ぬらりと、大きな何かが動いたような気がした。
ふとそちらに顔を向けてみれば、大木…ならぬ、制服を着崩した千歳千里が中庭を横切っていくではないか。
現在時刻昼休みが終わる10分前。
次の時間はオサムちゃんがお休みなので自習のはずだ。つまり千歳が行くところは。

「裏山か、」

千歳は時折、否、しょっちゅう何処かへふらりといなくなることが多い。
あの放浪癖にはバイブルと呼ばれる白石の予測を持ってしても把握することは難しく、マネージャーである私もいつも大変困らされている。

「……つけてみようかな、」

千歳の隠れ場所を知っておくのはマネージャーとして必要な事だ。
更には私と千歳は同じクラス。つまり私も次の時間は自習なのである。
真後ろにある下駄箱で靴に履きかえて、私は千歳の後をつけることにした。


***

「うう、蜘蛛の巣…」

裏山といえど、遊び場ではないため舗装されている所は少なく、入口こそちゃんとした足場もあったが、途中から千歳が道を外れたために私まで雑木林に足を突っ込む羽目になった。
わさわさと伸びきった木の枝をかき分けながら、なんとか千歳を追いかける。

(千歳が大きくて良かった。あの大きさなら見失わないし)

のそのそとひたすら目的地を目指して進む様は、まるで秘密基地へ一直線な子供のようだ。
しばらくそのまま千歳を尾行していると、葉を掻き分ける音がしなくなった。
慌てて私も動きを止めて先を覗き込むと、開けた丘のようなものが見えた。
まるで映画のワンシーンに出てきそうな風景の中に、ぽつんと大きな樹が立っている。
千歳に見つからぬよう音を立てずに近くの草陰に身を隠すのと、千歳がその樹の根元にしゃがみ込むのは同時だった。
しばらくそんな千歳を見ていると、千歳はうつらうつらと船をこぎ始めた。
それをチャンスとばかりに私は草陰から立ち上がると、こっそりと背後に回ることにした。 

「………」

後ろからそっと覗き込んだ千歳は、口を薄く開いたまま眠っていた。
身体は凄く大きいから普段はとても大人びて見えるが、こうしてみると意外とあどけない。

「起こすの勿体ないけど…」

マネージャーとして、サボりは見過ごしておけない。
しばらくそんな葛藤を繰り返していると、ふと頭上でガサッという音がして葉が一枚落ちてきた。
風で揺れた音とは違うそれに顔を上げれば、そこには3匹の猫の親子。
可愛いな、なんて思わず頬が緩んだが、直後最後尾についていた子猫の1匹が乗っていた枝から落ちてしまった。
思わず体が動き、腕を伸ばしたところにちょうど子猫は落下してくれた。
がしかし、千歳のほぼ頭上に落下してきた子猫を捉えたために反動で体が傾いてしまう。
ぎゅっと腕の中の猫ごと体を丸めると、私はそのまま眠っている千歳の上に倒れこんでしまった。

「っ!?」
「…っっ」

恐らく下敷きにされた千歳はさぞ痛かったことだろう…。
そっと目を開けると、目と鼻の先に目を見開く千歳が見えた。
どうやら千歳をほぼ押し倒す形で体の上に倒れたらしい。
急に起こされた驚きと、何より私が上にいることへの驚きに、千歳が瞬きを繰り返した。

…?……な、なんばしよっとね、」
「……あはは、いや、えと…」

笑って誤魔化そうにも、私がここにいる理由なぞ言えたものではない。
どうしようかとしどろもどろになっていると、腕の中でもぞもぞと猫が動いた。
ハッとして腕の中を見れば、耳をひくひくと動かしている子猫。どうやら怪我もなく無事らしい。
ホッとしたのもつかの間、私と千歳の間から抜け出た子猫は、いつの間にか隣に降りてきていた母猫の元へと駆け戻っていく。
子猫はまるでお礼を言うかのように一声「にゃあん」と鳴くと、母猫と共に去って行った。

