろって」
「嫌ッスよ!」
「先輩の言うこと聞けないってかーオイオイ」
「脅されても嫌ッス!!」
「何だよどうせまだ童貞なんだろ?」
「そ…っ、そうッスけどそう言う問題じゃっ!」
「へー。まだヤってなかったんだ。ちゃんと」
「ッッ!!」

思わず彼女の名前を出されて黙る。
オレには彼女がいる。
目に入れても痛くないくらいの文句なしの可愛い彼女だ。
(と、前に惚気たら笠松センパイに蹴り飛ばされた)
そして彼女はバスケ部のマネージャーなのだ。
当然先輩たちはオレたちが付き合っていることを知っているし、その事でからかわれる度彼女は顔を赤くする。
もうそれが可愛いのなんのって!って、今はその事じゃなくて。

実を言うとまだ彼女とは手を繋いでキスを少ししただけの関係だ。
部活中に言ったら笠松先輩、これだけで顔を真っ赤にした挙句多分どやされるから言わないけど。
だから森山先輩の言う通りオレはまだ童貞だし、間違ってないッスけど。でも。

「ほ、本当カンベンしてくださいッス!」
「いーじゃねーかよ。モデルなんだからこんくらい余裕で着こなせるだろ?ほらほらシャツ脱げー」
「ぶわっ!ちょ、先輩マジストップ!ストップ!!」
「お、お前また腹筋割れた〜?何だよイイ体してんじゃねえの」
「やめ!マジいま鳥肌立ったッス!!何処さわっ…て!!」

まじでやめてくれ。
今日は普通に部活があるため彼女も当然ここに来る。
まだ来てないけれど。それも時間の問題だ。
森山先輩の拘束をほどこうにもなかなか外れない。
ああもう!何なんッスか!こんなの着たところを彼女に見られたらどう思われるか!!

「おはようご…ざ、い…ま」
「あ、おっはよ〜ちゃん!今日も可愛いね〜」
「ッあ!っち!?」

声が聞こえて慌ててそちらに顔を向けると、制服姿のっちがいた。
ああ今日も可愛い。天使。って、そうじゃなくて。
てか先輩オレの彼女口説かないで欲しいッス!
って、だからそうじゃなくて!

「ちょっ!先輩マジで離して、ッ」

オレの首を絞める勢いで羽交い絞めしている森山先輩の腕を叩く。
彼女にこのTシャツを見られるのは嫌だし何よりオレ裸だし。
あられもない姿をしていたせいか、彼女がスッと目線を外した。
彼女の頬が少し赤い。

「な、何してるんですか…?」
ちゃん赤くなってる?うわ、可愛い!」
「だーもう!先輩!!」

それはオレの台詞ッスよ!取らないで!と更に暴れた。
すると首に引っ掛かっていたシャツが下ろされて、ついでとばかりに片方の腕が袖を通っていた。
いいぞ、と離された時には片腕だけTシャツに入れてる不自然な恰好になる。
ああやべえ何これオレすげえダサくね!?
ようやくこちらを彼女が見やる。
いや、正直今の恰好を見られたくない。
一応嫌々ながらにも中途半端は嫌なのでもう片方も腕を通してみる。
彼女の目が、オレのシャツを見た。死にたい。

「…………えと、」
「オレからのプレゼント。どうどうちゃん。似合ってるよね?」

ちくしょう先輩マジ楽しんでやがる。
ぎり、と歯を食いしばりながらも、彼女の反応が気になるので表情を窺ってみた。
彼女はいつもとあまり変わりない無表情に近しい状態でしばらくじっとオレの姿を見た後。

「まあ」

それだけだった。
正直その答えに脱力しそうになる。
まあ、って。それだけ?
童貞という言葉を理解していない?いやいやまさか。
仮にも高校生だろう。いやまあ確かに性教育については既に習ってはいるところだろうが、童貞が云々とかそう言う話はしないか。
それにしても。反応が薄すぎる、ような。
大袈裟に騒がれなかったことに安堵はしたが、何処となく物足りないような。
そんな気持ちになる。

「あそうだ。実はちゃんにもあるんだよ、お土産」
「えっ?」

がさごそと、再び先輩が紙袋を漁る。
って言うかいくつ景品取ってきたんだこの人。
いやそれよりも、何を出そうと言うのだ。
今度こそヌイグルミか?それともストラップ?お菓子?
まさかオレと同じようなおもしろTシャツだなんて言わないッスよね!?
『処女』なんて書いてたらオレまじでぶっ飛ばし――

「これ!」

じゃーんなんて再び効果音を付けながら取り出したのはやはり透明のビニールに入った服のようで。
オレはどうにかしてそれを阻止しなければと思っていたのだが、それよりも早く先輩が封を開けてしまった。
中から出てきたのは…普通の、パーカー…?

