カチコチ、と時計の秒針が進む音と、はらり、と彼が本の頁を捲る音。
ちらりと私の斜向かいに座る彼に、本を読むふりをしながら目線を投げてみる。
うん。さっきとまったく変わらない体勢で真面目に書籍に向き合っている。

そんな私は現在、テツ君の部屋でデートの真っ最中、である。

ボクの部屋に来ませんか。
と、そんな嬉しい言葉を掛けられたのはつい昨日のこと。
珍しく部活が休みの土曜日。元々その日は出掛けようかなんて話をしていたのだけれど。
生憎と明日は雨だと言うことを天気予報で知り、それでも折角テツ君と二人で遊べる日だから勿体ないし。
なんて、金曜日の放課後彼と二人でどうしようかと話し合っていたのだが。

「それならボクの部屋へ来ませんか。雨でも気にならないでしょうし」
「…っえ、いいの?」
「はい。折角のオフですから、貴女と時間を持ちたいです」

うわあ、と思わず頬が熱くなる。
彼は今物凄い言葉をさらりと言ってのけた。
火神くんなら絶対どもって噛みそうな台詞だ。

「あ、じゃあ。本…」
「ああ、以前言っていた、推理物の?」
「うん。面白かったからって」
「そうでしたね。じゃあボクの部屋で読書しましょうか」

前にテツ君が「さん好みの本があるんです。推理物の」と言っていたのを思い出して提案してみた。
どうやら彼も憶えててくれたみたいで、ちょっぴり嬉しくなる。
テツ君はなかなかの読書家で。それも幅広いジャンルの本を読んでいるらしい。
かく言う私は読む本に対してえり好みはするものの、これだと思ったら読書に熱中してしまうタイプ。
そんな彼とは読書の趣味が昂じて知り合って、今に至っていたりする。
とは言え、テツ君ほど熱心に読書に没頭するってほどでもないけれど。

デート当日、通された彼の部屋に入って、失礼にならない程度に見回す。
飾り気のない、言葉を変えれば彼らしい部屋の内装。
そして立派な本棚にずらりと並べられた本が、彼が本当に読書家なんだなという事を物語った。
ハードカバーから文庫本まで大きさや巻数ごとにきちんと並べられている。
何と言うか、こういうところが彼らしいと思う。
くすりと笑ったからか、テツ君が「どうかしました?」なんて顔を覗き込んできたけど、「素敵なお部屋だなって思っただけ」と誤魔化しておいた。

「お茶を持ってくるので、コタツに入ってて下さい」

コートをハンガーに掛けてくれた後、彼はお茶を持ってくると一度部屋を出た。
その間に言われたコタツに足をそっと入れてみる。
温めておいてくれたせいかそこはぽかぽかとあったかくなっていて、冷えていた足先がじんわりとしてきた。
幸せだなあ、なんて。そんな小さな幸せを噛み締めながら彼の部屋をぐるりと見渡してみる。
ふと机の上に置いてある写真立てが目に留まった。
今の誠凛とは違う学校のユニフォームを着ている。一緒に写ってる人たちも私の知らない人ばかり。
あそこには、私の知らないテツ君がいるんだ、とぼんやり考えていると。

「中学の、帝光中の時のバスケ部で撮った写真です」
「うわあ!!」
「…すみません。随分熱心に見ていたので」

突然隣から聞こえた声に驚いて悲鳴を上げてしまった。
いったいいつ部屋に戻ってきたのだろうか。気付かなかった。
テツ君の影の薄さには慣れたはずだったのに。
いや、それとも私がそれだけぼんやりしていたのか。
私の前にコトリ、とお茶の入ったグラスを置いてから彼は本棚に向かってひとつ文庫本を掴んでコタツの斜向かいに座った。

「これがボクが言っていた本です」
「有難う」
「ストーリー展開が割と早めなので、さんもすんなり読めると思いますよ」
「やっぱりこうポンポン進んでいくとつい手が止まらなくなる、あの感じが良いよね」
「ええ。スピード感があってあっと言う間でした」

そう言いながら彼は別の本を手にしていた。
どうやら彼はその本を読むらしい。栞を挟んでいたところを開くとスッとテツ君の顔が引き締まる。
なんて言うか、こういうところも好きだなあ、なんて思う。
さてと。
私もテツ君にもらった本を開き、二人して読書タイムへと突入した。

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どのくらい本に没頭していたか判らないが、ふと顔を上げた時に見えた窓の外では相変わらず雨が降っていた。
テツ君の家にお邪魔した時より外が若干暗くなりかけている。
何時だろうと壁に掛かっていた時計を見ればもうすぐ17時だった。
結構な時間、読書に集中していたと思う。
実際、読み始めてからずっとテツ君と私は無言でひたすら本を読み耽っていた。

私はちらりとテツ君を盗み見る。
彼は相変わらず微動だにせずその本と真剣に向き合っていた。

不意に、今まで身動ぎせず読書をしていた彼が動きを見せた。
本を持っていた手を持ち替えて、私の角度から彼の表情が少し見えるようになる。

かなりの早いスピードで上下に動く瞳。文字を追っているのだろう。
瞬きをする目。睫毛長いなあ。
時折動く唇。考える素振りをする時彼は唇に指先で触れる。
その仕草に私は思わず見入って、その後慌てて目線を反らした。

「(なんて言うか、い、いろっぽ、い…)」

意識してしまったせいかドキドキしてきて、思わず顔を本で覆う。
思えば彼とキスをしたことはあるもののまだ指折り数えられる程度。
こうして部屋に招かれたのは初めてだけど、この数時間二人してずっと読書だ。
二人っきりの空間ではあるものの、デートと呼ぶには程遠いような。そんな雰囲気。

そんな邪なことを考えていたせいか、すっかり私の読書に対する集中力は途切れてしまって。
今度は暖かなコタツに眠気を誘われてしまった。
しかし、仮にも。何の展開がなかったとしてもデート中だ。
そんな時に眠ってしまうなんて失礼にも程があるのではないか、と考えはするものの。

「(ねむ、い…)」

落ちてくる目蓋。
次第に力の抜けていく体。
駄目だと分かっているのに。

結局、私は睡魔に勝つことが出来なかったのだ。


【あとがき】
続きます。

[2013/11/10]