そして、私は千歳の上に乗ったまま、言い訳をどうするかという振り出しに戻されたのである。

「あああ、えっと、だね。ねこ、そう、猫が枝から落っこちちゃって。助けようとして!それで助けたら勢いが余りすぎてっていうか、そのまま千歳の上にっ」
「くくっ、ははははっ、なんね、なしてそぎゃんどもると?普通に話しなっせ」

ぽんぽんと背中をあやす様に叩かれてようやく私は未だに千歳の上にいることに気が付いた。
押し倒すというよりは、文字通り千歳の上に乗っている私。気分はトトロの上に乗っていたメイちゃんのようだ。

「うわっ、ごめっ、ちょ、すぐ降りるからっ、」
「ん、別にこのままでも良かよ。お前さん温(ぬ)くかー…」
「っ!?」

背中を叩いてた手がそのまま抱き込むように宛がわれる。
先程よりも更に距離が近づいて、私は千歳の上で肘をついて堪えた。

「ち、とせ…まだ夏だし…暑い、よ」
「そやね。の体温たいが熱か」
「…!そ、そんなこと!」
「ばってん、俺も心臓凄いこつになっちょるけん、熱いたい」
「…え、」

言われてみれば、確かに腕の下で鼓動を刻むスピードは、平常とは言えないほどの速さで脈打っていた。
そろりと顔を上げれば、何処か嬉しそうな千歳。

「お前さんが後をつけとったんは知ってたばい」
「え、」
「あぎゃんがさごそ音立てられたら気づくっちゃろ?」

くつくつと千歳が笑う。顔が先程よりも更に熱くなる。
なんだ、これは。

が隣に来たのも分かっちょったけど、まさか…くく、降って来るとは思わんかったばい」
「す、すみません…」

笑うたび体を震わせる千歳に合わせて、千歳に乗っている私も揺れる。
死ぬほど恥ずかしいけれど、何処かもう少しこのままでいたいな、なんて思う自分もいて、私は密かに葛藤を繰り広げていた。

「…、」
「っ、」

スッと背中にあった手が私の頭に乗せられる。千歳に目線を合わせれば、何処か少し儚げな雰囲気だ。

「どぎゃんして追いかけてきてくれたと…?」
「い、いや…マネージャーとして…放っておけない、し…」
「ほんなこつや…?ほんなこつ、それだけ?」
「………そ、」

マネージャーとして放浪癖のある千歳を注意しようと思ったのは事実だ。
けれどわざわざ追いかけなくても良かったのではないか、部活中でも、その他見かけたときでも良いのではないかと、今更ながらに疑問に思った。
ここまで千歳を追いかけてきたのは…何故?

「…?」

ぽんぽんと、頭をゆっくりと撫でられた。
千歳を見やれば苦笑気味にこちらを見ていて、その後私の背中に手を添えたかと思いきやぐっ、と私ごと体を起き上がらせた。
千歳の膝の上に座る形になって、それでも未だ距離の近い千歳を見上げる。

「ちと、」
「困らせるつもりはなかったと、忘れなっせ」

すとんと膝の上からも降ろされると、千歳がゆっくりと立ち上がる。

「なんね、そぎゃん見られちょったらこそばゆか。ほら、俺ば連れ戻しに来たっちゃろ?戻るったい」

そう言って差し出された手を、私は思わずぎゅっと握り返していた。私は、私は。

「千歳、私、」
「……」

どうしよう好きみたい


そう言った直後、目を丸くして瞬きをした千歳は、今度は私を押し倒す勢いで抱き着いてきた。
呼吸もままならぬような、覆いかぶさる抱擁に、私は恐々手を伸ばす。
優しい声色で「俺も好きったい、ずっと好きだったばい…」と言った千歳が愛おしくて。

太陽みたいなぬくもりに、私はいつの間にか惹かれていたんだ。


【あとがき】
ついったーで上げていたもの第2弾。
元々アップするつもりだったけど結局前のところではアップ出来なかった(苦笑)

[2011/9/8]