「どうどう?可愛いっしょ?」
「……はい。デザインも可愛らしくて」

そう言ってっちが先輩の手からそれを受け取って広げる。
薄桃色の柔らかい色をしたパーカーは、背中に黒の猫のしっぽが描かれていた。
前にはワンポイントでリボンのマークが胸元に入っているだけで、それ以外は至ってシンプル。
ぶっちゃけ普通に可愛いものだった。
って言うかオレとの扱いの差酷くねッスか。

「じゃあ着て着て」
「いいんですか?いただいて」
「もちろんだよ!ちゃんに着て欲しくて」

ハッ!
何だか力が抜けて呆然としていたが、気付けば森山先輩が彼女にパーカーを着せているところで。
ああもう!何人の彼女に勝手に触ってるんッスか!しかもプレゼントまで!
そう思いながらも見る間に彼女が制服の上にパーカーを羽織る。
少し大きいのか手が指先までしか出てなくて、スカートも裾を少し残すほどまでしかなくなって。
なんて言うか。

「おお萌えっ!」

まさに先輩の言葉を借りるならその通りだった。
これは、萌える。
彼女はそうですか?なんて言いながら裾を気にしてみたり落ちてくる袖を摘まんだりしていて。
やばい。これはやばい。

「ちょ、先輩マジでいい加減に」
「で、最後の仕上げがこれなんだよな」
「?」

オレが腕を伸ばすのと先輩がっちの背中側に回るのは同時で。
伸ばした手が空を切ると、先輩がオレを見てニヤリと笑う。
次の瞬間、先輩が彼女の頭にフードを被せた。そう言えばフードが付いていたっけ。
しかしそのフードが問題だった。
ぴょこん、と彼女の頭の上に立つ二つの三角形のもの。
猫耳だった。

「やばっ、こりゃ激萌えだわ!」

思わず手を伸ばしたまま固まる。
彼女からは猫耳が見えないせいか上目遣いに虚空を仰いでそれを見ようとしていて。
それからちょこんと手を伸ばして耳に触れる。
その仕草に思わずキュンとする。

「つー訳でちゃん」
「は、はい…」
「『にゃん』って言って?」
「は?」

思わずオレが声を出した。
お前じゃねえよ、なんて先輩が言う。
いや、オレじゃないのは判ってるけど、そうじゃなくて。

「え、と」
「あと『にゃー』って言いながら猫のポーズとか!」
「いやいやいや、それは駄目ッスってば!」
「だーかーらー、お前じゃなくてだな」
「にゃあ、とか、言ってどうす」
「おおお!?ちょ、もっかい言って!!!」

森山先輩がっちの前に立ったオレを突き飛ばして彼女に詰め寄る。
って言うか今マジでにゃあとか言った。やだ何それむっちゃ可愛い。
ああだからそうじゃないッスよオレ!

っち、ごめん」
「え…――っ!?」
「ってオイ!!黄瀬ェー!!!」
「部活始まる前には戻るッスからっ!」

我慢出来なかった。
オレは彼女を抱き上げて腕に抱える。
そして体育館を飛び出した。
びっくりした彼女はオレのシャツを申し訳ない程度に握って。
ああもうそんな不安そうな顔しなくたって落としやしないのに。
オレは先輩が追ってこないよう校舎の裏まで逃げてきて、壁を背にして隠れる。

「りょ、うたくん」
「ああごめんッス。大丈夫だったッスか?」

顔を上げた彼女がフードの下から上目遣いでこくりと頷く。
なんつーか、やばい。可愛い。
抱き締める腕に力を入れてそのままオレは壁伝いにしゃがみ込んだ。
膝の上に彼女を下すと、体勢を崩しかけてオレの肩をぎゅっと掴む。
どうしよう、オレの心臓壊れそう。

「いいの?先輩…」
「いいんスよ。だって、っちのこんな恰好。他の誰にも見せたくない」
「っ」

フードで顔が少し隠れているので背中を丸めて覗き込む。
彼女の目が大きく見開かれて、その可愛らしさに自分の頬が緩むのを感じた。

「りょ、涼太くんのTシャツは面白いね。さっきは何となくコメントし辛かったんだけど…」
「っげ、そうだったッス…これ…その、」
「似合ってる、よ?」
「嬉しくないッスよぉ…」

はあとため息が漏れる。
彼女とオレとのこの差。イジメにしたって酷すぎると思うッス。
くすくすと笑うっちに思わずむくれてみる。
それに気が付いた彼女が表情を変えてごめん、なんて謝るけど。
苦笑交じりで絶対ごめんって思ってない。

「でも、っちのコレは反則ッスよ」
「え」
「猫耳。可愛すぎてオレどうにかなりそう」
「え……っと、」

彼女の呼吸が一瞬乱れた。
数度瞬きした後オレの顔を見れなくなったのか目を反らして。
だから、そういう仕草が。

っち、」
「な…ンっ」

視線が戻ってきた不意をついて唇を奪う。
フードがだいぶ深く落ちてきているので、はたから見ればオレがフード被ってるところに顔突っ込んでいるようになっているだろう。
慌てて目を閉じた彼女の睫毛がオレの頬を掠めてくすぐったい。
薄目を開けてっちを見れば必死にオレに合わせてくれているようで、それがなんとも言えなくなる。

「っ、りょうた、く」
「ん、だって可愛いっちが悪いッスよ」
「か、可愛いのはこのパーカーで」
「まーたそう言う。もう少し欲張っても良いんじゃないッスか?女の子なんだし」
「よく、ばる?」
「そッスよ。可愛いって、彼氏のオレが言ってるんだから、さ」

フードの隙間から手を差し込んで首裏へ。
固まっている彼女を再び引き寄せて唇を食む。
後ろへ下がろうとするのを、もう片方の手を腰に回して阻止。
とうとう逃げ場をなくしたせいか、今度はぎゅっと服を掴んできて。
何気ないその仕草がたまらなく愛おしい。

「っん、は…」
「あはは、ごめんッス。ちょっと苦しかったッスか?」

オレの胸に押し付けるようにして彼女を抱き締める。
くた、っとした彼女は少し呆然としていて。
本当はもっとしたいし、今以上に凄いのだってしたいし、その先も。
ああ、普段より何割か増して可愛く見えるのはやっぱり猫耳マジックと言うか。
……そう考えるとオレの服萎えるッスね。

「好きッスよ、っち」
「う、ん…私も、すき、です」
「…あーもう、可愛いッス。ねえ、」
「?」
「もう一回、言って」

部活が始まるまであと数分。
彼女との時間が終わってしまうのは惜しいけど。
これで今はおしまい、と最後に軽く口付けて彼女と一緒に体育館へ戻る。







そう力説した先輩にオレは脱いだ童貞Tシャツを投げつけた。
ちなみに、いつの間にか来ていた笠松先輩は『残念なイケメン』のシャツを着せられていて。

(オイてめえ森山ァ!ふざけんな何だこれシバくぞ!)
(いやーこれ黄瀬に着せてもちっとも面白くねえからさー。お前にと思って)
(何がオレにだざけんな!)
(黄瀬が着てもただのイケメンだからな)
(よーし口を閉ざす気がねえンならコイツを口にぶち込んでやるよ)
(先輩、ボールは流石に死んじゃうと思います。こちらを)
(ハリセンとかどっから持ってきたのちゃん!でもそんな所も萌えッ)
(歯ァ食いしばれェェェェ!!)


【あとがき】
海常ってテンポ良さそう(笑)
でもって黄瀬に「残念なイケメン」Tシャツ着ても本当ただのイケメンになりそうだから「童貞」にしてみた。
猫耳パーカー。今や海外の有名人が着てたりと割とカワイイのあるんですよねえ。
私も欲しいなあ。
とりあえず、猫耳は万事どんな時も萌えである!by管理人
ところで森山先輩ってどんな人…。彼こそ残念なイケメンなんだろうけどもさ。

[2013/11/12]